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4 「勇者の仲間」

ランキングでは日間、週間ともにBEST5に入れていただき、本当に嬉しいです。

月刊ランキングでも32位と、驚きました。これも読んでくださる皆様のおかげです。

本当にどうもありがとうございました!






「そ、それは本当なのか! まさか、まさかそんな、あの聖女様がそんなことを……」


 カーティア・ドレスデンはストラトス・アディールとキーア・スリーズから真実を聞き、そのあまりにもの話に顔色は蒼白となっている。


「本当っすよ。カーティア様! 俺はこの目で見ました」

「私もこの目で見ました。信じてください」


 二人の真剣な眼差しが嘘を吐いているとは思えない。


「二人の話を信じよう……しかし、ならばどうして、どうして私に教えてくれなかったのだ! 教えてくれれば、私はあのアンナ・サンディアルを八つ裂きにしてやったものを!」


 彼女は怒りに震えていた。

 無理もないと、二人は思う。自分たちでさえ、腸が煮え返るような思いをしたのだ。

 それでも誰を信じていいのかわからずに、どうしていいのかも分からずに、誰が敵で、誰が味方なのかがわからなくて、結局そのまま何もできないまま王都へ戻ることへなってしまったのだ。

 誰もが状況を受け入れられず、呆然としたまま王都へ向かい。一度は、ストラトスもキーアも、シェイナリウスやレインさえもお互いを疑ったのだ。


「すみません、でも俺たちだってどうしていいのかわからなかったんです」

「……そうだな、すまない」


 ストラトスを責めて何になるのだ、とカーティアは思い、感情的になったことを恥じる。いや、感情的にならずにはいられないのだが、それでもまだ子供であるストラトスとキーアに怒りをぶつけるわけにはいかない。

 怒りをぶつけるとすれば、アンナ・サンディアルと自分自身にだ。


「私は、私はなんてことをしてしまったのだろうか……お前たちの話が本当なら、私はあの女に勇者を頼むと託してしまったのに!」


 ストラトスもキーアは何も言うことができなかった。

 二人は知っている。

 カーティアは「帝国軍」の将軍の一人と相打ちになり、共に重症を負った。その際に、アンナに勇者を頼むと託しているのだ。


 ――あの馬鹿のことを頼む、悔しいが私はここまでだから……すまないっ!


 あの時の言葉を今でも覚えている。本当に心からアンナにカーティアは一成のことを託したのだろう。

 そして、アンナは聖女のごとく優しげな笑顔で微笑み「お任せください」と言ったのだ。

 カーティアは自身が託した相手が、まさか裏切り、自分の大切な人を殺そうとするだなんて疑っていなかったのだ。しかし、彼女の思いも裏切られた。


「カーティア様……」


 ボロボロと涙を零すカーティアに何を言っていいのか分からず、二人はどうしていいのかと互いの顔を見合わせる。

 そして、しばらく何も言わないでいこうと頷いたのだ。自分たちも、悔しくて、悲しくて、泣いて泣いて涙が枯れそうになるまで泣いたから。

どうして自分は強くないのだろう。どうして守られているばかりで、守ってあげられなかったんだろう。どうして身代わりにすらなれなかったんだろう。

 後悔ばかりをしていた。


「すまない、無様なところを見せた」

「気にしません。私たちも同じでしたから」


 時間が経ち、泣き止んだカーティアはバツの悪そうな顔をして、二人に謝るが、そんなことはないと返事をする。

 信頼していた仲間が信頼していた人間に裏切られたなんて、悲し過ぎるから。悔し過ぎるから。


「でも、カーティア様。俺は、キーアは、シェイナリウス様とレインさんは、兄貴がまだ生きていると思っています!」

「……ッ」

「だからこうしてここまでやっていました。私たちはこれから勇者様を探しに「帝国」へ、大陸北部へ行こうと思っています」


 無謀だ!

