6 「アルテとサンラ」
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ストラトス・アディールは、キーア・スリーズ、カーティア・ドレスデンと共に「帝国」に向けて大陸北部を歩いていた。
「もうすぐ初夏だっていうのに、結構涼しいっすね」
赤髪をカチューシャで後ろに流している少年ストラトスは、前回来た時には感じることのできなかった北部の涼しさを感じていた。
コートを着ていて良かったと思いつつ、いつ魔物に襲われても対応できるように、背負っている剣にはいつでも手を伸ばせるように気を抜いてはいない。
前回、北部に来た時は魔王を倒すために、戦いに戦いとそんなことを気にしていられなかった。
「北部は長いからな。秋になれば雪が降り出し、冬になれば天然の要塞と言えるほど雪に覆われる。異種族が北部に国を構えるのは良い考えだと思う。現在、異種族が暮らしているおかげ北部は開拓されているが、これが人間であったなら北部での生活はままならずに未開の土地になっていただろう」
だが、そのことを人間の多くは考えていない。理解していない。
理解している者も見て見ぬふりをしている。それが現状なのだ。
金髪を顎の辺りで切りそろえている凛と整った容姿に、修道服と剣帯というアンバランスな格好の女性、カーティアが説明をしてくれるが、その顔は若干苦い。
「カーティア様?」
不思議そうに尋ねる、灰色の髪にローブを着込んだキーア。
それに、いや……と首を振ると、彼女は言う。
「私が所属していた月の女神アルテを信仰する教会は、異種族のことを悪とは見なしていなかった」
「え?」
「まぁ、驚くのは無理はない。と、言っても、このご時勢だ。悪ではないとしても、共に手を取りというのは難しいと考えていたがな……」
ここで少し神について話そう。
かつて世界を創り、人間を生み出したという神がいた。名をアルテとサンラという姉妹の女神だったという。
二人はその後、様々なものを創り、生み出す。
異種族もそうである。
女神アルテは自らを月へ姿を変え、その時にあふれ出した力で多くの異種族を生み出したという。女神サンラは自らを太陽に姿を変え、その時にあふれ出した力で人間に力を与えたという。
あくまでも神話の話である。だが、その神話が正しければ、人間も異種族も同じ神によって作り出されたことになるのだ。
ゆえに、月の女神アルテを信仰する者は、異種族に対して嫌悪感を抱かないし、迫害もしない。しかし、それだけである。現状では共に歩んでいこうというのは難しいと思っている。
また、太陽の女神サンラを信仰する者は、異種族と関わりのないサンラを信仰するゆえに、異種族を嫌い、迫害する。また、王族や貴族に信仰者が多いのが特徴である。
「なるほどー。私はあまり宗教は興味なかったですけど、今の話はちょっと面白かったです」
「だけど、カーティア様は貴族なのにアルテの信仰者っすよね?」
ストラトスの問いにカーティアは頷く。
「私は宗教とは関わらない生活をしていたからな。だが、一成のために祈ろうと決めた時、奴が異種族との友好も考えていたことを覚えていたのでアルテ信仰の教会に籍を置いたのだ」
「そうだったんすか」
「ああ、それに……あまり言いたくはないが、サンラ信仰者のことはあまり好きではない」
隠そうとしない嫌悪感を浮かべてそんなことを言うカーティアを見て、ストラトスとキーアは驚いたような顔をする。
何故なら、自分たちが知るカーティアが、嫌悪感を出すときなどは碌でもない者に対してが殆どである。
「どういうことなのか、聞いていいですかカーティア様?」
「一応……お前たちも知っておいた方が良いだろう。私も教会に所属してから知ったのだが、現在……大陸では太陽の女神サンラを信仰する者が多い。その一番の理由が異種族との溝などにある」
カーティアは説明を続ける。
アルテ信仰者も少なくはないが、決して多くはない。
教会という組織は一つであるが、中身はアルテ派とサンラ派という二つの派閥に分かれているのだ。同時に、異種族に対しての考え方も。
