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48 「反撃2」






 ずっと自分ではない誰かが体を動かしていた。体には疲労が溜まり、体の所々が痛む。

勝手に体を乱暴に扱われた、そんな印象を一成は受けていた。

 アーズリィに導かれ、あの暗く植物と檻の世界から意識が戻った一成は、自身の体に大きな違和感を覚えていたのだ。

 そして、意識が戻る寸前に、自分の中で誰かが大きく抵抗をした。

 きっとその誰かが、自分の意識がもう一人の自分やアーズリィと会っている間に体を支配していたのだろう。

 その誰かとは、予想はできていた。多分、また別の自分自身だ。

 一成は思う。自分の中で、もう一人の自分と出会った。そしてそいつは言っていた、他にも“別の椎名一成”がいると。

 また別の椎名一成という人格が、自分がいない間に体を好き勝手にしたのだろう。

 そのせいか、酷くこの体が懐かしい。

 いままでどこにいたのかさえわからない、ただわかるのは、ずっと遠くにいたということだけ。


「なんだか、ずっとここじゃないどこかにいたよ――ただいま」


 近くに、満身創痍となっているニール・クリエフトを見つけて思わず言ってしまった。


「――おかえりなさい」


 返事が返ってきたことに驚きながら、自分の意識が飛ぶ前に戦っていたニールとはどこか違うと一成は感じた。

 目的を持っているのは変わっていないだろう、ただ、強大な力を振るい壊れていた印象を覚えた先ほどの彼とは雰囲気が違っていた。

 そのことに、少しだけ安心した。

 一成はニールが多くの異種族を殺したことを許すことはできない。ムニリアたちを傷つけたことを許すことは決してできない。しかし、それでも、このまま彼を捨て置くことはできなかった。