 そう叫ぼうとして叫べなかった。

 何故なら気持ちがわかるから。そして、可能性でいえば、一番高いのが帝国内で勇者が生きている可能性だ。


「分かっているのか、まだ帝国との戦が終わって一ヶ月も経っていないのだぞ?」

「もちろんっす」

「大陸中はもちろん、北部は特に、異種族とは違う、完全な獣である魔物も多く存在している。それでも行くというのか?」

「はい、私たちは覚悟の上です」


 そうか、とカーティアは呟く。

 そして、子供だと思っていた二人がここまでの覚悟を決めていることに驚き、まだ勇者が生きていることを本当に信じているということが良くわかった。

 ならば自分も信じて、行動しよう。


「私も一緒に行こう」

「……え?」


 二人は驚いた。


「何を驚いている。私も一緒に行くといったのだ。私だってずっと後悔していたのだ、最後まで一緒にいけなかったことを。そして、どこかで願っていた……一成がどこかで生きていることを」


 カーティアは思い出す。

 カーティア・ドレスデンは勇者と良好な関係を最初から築いていたわけではない。生真面目なところがあるカーティアと、結構いい加減で大雑把なところがあった「勇者」椎名一成は良く喧嘩をした。

 時には互いに剣を握り、ぶつかったこともあった。その一方で、いい加減なところがあっても物事をしっかりと見ることができて、例え相手が強くても決して逃げない精神を持っていて、どこまでも仲間思いな勇者に少しずつ好意を抱いていた。

 ストラトスとキーアには兄のように接し、二人も兄のように思っていただろうと思う。

 いつの間にかカーティア自身も自らの背中を彼に任せ、互いに背中を合わせて戦った。

 そして、気が付けば彼女は勇者に恋をしていた。

 だからこそ、生きていると信じたい。いや、生きている。


「私は決めた。私も一緒に一成を探そう! そして、心配をさせたことを詫びさせてやる!」


 それで自らが犯した失態を帳消しにできるとは思わない。

 このツケは、自分が直接アンナ・サンディアルと着けよう。


「でもカーティア様は本当にそれでいいんすか? もちろん、俺たちは頼ってきたからそう言ってもらえるのはメチャクチャ嬉しいんすけど……」


 何かを気にするように、ストラトスは歯切れが悪く言う。


「うん? 戦力としては申し分ないだろう? 私には一成のような馬鹿みたいな魔力はない、シェイナリウス様のように魔術の天才でもない。だが、剣技で言えば私が仲間の中で一番であったはずだ」


 それが自慢でなく、本当のことだというのは一緒に旅をした二人が良く知っている。

 速さが自慢の剣技に魔術を使うことで、力を補い、補助や医療魔術も使える。

 色々と偏っている仲間の中で、一番万能であったのは間違いなくカーティア・ドレスデンだった。


「だけど、いいんすか? カーティア様は貴族の……」


 ストラトスが気にしているのもそのことだった。

頼るつもりがなかったとは言わない、むしろ頼るつもりでカーティアの元へ来たストラトスたちだが、彼女の立場を考えると色々とまずいのではないかと今更ながらに思う。

 そんな不安を察したのか、カーティアは笑ってみせる。


「気にすることはない。実は……実家とは縁を切られていてね」

「ええっ!?」

「どうしてですか!」


 それこそ驚きだった。


「恥ずかしながら、戦線離脱をしたとはいえ、私も勇者の仲間であったことは間違いはない。王都で父は英雄の娘を持ったと大喜びで、どの有力な貴族と婚姻を結ばせようかと企んでいる。一度、王都へ戻って来いと迎えに来たが、私が生涯ここで祈り続けると言ったら親子の縁を切ると怒って帰ってしまったよ。もっとも、そう簡単に利用できる娘を手放さないとは思うが、私は……すまない」


 親子の縁など切れても構わない、そう言おうとしてカーティアは言葉を止めて二人に謝る。

 二人の不遇は知っている。だと言うのに、自分は何を言っているのだろうと恥じたのだ。


「あー、いや、別に気にされちゃうと逆に困るっすよ。なぁ?」

「うん、確かに家族には恵まれなかったけど、家族以上の人と出会えたから」


 自分よりも二人の方がよほど大人かもしれないと、カーティアは思った。


「それにしても、カーティア様は一生兄貴のために祈り続けるつもりだったんっすね」

「ね、言ったでしょう。カーティア様は勇者様に惚れているって」

「なっ! な、な、なになに、なにを言っているんだお前たちは!」


 いやいや、そういう態度とかとっちゃうと一発でバレバレですから。

 そう突っ込みながら、二人は笑う。


「きっと勇者様以外は気付いていましたよ」

「ていうか、兄貴が気付かなかったのが不思議っすよ」


 二人の疑問を聞きながら、あうあうと顔を真っ赤にするカーティア。

 本人は誰にも気付かれていないと思っていたようだ。

 しばらく二人にからかわれながら、それでも久しぶりにカーティアは楽しいと思える時間を過ごせた。そして、一成が生きていることを信じて帝国へ二人と共に旅立つことを改めて決めたのだった。