そして今、アルテ派は教会の立場が危ういという。
サンラ派は王族や貴族が多こともあり、教会内での立場も不動のものであり、過激な者はアルテ派を異端だと言ったり、異種族を滅ぼそうという考えの者までいるという。
「うわー、それって最悪っ」
「そうだよな、一方アルテ派の穏健な者の中には、異種族と手を取り合うことで世界がもっとよりよいものになるのではないかと思っている者もいるんだ」
私はその方が良いと思う、とカーティアは言う。
これはあまり知られていないことであるが、アルテ派の教会では追われた異種族を匿ったり、人間でありながら人間扱いされない者を北部へ逃がすということも秘密裏に行っている。
そして……これは決してサンラ派には決して知られてはいけないことではなるが、アルテ派は「帝国」とパイプを持っている。今まで、匿い保護した異種族や、帝国に保護された人間から帝国とパイプをつないだのだ。
「そうっすね。せっかくなんだから仲良くできれば良いっすよね。俺たちだって、さんざシェイナリウス様やレインさんに助けてもらったし」
ストラトスの言葉にカーティアとキーアも頷く。
「あれ? でも、だったらどうして俺たちは「魔王」を倒すために「帝国」と戦ったんだ?」
「起きているか、一成?」
黒狼と戦って数日、椎名一成の傷は大分癒えていた。医療魔術を受けたということもあるが、一成自身が魔力を循環させて自身の回復能力を上げていたおかげもある。
「起きてるよ」
パンツにシャツというラフな格好に、寝起きのせいだろうボサボサの黒髪。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「食事ができている、起きているなら一緒に食べよう」
「ああ、ありがとう」
わざわざ朝食の誘いに来てくれたのかと、礼を言う一成にリオーネは苦笑する。
「食事はみんなで取った方が美味しいだろう?」
「……そうだな」
笑みを浮かべてそんなことを言うリオーネに、ふうと一成は大きく息を吐く。
ここ数日で思ったことだが、魔王と言われているリオーネであるが、その普段の姿はどこにでも居そうな女性である。
服装や外見が、ではない。当たり前に笑い、当たり前に怒り、当たり前に心配したり、機嫌を悪くすることもある。
先日は夢のような話を語ってみせた。
それに、自分が必要だという。
――俺が知っていた「魔王」とは違う。
一成は馬鹿ではない。
こちらの世界に召喚され、勇者だと告げられて、戦うように頼まれた。実際は、頼まれたというよりも……自分にできる選択は魔王と戦う以外はなかった。
だが、それでも、自分なりの理由が必要だった。
そして一成には理由ができた。
異種族の脅威、人間との長きにわたる戦の繰り返し、戦によって死者や孤児が増え、泣く者がたくさんいることを知った。
戦を終わらせたいと心から思った。できるなら、戦うのではなくて、人間だろうと異種族だろうと関係なく手と手を取り合えれば良いと思った。
魔王と戦わなければいけないが、それでも戦って殺すつもりはない。殺されるつもりもない。戦いがきっかけでも、そこからなんとかして人間の中にも異種族と分かり合いたいと思っている奴がいるってことを知って欲しかった。
だけど、それは人間側から見ただけの理由だったことがわかった。
聖女に裏切られ、自分のことを助けてくれたのは異種族であった。いや、その頂点に立つ「魔王」だった。仲間だと思っていた聖女は自分を道具だと言った。
なるほど、と思う。今なら思える。
――俺は道具だ。俺は道具だった。
心からそう思える。
恨まないとは言えないけれど、正直恨んでいるし、憎んでもいる。目の前に現れたら感情が制御できないことは間違いないだろう。
だが、自分のことを道具だと言ったことだけは間違っていないと思う。
一成自身、この数日「帝国」で暮らすことで、ごく一部の住人とだが触れ合った。
異種族は確かに生まれながらに人間とは違う。人間を上回っているかもしれない。だけど、感情がある、家族がいる、誰かのために何かをしたいと思う気持ちも持っている。
それが人間とどう違うのか?
