第二話‐三年の雌伏
雪見の暴走に腹を立てた主任に、小言を言われる事三十分。さすがに喋り疲れたのか、
「じゃあ、明日はこのような事の無い様に」
と締め、放免となった。
「しつこかったねー」
全く反省の無い様子の雪見に、わずかに苛立ちを感じたが、なに、どうせ正月が明けるまでの応援だ。
堅苦しく考えることは、ないだろう。
「あれ?アキは文句言わないの?」
「必要ない。でも今日の飯は雪見が作れよ? 結局謝ったのは俺ばっかりなんだから」
ええ〜、と呟きながらもどこか嬉しそうな雪見をつれ、旧型のビートルに乗り込む。
「……さて、と。じゃあまずはスーパーか?」
「え? いいよ別に。ありあわせで作るし」
――そういえば、久しぶりで忘れていたが、元来無精者な雪見は残り物で作る料理の方が得意だった。
「じゃ、俺のアパートでいいか」
ギアを入れ、のんびりと市街へ走り始めた。
……部屋には二十分程でついた。
バス、トイレ、キッチンにリビング、それに七畳の寝室。
大学生には過ぎた部屋だが、案外アリシァは給料の払いが良いので、学費を支払っても余裕で賄えてしまうのだ。
……家賃は同棲中の雪見と折半だし。
「んじゃーさくさく作りましょっかー!」
「おう、期待してる」
台所に立つ雪見を尻目に俺は布団の準備。
ピシリ、とシーツを整え、ずれないように慎重に毛布を被せていく。
……何も神経質という訳じゃない。
俺の能力、『予知夢』は快適な眠りである程信頼性が高まるのだ。
特に今は空港警備の仕事をしているので、未来を見逃すわけにはいかない。
……うむ、完璧。
台所を見るが、まだ野菜を刻んでいる最中の様だ。
暇つぶしにテーブルを拭いたり皿を準備し、タバコを吹かしたところで、携帯が鳴る。
斎藤隆一郎?
事務所の同僚、兼友人からの電話だ。
なぜこんな時間に?
しかも普段ならメールで過ごす男なのだが、電話というのが尚不安だ。
「ちょっと……出てくる」
もし悪い知らせなら、雪見を不安にさせてしまう。そんな考えからだった。
「ふーん? 誰?」
「イチロウ。仕事の事かも」
「……あ。今日のアレ?」
ああ。なるほど。主任が事務所に抗議を入れた可能性もあるな。つーか多分それだ。俺から釘を刺しておくように、ってところか。
「うーん、まぁ心配するな。俺の携帯に来たんだし。すぐ戻る」
「暇だからはやくねー」
外に出て、ずっと鳴りっぱなしだった携帯に出る。
「おう。どうしたんだ?」
「…お、おお! やっと出たかこの野郎! 無事か?」
開口一番に何を叫んでいるんだか。随分興奮している。
とりあえずプラプラと歩きながら答える。
「無事っちゃ無事だ。今雪見と飯食うとこだから、後にして……」
「影待は一緒なのか!?」
台詞をさえぎられ、腹が立ったが、
「ああ、部屋にいるよ」
「そうか、良かった……」
安堵の息をつくイチロウ。
俺はパチンコ屋にある、煙草の自販機の前で立ち止まり、マルメンを購入。
「何がだ? 今日の空港は悪かったよ。明日はんなこと無いように抑えるから……」
「はぁ? なに言ってんだ? それより気をつけろ。今日お前等が最後に捕まえた奴、あれ、先駆者の関係者だったみたいだ。直に捕まえたことで、雪見の存在がバレたからな……」
「先、駆者」
足が止まる。思考が停まる。
だれもが恐れる、世界で最も強い能力を持つ九人。
「……そいつは、どんなタイプの先駆者なんだ?」
恐る恐る、聞く。
「本名は知らん。自分では、ミーミル、と名乗ってるらしい。能力は――『予知』。自分のラボで、能力者の研究をしてる。今俺もそっちに……」
……くそっ!
携帯を握り締めたまま、アパートに向かい走る。
なんてこった。無様だ、完全に油断した!
まさか三年も間を置いてくるとは思わなかった……!
全力疾走のまま階段を駆け上がり、転げるようにドアに近付き――ドアを開く。
「ゆ、きみ……?」
――誰もいない部屋の中、作りかけのビーフシチューの香りが漂っていた。
またも、「おんなのこを助ける」って展開ですが、まぁそーゆーのが好きなんで許してくだされ。次は正月明けまでに。