 その頃、サンディアル王国では、国王が頭を抱えていた。

 どうして、こうなってしまったのかと。


「何故だ、何故、どうしてこうなった!」


 賢王であった先代と比較され続け、王として悪くもないが良くもないと思い知らされた。

 自身は連合へと加盟するという決断をしたが、周りの国々に流されるように決めてしまったという不甲斐なさもある。

 とはいえ、連合に加盟したことでプラスは当たり前だがあった。しかし、同時にマイナスも大きかった。

 その最もが、「帝国」との戦だ。

 サンディアル王国は大陸西部のはずれにあり、北部への境界を管理しているのがサンディアル王国である。

 ゆえに、戦前に自然と自国の兵が多くなってしまうのも、仕方がないと諦めていた。

 そんな時だった。娘の一人、アンナ・サンディアルが「勇者」を召喚したのだと聞いたのは。

 さらには宮廷魔術師やサンディアル王国内の有名な魔術師を集め、一つの魔術も開発して見せた。

 何をやらせても、姉に劣っていたアンナが自信をつけたのはこの頃からだろうと思う。良い傾向であると思った。

 ゆえに、口約束だが、ことと次第によっては王位を譲っても良いと言った。もちろん、そう簡単に譲れるものではないが、臣下たちを納得させるほどの実績を残せばそれは可能であった。

 そして、誰もが止める中、アンナは勇者と共に旅へ出て行ってしまった。無論、王自身も止めた。

 だが、それを振り切り、飛び出して、いつしか聖女と呼ばれるようになり、そして英雄として戻ってきた。

 親としてはこれほど嬉しいことはなかった。

 だが、突然言い出した、エルフの危険性、そして友好関係の破棄には正直驚きを通り越して驚愕させられた。臣下たちも同じであった。

 確かにエルフは怖いと思う。先代は違ったようだが、自分は怖いと王は思っている。

 強い魔力を持ち、魔術に優れ、人間の倍以上を平気で生きるのだ。人間は弱く、生も短い。だからこそ、エルフを異種族を怖いと思っていた。

 アンナはそれを見事に利用した。

 先代と、先代時代の臣下が居ない今、心の奥底で眠っていた恐怖が表に出てきてしまったのだ。そうするともう、隠すことが難しくなってきてしまう。

 だが、問題があった。

 エルフの姉妹、シェイナリウスとレインは勇者と共に旅をし、魔王討伐の英雄でもあったのだ。それをどうするか、悩んだが結論は出てこなかった。

 しかし、連合諸国が、エルフとの友好関係の破棄を進めてくる。自らの国にないものをサンディアル王国が持っていることが気に入らないゆえだと気付いていたが、いつのまにか話はどんどんと進んでいってしまう。

 そして、聖女であり英雄であるアンナの言葉に、民が上手く誘導され、表立って反対する者はいなくなってしまったのだ。


「勇者は死に、エルフとの友好関係も終わった。だが、異種族は北部に多く居て、魔物の問題は大陸中にある。我が国にはこれといった戦力がないのだ!」


 もちろん、軍はあるし、勇猛な将軍たちもいる。

 だが、他の国と比べると、戦力は低いだろう。

 アンナが魔王を殺した魔術に期待したいが、これも改良が必要であり、なかなか難しい魔術であることからすぐには使えない。

 問題は山済みだった。

 そして、現状で頭を最も悩ませている問題がある


 ――英雄の失踪だ。


 若き英雄である、ストラトス・アディールとキーア・スリーズが戦後すぐに姿を消してしまう。

 アンナが保護するために兵を出すが、どうしてだか兵と戦ってしまう始末だ。二人になにがあったのだ?