それを感じてしまった瞬間、自分の一年が無駄だったのではなかったかと思ってしまった。
もちろん、ストラトスたちに出会ったことは無駄ではないし、それ以外にも多くの人と出会った。それを無駄だとは言わない。いや、絶対に無駄ではない。
だが、結局のところ、所詮自分はサンディアル王国に、連合に、そしてアンナ・サンディアルによって都合良く動いていた道具だったのだと思った。
「どうした、一成?」
「いや……なんでもない」
「……そんな顔はしていないぞ。自分のことを責めているように見える。君は時々、そんな顔をしているよ」
勝てないな、と思う。
観察力がではない。遠慮なく平気で物事を言ってくる。だが、それが不快ではないと思うのが不思議だ。
「ただ、俺は本当に道具だったんだなと思っただけだよ」
リオーネは一瞬、何か言おうとしたが、一成は何も言わないでくれと懇願するような顔で首を横に振るった。
それが通じたのか、リオーネは何か言いたそうな顔をして、しかし何も言わないでくれた。
「悪い、朝から嫌な思いをさせたなよな。でも……いや、なんでもない」
その後、会話をしないまま、階段を下りて二人は朝食が用意されている食堂へと向かう。
近づくと良い匂いがして、本当に種族の違いだなんて些細なことだと思う。
「……食べるものだって変わるわけじゃないしさ」
食堂に入り、テーブルを見て並んでいる朝食を見て、一成は呟いた。
「一成」
名を呼ばれ、視線をリオーネに向ける。
彼女は笑みを浮かべていた。
朝から不快な話をされたと気を悪くしているわけでもなく、何かを察してくれているような優しい笑みだった。
「ゆっくりで良い、いつか誰かに話したくなったら、今の気持ちを話してくれ。それが私だったら嬉しい。だけど、私だと話し辛かったらメイドや黒騎士など他にも相手はいる。ただ考えているだけだと息が詰まってしまうよ、それにその考えが間違っているのか、考え過ぎなのか、それとも正しいのか……他の誰かに意見を求めるのも大切だと、私は思うよ」
「……リオーネ」
「と、偉そうなことを言っても、私もいつも考えて間違っての繰り返しだ。私たちは生きているんだ、一度間違えたくらいで全てが終わるわけではないよ。何度でもやり直せることができる」
同時に、それは生きている者の義務だね、と彼女は言う。
なるほど、と思った。
少しだけ、ほんの少しだけ気が楽になる。
「ありがと、な」
「うん、そう言ってもらえると嬉しいね。じゃあ、朝食にしよう」
「ああ」
ほとんど食欲なんてない毎日だった。良い匂いがしても、どうしてか食べる気がしなくて。
だけど、今日は少しだけいつもよりも食べることができた。
サンディアル王国の図書室に一人の女性がいた。女性にしては珍しくズボンを履き、シャツというラフな格好をしている。亜麻色の髪をアップに纏め、眼鏡を掛けた少しキツい印象を与えるものの整った容姿を持つ彼女は男装しているようにも見える。
だが、そんな格好もこの図書室で動きやすい方が良いと判断したからである。
彼女の名は、セリアーヌ・サンディアル。サンディアル王国国王の娘であり、アンナ・サンディアルの姉でもある。
王位継承権代一位であるが、現在はそれも危うい。とはいえ、本人は王位などには興味がないのだ。
そんなセリーアヌは読んでいた本を閉じると、ふうと溜息を吐く。
考えるのは妹のことだった。
妹のアンナとは血の繋がりが半分しかない。自分の母親は貴族の出身であり、アンナの母親は貴族ではないが大きな商家の娘であった。
母親同士が仲が、という話はなかった。そのような話以前に、アンナの母は彼女を生んで数年もしない内に亡くなってしまったから。
どうして亡くなってしまったのか、それを自分やアンナには知らされていない。知るべきではないと、父に言われてしまったからだ。
自分の母は、アンナのことも自分の娘のように育てた。実際、アンナは母にも自分にも良く懐いてくれて、可愛らしい妹であったし、好きだった。
「だけど、二年位前から変わってしまったのよね……」
変化が起きたのは二年前だった。
最初に、笑顔が嘘くさくなった。周囲の人間はわからなかったようだが、ずっと一緒に育っていた自分にはその変化がわかった。
次に、自分を見る目が変わった。冷めていて、見下していて、時折嫌悪も混ざるようになった。自分が妹に嫌われるようなことをしてしまっただろうか?
そんな不安を感じて妹と話をしたが、妹の口から出てくる言葉は異種族のことをどう思うかという問いであった。
自分と妹のことに異種族は関係ないのではと思ったが、気になるのなら答えようと思い、正直に話した。
異種族に関しては前々から、妹と話をしていたし、そう隠すものではないと思っていたから。
――いつか、手を取り合える日が来れば良いと思っているわ。
だが……そう言った自分に、妹は嫌悪と憎悪が混ざったような視線をぶつけてきた。
他の者にそうされるのなら分かる。しかし、妹がそれをするのには心底驚いてしまった。
何故なら――アンナも異種族と人間の溝を埋めたいと願っていたから。
エルフという異種族と友好関係を結んでいたサンディアル王国だからこそ、他の国とは違い柔軟な考えができていたのだ。
では、二年前にアンナに一体何があったのだろうか?
