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48 「彼がいない日」





 椎名一成が、神々と共に姿を消してもう二日たった。

 多くの物が倒れ、傷付き、そして死んだ。

 その死者の中に、ストラトスの両親がいる。いや、彼だけではない。キーアの両親、カーティアの父親も含まれている。


「父さん、母さん……不思議だよな、俺は凄く恨んだんだ。俺を捨てたことを。どうして捨てるくらいなら生んだんだって、何度も思ったよ。だけど、二人の亡骸を見て、俺は泣いたよ」


 悲しかった。まだ、両親に対して、親子の情があったのかと本人が驚くほど、悲しく切なく、涙が零れて止まらなかった。

 それはキーアも同じだっただろう。二人して泣いた。肩を寄せ合い、人目をはばからず、年相応にわんわんと泣いた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか、そう思わずにはいられない。

 両親はまともな親ではなかったが、理不尽に殺されてもいい人間ではなかったと思っている。だから思うのだ。どうして、と。

 勇者を名乗る少年と、ストラトスも面識があるニールが連れてきたと、サンディアル王国兵の生き残りに聞いた。だが、殺したのは二人ではない。そのつもりだったのかもしれないが、きっかけは二人だったのかもしれないが、手に掛けたのはアンナだ。

 いや、アンナの中にいる神だ。


「神ってなんだよ、何者だよ!」


 理解できないことが悔しくて、自分が何をすればいいのかもわからなくて、今もこうして涙を流すだけしかできない。

 そんな自分がそれ以上に情けなくて、悔しくて、惨めだった。


「……兄貴、どこにいっちゃんたんだよ」


 両親の死、兄貴と慕う一成の失踪。その二つの現実がストラトスを容赦なく痛めつけた。

 だけど一つだけわかっていることがある。

 それは、一成は自分たちを守るために、光に包まれて消えたということ。その結果として、彼がどうなったかまでは誰にもわからない。

 魔王リオーネですら、一成のどこにあんなことをする力があったの予想もできないのだ。

 ただ、唯一、朗報というべきなのかは迷うが、幻龍王国から龍の使者が帝国へと来て、龍神王と白い龍の少女が消耗した状態で発見されたことがわかっている。

 死んではいないが、ありえないくらい神気を消耗し、力の回復まで時間が掛かるという。

 ならば、一成もどこかで生きているのではないかと誰もが思った。いや、生きているに決まっていると思いたかった。

 彼が死にかけたのは一度や二度ではない。何度も何度も死にかけて、その度に根性と、気力と、持ち前の強さで乗り切ってきたのだ。


 ――きっと無事に決まってる。


 不安ではない、と言えば嘘になるが、そう信じていたかった。

 きっとまた会える。悲しいことがあった、辛いこともあった、誰もが今も涙を、血を流している。


「だから兄貴、俺は兄貴が帰ってくるまで、今度こそ隣に立てるように強くなるよ」


 もう守ってもらわなくてもいいように、彼が自身を代償にしないように、少しでも近くへ行きたい。そう強く思った。






「彼の行方は?」

「残念ながら、帝国領土の中にはいないことだけはわかっています。申し訳ありません」


 力不足を痛感した表情で頭を下げるのはクラリッサだった。睡眠不足と疲労から、目に隈はでき、顔色も悪い。

 そんな彼女に「謝ることなどない」と言うのは魔王リオーネ・シュメール。彼女もまたクラリッサ同様に顔色が悪く、それ以上にベッドからまともに起き上がれない状況だった。

 それでも彼女は自身のすべきことをするために、その身に鞭打ってクラリッサからの報告を聞き、指示を飛ばしている。


「民たちは相変わらずか?」

「はい、非難した非戦闘員は皆無事ですが、戦闘に参加したものはよくても怪我を負っています。怪我の度合いは把握しきれないほど、被害者が多く、医療魔術の心得があるものや医者が総勢員で当たっていますが、救えない者も多いです」


 ニールの力、神の出現、は帝国に大きすぎる爪跡を残していた。


「私が動けないことがこれほど歯がゆいことはない。なぜ、私の魔力はこうも消耗している……一成はいったい何をしたんだ?」


 独り言のようにつぶやくが、聞こえていたクラリッサはどう声をかけていいのかわからない。

 一成が神々を連れ去った。それはわかっている。だが、リオーネは魔力を根こそぎ奪われ、動くことも困難だ。聞けば、龍神王と龍の少女も神気を消耗し衰弱しているとのこと。

 クラリッサにも、一成が何をしたのかはわからなかった。

 ただ、一つだけわかることそれは、


「彼が私たちを救ってくれたのは確かです」

「それはわかっているっ!」


 だん、と音を立てて、ベッド脇に設置した机を資料ごと殴りつけるリオーネ。

 書類が散らばり、コップが床へと落ち、水が零れた。


「すまない……」

「お気になさらずに」


 書類が濡れてしまわないようにすぐさま広い、部屋から一度出ていくと、持ってきた雑巾で床の水を拭う。

 クラリッサにはよくわかっている。リオーネが自分自身に苛立っているといことを。

 魔王という肩書を持っていたとしても、異種族の中でも強大な魔力と戦力を持っていたとしても、彼女だけに帝国の民を背負うにはあまりにも荷が重すぎる。

 それを知っていたから、クラリッサはリオーネと同等の力を持ちながら専属のメイド兼相談役として収まったのだ。

 単純戦力だけ見れば黒騎士の二つ名を持つムニリアを上回る。だが、性格上誰かを傷つけることを苦手とし、多くの者よりも、親しい者を優先してしまうことから、将軍職の話も断り現在の立場にいる。