 連合諸国の中には若き英雄を自国へ招きたいという声もある。他の国に先に保護されてしまうと、将来の戦力が奪われてしまうことになる。それだけは避けたかった。

 そして、友好関係を築いていたエルフの長からの手紙。正直、読まなければ良かったと思う。

 読んだのが自分だけで本当に良かったと思う。


「お父様、失礼します」


 考えに没頭するあまりに、娘が部屋にやってきたことに気付かなかった。

 慌てて手紙を隠し、平静を装おう。


「なんだ、どうした?」

「突然にすみません。あの、耳にしたのですが、エルフの長から手紙があったということですが……どうして私には教えてくださらなかったのでしょうか?」


 自分の娘が怖いと思った。


「控えよ、アンナよ。確かにお前は聖女と呼ばれ、英雄と呼ばれているが、それでも王ではない。あの手紙はエルフの長から王である私への手紙なのだぞ!」

「……申し訳ありません」


 アンナは笑みを絶やさずに、そう謝罪する。

 それが怖いと思った。


「まぁ、そうは言っても、内容は一方的に友好関係を破棄させてもらうと書いてあり、その謝罪文だ。さほど気にすることでもあるまい」

「そうですね、汚らわしい異種族とこれ以上関わらなくていいのですから」


 笑顔でそんなことを言う、娘に王は尋ねる。


「アンナよ、お前はこの国をどうしたいのだ?」

「ええと、どういうことでしょう?」

「なに、お前は一年前に王になりたいと言っておった。そして、王位継承権の見直しも浮上している。だから聞いておきたかったのだ、この国をどうしたいのか、と」


 なるほど、とアンナは頷く。


「私は、この国を人間にための豊かな国にしたいと思っています。連合などに頼らず、我が国だけで北部と渡り合えるように、強く豊かな国にしたいと思っています。可能であれば、領土の拡大も」

「……それは戦をするということか?」

「場合によってはそうなりますが、隣国などと姻戚関係を結び、そこから時間をかければ決して不可能ではないでしょう。完全に我が国の領土とはならないかも知れませんが、それでも味方となるでしょう」


 婚姻関係を結んだくらいでは、そう簡単に物事は進むことはない。

 それはアンナも知っているはずのことだ。なのに、なぜ、どうしてこうも自信をもってはっきりと言えるのだろうか?

 王には、それがまったくわからなかった。

 そして、王として、父としても、聞くことができなかった。


 ――勇者を殺したというのは、本当か?


 そう聞きたかったが、娘が怖くて聞けなかった。

 エルフの長からの手紙には確かに謝罪の文であった。しかし、それだけではなく、シェイナリウスとレインから聞いたということの顛末。

 魔王を殺したのは功績だろうが、聖女が勇者を道具扱いし、魔王を殺すために囮にしたなどと民へ、他国へ知られたら一大事だ。

 手紙の内容をそのまま信じたわけではない。だが、誇り高いエルフが嘘を吐くとは思えない。

 そして、勇者を殺したのが真実なら、ストラトスやキーアが姿を消した理由にも納得ができる。


 だが――どうして、そんなことをしたのか?


 我が国が戦力がもっと欲しいことは知っているはずなのに、何を考えているのだ?

 王として、親として、娘の心は何一つわからないのであった。







 椎名一成は、今日も一日呆然とした時間を過ごしていた。

 あまり考えたくはない、だが、目を瞑れば考えてしまう。

 初代魔王のこと、魔王リオーネ・シュメールのこと、もうしばらく会っていないストラトス、キーア、シェイナリウス、レイン、カーティア、そしてアンナのことを考えてしまう。

 初代魔王は一体、どんな気持ちで魔王と呼ばれ、自らも魔王と名乗ったのだろうか?

 今、ストラトスたちはどうしているのだろうか? 彼等は自分のことを仲間だと思ってくれているのだろうか?