セリアーヌは調べた。自身で、信頼できる者にも手伝ってもらい。
しかし、分からなかった。
そして、一年後、アンナが誰もが無理だと思っていた勇者召喚魔術を成功させ、異世界から勇者の素質を持つ少年を召喚することに成功した。
セリアーヌも何度か会い、会話もしたが、好感の持てる少年だったことを覚えている。
異種族についての話もした。可能なら、手を取って互いに歩み寄れればという話にも興味を持ってくれた。そして、妹のことをよろしくお願いします、と頼んだのだった。
そして、妹は帰ってきた。
聖女と呼ばれ、英雄と呼ばれ、帰ってきた。しかし彼は帰ってこなかった。
妹からの話で、魔王と共に彼が死んだと聞かされ、セリアーヌは涙した。異世界からこちらの都合で呼んでしまった少年が、元に戻ることができずに命を落としてしまったのだ。
これほど悲しいことはないだろうと思う。
だけど妹はずっと笑っている。微笑んでいる。少なくともセリアーヌが知る限り、アンナが勇者の少年のことで悲しんでいることは一度もなかったといえる。
「あんな子ではなかったなのに……」
誰よりも優しい子だった。
旅を始めてすぐに聖女と呼ばれるようになった。それ以前から医療魔術を得意とするアンナは手当てをした者に聖女のようだと言われていたが、それが多くの者が口をそろえて言うようになった。
姉としては誇らしく、そして大げさな評価ではなるが、最愛の妹が聖女と呼ばれ民に好かれているのは心から嬉しかった。
そして、英雄となりアンナは王位を求め、エルフとの友好関係を破棄し、異種族の危険性を説いた。
多くの者が驚きを隠せなかった。セリアーヌでさえ同じだ。
だが、現在のアンナの言葉を真っ向から否定できる者もいなく、エルフとの友好関係を妬んでいた連合諸国はアンナの言葉を支持した。
「シェイナリウス様も、レイン様もあんなに優しく良い方だというのに……一年も一緒に旅をしてきた仲間ではないの?」
セリアーヌ自身、シェイナリウスとレインとあったことがあり、言葉も交わした。
シェイナリウスはもともと人嫌いということもあったが、それでもただ闇雲に人間を嫌っているのではないと感じた。レインは礼儀正しく、短い間だった為に友人とまでは呼べなくても親しくなれた。
そんな二人がいるエルフがいずれ脅威になる?
そんな馬鹿な! と叫びだしたい気分だった。
その時、会議に出席できていればきっと大声で妹の意見に反対していただろう。ここまで好きにさせていなかっただろう。
今では国王である父も様子がおかしく、母もそんな父を心配しながら今後の国の行く末を案じている。
若き英雄たちがこの国から去ってしまったことも、父を悩ませている理由の一つだろう。
ストラトス・アディール。キーア・スリーズ。カーティア・ドレスデン。
勇者として召喚された少年の大事な仲間であり、アンナの仲間でもあったはずだ。
アンナは必死で保護対象として追っ手をだしているが、その追っ手も最近ではだんだんと手段を選ばなくなってきたと聞いている。
一体、どうして三人の英雄は国を去ったのか?
アンナに黙って行ってしまったのは何故か?
本当に、アンナになにがあったのだろうか? そして、今後この国はどうなるのだろうか?
心配事は尽きない。
「しかし、今私にできることは多くありません。ですが、私がそれを行うことで何かのきっかけになるということを信じています」
そう信じて、セリアーヌは動き出す。
もしかすれば、妹と道を違えてしまうかもしれない。
それでもやらなければいけないのだ。
そして、セリアーヌは数冊の本を持って図書室から出て行く。
彼女が持ち出した本は旧い本であった。古今東西、様々な国の、それもすでに亡き国までもの召喚術が記載されていた本であった。
セリアーヌがこれから行うこと、それは「勇者召喚魔術」について調べるということだった。
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