 だが――思わずにはいられない。自分がもし、リオーネのように誰かを率いる力があり、傷付くことだけではなく、傷付けることも厭わない覚悟を持っていたのなら、魔王という重責を変わってあげることができたのではないかと。

 幼いころから姉妹同然に過ごしていたからこそ、思ってしまう。その想いがおこがましいとわかっていながらも。


「先の戦闘に間に合うことができなかった各将軍たちがもうすぐ、このイスルギへと到着します。お迎えはムニリアとシェイナリウス殿が」

「そうか……四将軍が集まるか、もっと早ければとは思わない。事態は変わらなかっただろう……」


 あれは人間や異種族などの概念を超えていた。

 あれが敵か、あれが戦うべき相手か。

 どうすれば戦える、どうすれば倒すことができる。

 あまりにも強大過ぎる世界の敵に、リオーネの思考は再び沈んでいく。


「クラリッサ」

「はい」

「しばらく一人にしてくれ」

「わかりました。では、洗濯をしてきますので、何かありましたら声をかけてください」

「ありがとう」


 それっきり黙り込んでしまったリオーネを見送ると、クラリッサは静かに部屋を出た。


「魔王の具合はどうだ?」

「カーティア殿……いいえ、まだ」


 廊下にはカーティア・ドレスデンがいた。戦いは終わったというのに、いまだ剣を放さない修道服を纏った彼女に、クラリッサは彼女もまたリオーネ同様に自身の不甲斐なさを感じているのだと悟る。

 カーティアだけではない、クラリッサ自身も、ムニリアも、戦いに赴いた者が、戦いに参加しなかった者も不甲斐なさを感じていた。

 クラリッサ自身、帝国の民を守るということからリオーネと共に戦闘に直接の参加はしていない。二人戦力が加わったところで、あの時何ができただろうか。

 ニールなら倒せたかもしれないが、彼の解き放った力を感じたときに、それも難しいと思った。

 リオーネと同等に戦った一成すら倒されたのだから。そして一成の暴走。あれは理解の範疇を超えていた。

 結局のところ、居ても居なくても結果は変わらなかったのかもしれない。だが、それでも、何かしたかったのだ。

 別に民を守るのが嫌だったわけではない。今回の結果だけは民を守ることができたが、それは一成の力であり、また同じことが起きたら一成抜きの帝国では防衛できるのかと不安になる。

 そんな他人任せの思考が嫌だった。


「カーティア殿、お父上は……」

「ああ、聖霊族に力を貸していただいた。今は氷の棺に入り眠っている。彼らの話では、放っておいても五年は大丈夫のようだ。感謝してもしきれない」


 カーティアの目の下にも隈ができており、たくさん泣いたのだろう瞳は充血し腫れている。

 ストラトスとキーアが両親の遺体を帝国の共同墓地に埋葬したのと違い、カーティアの父親の遺体はサンディアル共和国の母の下へと送られる。

 それがいつになるのかわからない。ゆえに、遺体が腐敗しないように、氷の棺へと封じたのだった。


「お休みになってはいかがですか? ストラトス君もキーアちゃんも、そしてあなたも、あの日から眠っていないでしょう?」

「そう、なのだが、あの馬鹿がどこへ行ってしまったか心配で眠れない」


 きっとそれだけが理由でないこともわかっているが、クラリッサは何も言わずただ「そうですか」と相槌をうった。


「あれから何か動きはあったのか? 龍に関しての話は聞いたが、正直私にはわからない。龍と関わることができる人間など、本当に一握りだ。私には龍という存在の知識すらあやふやだ」

「でしたら、資料がありますよ。初代魔王様が龍と付き合っていくきっかけを作りましたが、同時に龍という存在を調べていたそうです。それは次の、次の世代まで引き継がれました。その時の資料が残っています」

「私が回覧しても、問題はないのか?」

「ありません。帝国では誰もが知っていることです。簡単にいってしまえば、どのような種族であり、どのような力を持っているか、そしてどう接すればいいかという心構えに近いものです」

「龍への対抗手段などは書かれていないのか?」

「いません。龍は良き隣人であり、敵対すべき相手ではないというのが帝国の方針です。実際に、龍神王様は帝国を気にかけてくださっていますので、敵対するということは考えていないのです。初代も帝国を建国する際に龍に力を借りていますので」


 純粋な興味からではなかったのではないでしょうか、とクラリッサは言った。

 とはいえ、カーティアには一成の体が忘れられない。神気で焼かれ蝕まれ、苦しんでいた彼の姿を。


「龍神王は本来、温厚で優しい方です。一成様へはあのようなことになってしまいましたが、一成様はそのことに対して恨み言一つ言っておりませんでした。庇うわけではありませんが、どうかあの方を恨まないようお願いします」


 そう言い頭を下げたクラリッサに、カーティアは「わかっている」としか返事ができなかった。

 そして思う。龍や神、そして自身の知っていたニールの変貌と、一成の暴走。

 自分の知らないところで、どれだけのことが起きているのだろうか。

 何も知らないままではいられない。だが、知って絶望するかもしれない。不安と恐れが入り交ざってぐっちゃぐちゃになっていく。

 だが、カーティアは首を振るい思考を切り替える。不安もある、当たり前だ。恐れもある、あの力を見れば誰でもそうだ。だからこそ、自分が自分でできることをしろ。自分自身であれ、と己に言い聞かせる。

 いずれ一成は帰ってくる。どこへ行方をくらましたのかはわからないが、帰ってきたら思い切りぶん殴ってやろう。全員で、文句を言って心配させたことを謝らせよう。


 そして――







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