 もうニールの体はボロボロだった。強大な力を使った弊害、負っている傷、外からも内からも体が悲鳴を上げているのが、どうしてだかわかった。

 そして、それがわかってしまうことを理解した一成は、自分の中で何かが変わってしまったのだということに気がつく。

 不思議と戸惑いなどはない。後悔などもない。


 ――ならば、すべきことをしよう。


 限定された力を与えられた一成は、その力を使うべき、自身の中に宿るアーズリィの神気を循環させる。

 人の身には過ぎた力だと理解できる、その力も、限定されている分使うことができる。

 その力を左腕に流すと、いまだ呆然としているニールに苦笑すると、その拳を彼の腹部へと叩き込んだ。同時に、力を流し込む。


「がッ……」


 瞬間的な痛みと、驚きに、大きく息を吐くニール。


「これはお返しだ。だけど、もう――立てるだろう?」

「え?」


 戸惑う声を上げるニールの体内へ、一成から力が流れ込んでいく。

 アーズリィから与えられた力は、大地の恵みを与える癒しの力。

 まだ人間という枠組みにぎりぎりとはいえ収まっている一成では、神のように全快させることもできない。

 それでも、ニールの体が癒えたことが確認できる。

 これほどの力なのかと、一成は内心驚いた。ならば、次にすべきことも決まっている。

 軽く地面を蹴ると、一成はニールから大きく距離を取って、仲間たちの目の前へと立っていた。

 重症を負っているムニリア、ハイアウルス、魔力を失って疲弊しているシェイナリウスとレイン。そして、ストラトス、キーア、カーティアがいる。


「大丈夫か?」


 左手を掲げ、一成は言葉少なげに離しかけた。

 どう、声をかけていいのかわからなかったということもある。

 みんなの顔を見れば、心配してくれていたことがわかる。ゆえに、罪悪感が沸いてくる。

 血を流している仲間を、帝国の兵士たち、サンディアル王国の兵士たちを見て心が痛む。


 ――とくん


 その気持ちに連動したように、一成の左腕が脈打った。


「一成ッ!」


 叫ぶように大きな声を出したのは、カーティアだった。

 瞳から零れた涙が頬を濡らし、涙を拭おうともせず彼女は一成へと手を伸ばす。


「ずっと心配だった……お前が変わってしまって、もう訳もわからずにできることもなく、不甲斐ないばかりだ」

「ごめん、カーティア」


 一成は、伸ばされた彼女の手を取ることはできなかった。


「龍神が現れ、アンナ様が現れ、そして大きな力を持ったなにかが現れた……この戦いの意味はなんだ? どのような目的と理由があって神々は争うんだ!」

「それは俺にもわからない。だから、もう終わりにしよう」

「終わりに、できるのか?」


 希望を宿した瞳で、カーティアは一成を見つめる。

 だが、その瞳に一成は答えることはできない。


「今の戦い、だけならなんとかできる。その後のことは、リオーネに任せたいって言ってくれ。お前らも、リオーネのことを手伝ってくれ、頼むよ」


 カーティアは、一成の台詞に違和感を覚えた。

 まるで、一成がそこにいないような言い方だったから。


「どういう意味だ? 一成、お前は今からなにをしようとしている?」


 失敗した、と思ってしまう。

 無責任だが、黙っていようと思っていたのに、意識していなかったが、言葉に気持ちが出てしまっていた。

 だけど、なにも言わずに“さよなら”をすると思えば、この方がよかっただろう。

 そして、一成は仲間たちに説明をする。

 これから自分がしようとしていることを。そして、その結果として自分がどうなるかということも。


「やめろ、それだけは許さん!」

「やめてくれ兄貴ッ!」

「思い直せ、一成!」

「本当に、それしか方法がないのか?」


 カーティアが、ストラトスが、シェイナリウスが、ムニリアがそれぞれ一成のこれからすることに反対の声を上げた。キーアとレインは絶句している。


「――私もみんなに反対だ」


 ここにはいないはずの声が響いた。


「リオーネか……」

「そうだ、私だよ。私もずっと君を心配していた。魔王城から君たちを見ていたからね。君になにがあったのか、色々と尋ねたいことは多い――が、それは後にしよう。だから一成、君の考えは反対だよ」


 ひらひらと魔力で生み出された蝶が舞う。使い魔だ。

 使い魔がリオーネの声を一成たちに届けているのだ。


「私はずっと見守っているだけだった、隙を見つけて攻撃を仕掛けようと準備をしていたが……すまない」

「謝ることなんてないさ。それを言ったら、俺は勝たなきゃいけない戦いで負けちまったんだから」


 だが、それも結果としてはよかったのかもしれない。おかげで、アーズリィから力を与えてもらうことができたのだから。


「一成様、魔王城から強大な砲撃魔術の準備をしていましたが、撃つ隙がありませんでした。ですが、その隙を作ってくだされば、たとえ神といえどただではすまないはずです」


 今度はクラリッサだ。彼女もまた、一成の身を案じてくれている。

 それでも一成は首を横に振る。


「駄目だよ、クラリッサさん。はず、とかじゃだめなんだ。だけど、俺なら確実にできる。その差は大きいよ」

「一成様……」


 悲しげな声が響く。

 仲間たちが口々にやめろと引きとめてくれる。それが、馬鹿みたいに嬉しかった。

 一度裏切られて、どん底まで叩き落されて、それでもなんとか這い上がった先に、心配してくれる仲間たちがいた。

 幸せだ、と心から思える。

 自然と笑みが浮かんでくる。


「言おうと思っていたけど、さよならは言わない。きっとまた会えると信じているから。遠く離れていても繋がっていると信じているから」


 かざしていた左手から眩い光が放たれる。

 仲間たちを包み、帝国の兵士たちを包み、サンディアル王国の兵士たちをも包む。

 優しく、暖かい光が、彼らを包むと、傷を癒していく。

 流血を止め、傷口が塞がっていく。内臓を痛め動けなかった者が動き出す。すべての傷ついた者たちが例外なく平等に癒えていく。

 それはムニリアも、ハイアウルスも同じだった。魔力が底をつき、魔術を破られた反動で疲弊しているシェイナリウス、レインすらも楽になっていく。


「じゃあ、いってきます」


 仲間たちが癒えるのを見届け、一成は背を向ける。

 仲間が口々に声を上げるが、もう振り返るつもりはない。

 一成は歩き出す。少しだけでも戦いを止めるために。

 目の前には、驚きを隠せないという表情のニールと龍神に、体を震わしているアンナの姿をしたなにか。

 そして、怒りの形相でこちらを睨みつけている少年――の中にいるなにかだ。

 今の一成にはわかる。アンナ、そして少年の中には神がいる。つまり二人は器だということだ。そしてなによりも、アンナの中にいる神に一成の内側から強い衝動が共鳴するように暴れだす。同時に、少年の中にいる神にも一成の内側から憎悪といえるだろう黒い感情が暴れ始める。

 理由はわからない。だが、わかる。

 そんなあべこべな状態でありながら、それに振り回されることはない。やるべきこと、すべきことが決まっているのだから、そんなことは後でよかった。

 多くの人たちを癒したことで、もうほとんどの力が一成の中から失われている。

 足に力は入らず、視界がぶれる。神の力を人間が使うという意味を身をもって実感した。

 だが、それでも、一成はなんともないといわんばかりに歩き続ける。虚勢をはり、格好をつける。


「忌々しい、妹を思い出させるその力を私の目の前で使ったことを後悔しろっ!」


 少年の姿をした神が、憎しみと怒りに染まり、襲いかかってくる。

 本来なら、その姿を見ることもなく、なにがなんだかわからずに終わってしまっていただろう。

 だが、今は違う。借り物と言えど、力があった。

 切り札となる右の拳を握り締めて、震える足に力を込めて踏ん張りをきかせる。


 ――ごんっ


 放った拳は、音を立てて少年の頬骨を砕いた。

 反動で、少年は宙に舞い、しばらくしてから地面へと落ちた。一成もまた反動で指など骨が砕けてしまった。

 痛みに顔を歪めるが、まだ終わりではない。

 

「さっきからうるさいんだけど、お前誰だよ?」


 仲間たちと話しているときから、ずっと後ろでやかましかった神に向かって文句のひとつも言っても構わないだろうと思う。

 人間と異種族との関係だけでも面倒だというのに、そこに神が出てくるなと一成は内心愚痴る。


「お、おのれ、よくも、この私を……」


 少年の姿をしながら、女性の声で神が怒りの声を発する。

 一成が砕いた頬から血が流れ、鼻すらも砕けていたが、蒸気のように煙を立てて傷が癒えていく。

 これもまた神の力の一端なのかと、一成は驚くもののそれだけだった。

 なぜなら、


「――なぜだっ!」


 神が戸惑う声を上げた。

 一成に向かって掌を向け、神は困惑し、声を荒げる。


「なぜ、力が使えない! なにをした、人間っ!」


 まるで人のように焦る神に、一成は笑う。


「封じたんだよ、神サマの力ってやつを」

「そうか、アーズリィの力だなっ! 貴様は癒しの力を与えられただけかと思ったが、それだけではなかったのだな。封印の力も与えられたのか! だが、だがな、人間よ! それだけでは私を倒すことはできない、殺すことはできない!」


 それは一成も承知していた。

 封じることだけで神を倒せるなど思ってもいない、殺すことが簡単にできるなどと思ったりはしない。

 だが、それでいいのだ。一成は、目の前の神を、神々を、倒すつもりも、殺すつもりもないのだから。

 目的は単純で明快。

 仲間を守る。戦いを終わらせる。それだけ。


「私の力を封じれば他の神に私が殺せるとでも思ったか? だが、それは間違いだ! 力を封じられたとはいえ、すべてを封じられたわけでない。戦えないからといって、弱くなったわけでもない! 最高神である私の命を脅かせるものなどいない、いてはならない!」

「ああ、そう」

「……なに?」


 あまりにも素っ気ない一成の反応に、神は疑問の声を上げた。ここにきてようやく、一成の狙いが自分が思っていたものではないと気づく。


「時間もないからさっさと終わらせようぜ!」


 ほとんどないに近い力を振り絞り、一成は駆ける。

 拳を握り締め、少年の体ごと、神を殴りつけ、蹴り上げる。動きを止めたらお終いだと、次の攻撃ができないと、自身に叫ぶように言い聞かせながら、ひたすらに攻撃を続ける。

 そして――


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 気がつけば誰もが、その光景に魅入っていた。

 人間が、異種族が、龍神が、魔神が。この場にいるすべての意識ある者たちが、強大な力を持つ神を、人間が殴る蹴るという原始的な攻撃で押しているのをただただ魅入っていた。


「それでも、私を殺すことはできなかったな。なにが狙いだ、人間?」


 冷静な声が響く。

 ボロボロとなった少年の口から、だからなんだと言わんばかりに見下すような声が一成向けられる。


「いくらアーズリィの力を借りているとはいえ、私の力を封じきったのは流石だと言おう。だが、それでも、貴様のしたことは私が宿っている人間という器に蓋をしただけ。私自身に何かが起きたわけではない。せいぜい、痛みを感じただけだ」

「そりゃあ、上々」

「なんだと?」


 息を切らせながら、膝を震わせながら、一成は笑った。


「ネタバレだ。俺の目的を教えてやる!」


 そう言って、左手首を噛み切った。

 背後で一成の名前を叫ぶ声が聞こえた。困惑する声も聞こえるが、そちらに答えるほどの余裕はもうない。


「一体何を、自棄になったか?」

「まさか、俺は一箇所に集めたかっただけだ。お前らを!」


 流れる血をすくい、その血で円を描く。


「まさか――貴様っ!」

「俺がアーズリィから借りた力はもうひとつ。お前ら神々を、弾き飛ばす術式とそれに必要な神力だ」


 円の上に十字を切り、拳を叩きつけるように振り下ろした。

 瞬間、重々しい音が大地に響き、真っ赤な光が神々を捉える。それは龍神も、アンナの中にいる神も、白い龍の少女も、ニールさえも例外ではなかった。

 そして、一成自身も。

 龍神たちも、赤い光に捕らわれてようやく動き出そうとしたが、もうすでに遅い。

 拘束具のように光が絡みつき、動きを封じていく。


「やめよっ!」


 目の前で神が叫ぶ。


「嫌だね」


 対して人間は笑う。


「一番、力があったあんたの力を封じることができて本当によかった、他のやつらも俺たちに集中して手をだしてこなかったから、借りた力におつりがでたよ」

「貴様、この術式がどんなものか理解して使っているのか!」

「もちろん、理解しているからこそ使っているんだよ」


 神は一成の言葉を聞き、唇を噛み締め、血を流す。


「見ろ、スレイよ! お前の愛したアーズリィは人間に神の力を与え、お前すら巻き込むつもりだ!」


 一成ではなく、首だけをアンナの体に向けて叫ぶ。

 その理由は一成にはわからない。


 ――さあ、時間だ。


「それじゃあ、皆さん、ご一緒に」


 小馬鹿にする言葉と同時に、一成たちを捕らえていた赤い光が破裂するように強大な光を発し、周囲を赤色一色に染めた。







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