 そして――どうして彼女は俺を……


 そこまで考えて、思考を止める。


「一年前まで高校生やってた俺には問題が大き過ぎるよな……」


 心からそう思った。


「こうこうせーってなに?」


 部屋のは一人のはずだというのに、なぜか独り言に返事が返ってきた。

 まさか、とは思うが、一応ベッドの下を確認してみる……が、もちろん誰もいない。

 すると、さらに声が。


「こっち、こっち!」


 幼さを感じる声の主を求めて、声の方を向くと……


「誰だ、お前ら?」

「遊ぼう?」

「いや、質問に答えてねーし……」


 翼の生えた子供三人が、一人ずつ子供を抱き上げて計六名。窓の外にいた。

 この街に暮らす異種族の子供たちだろう。翼を持っているのは翼人といわれる種族だったなと思い出す。


「ていうか、危ないだろう……ほら、いつまでも飛んでないで部屋に来い」


 そう言って窓を開けてやると、ありがとー、という声と共にバサバサと羽を鳴らして入ってくる子供たち。


「それで、どうしたんだ?」

「うん?」

「いや、うん、じゃなくて……何しにきたんだ?」

「遊びにきたの!」


 翼人の子供が一人満面の笑みでそう答える。

 続けて、翼人の少女が。


「最近、新しくここに来たでしょう? だからどんな人が来たのかな、って気になったの!」

「なるほど……」


 まぁ、子供にとっては好奇心の対象になっても仕方がないなと思い。

 まさか自分が元勇者だとは思ってもいないだろう。それを知れば、きっとこの子たちは逃げていくだろう。

 なんとなく、それは寂しくて嫌だった。

 だから、一成は何も言わずに、そうかと頷いた。


「遊んでくれる?」

「え? ああ、まぁ、良いけどさ……何して遊ぶんだ?」


 一成の問いに、子供たちは普段はフラフラと町を飛んで遊んでいると言うのだが、一成は飛べない。

 跳躍をすれば結構な高さまでいけるが、飛行は無理だ。

 それを説明すると、じゃあ捕まる? と、尋ねられたが、さすがにそれは無理だろうと苦笑してしまった。

 その後、名前を聞かれ、名前を聞き、三人の翼人の他に、一人は獣人、一人は鬼族、そして最後の一人が人間だったことに驚いた。

 そして、人間と異種族が仲良くしていることに驚きつつも、どこでもこういう風に仲良くできれば戦いなんて起きないのにな、と心から思った。


「外へ行こう!」


 痺れを切らした、翼人の子供リューイが一成の袖を掴んで翼をバサバサ。

 どうやら部屋にいるよりも外で遊びたいようだ。

 すると、他の子供たちもそれに便乗したので、仕方がないと思いつつもわかったと返事をする。


「やったー!」

「ちょ、嬉しいのは分かったから、引っ張るな! ていうか、窓から出ようとするな、俺は飛べないんだから……あ」

「あ」


 喜んだ子供たちがいち早く窓から飛び出して、一成を引っ張る。が、飛べない一成はそのまま窓から落ちた。

 ちなみに、一成のいた部屋は二階であり、普通の人間なら、いや異種族でも種族によっては怪我できる高さであった。

 だからこそ、子供たちは顔を青くする。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 くるりと空中で一回転すると、音もなく地面に着地してみせる一成。そんな彼に子供たちから「おー!」という声があがる。


「おー、じゃないだろう、ったく」


 ぼやきならがも、こういうのも悪くないと思う。

 子供は裏表がない。特に、目の前の子供たちは七歳か八歳くらいだろう。だからかもしれない。

 久しぶりに、リオーネやメイド以外と会話をした一成の心は少しだけ、本当に少しだけ軽くなった。

 しかし、心配事が一つ。

 今は、この家に自分しか居ないのだが、夕方になるとメイドが食事の仕度をしに、夜になればリオーネが様子を見に来てくれている。

 黙って出掛けていいのだろうか?

 せめて書置きだけでもするべきか、と思った時だった。


「リューイ!」


 遠くから、一人の翼人の子供が勢い良く飛んでくる。どうやら、この子供たちの友達のようだ。が、どうも様子がおかしいことに気付く。

 翼人の子供は、リューイにぶつかるようにして止まると、大きな声で泣くように叫んだ。


「リューイの妹が、ルルが!」

「ルルがどうしたんだよ?」

「薬草を取りに行くって、街を出て森へ……」


 その場にいる子供たちが大きな声で驚く。


「ど、どうしよう……」

「あの森は黒狼が出るんだよ、早く助けにいかないと!」

「でも、どうしたら!」

「大人に頼まないと!」


 それは難しいとすぐにわかる一成だった。

 黒狼は異種族とはまた違う、魔物であり、本能のまま生きる獣だ。大きいものは最大で五メートル近くまでに成長し、人間はもちろん、異種族でさえできれば相手にしたくない高位の魔物である。

 一成は自然と口を動かしていた。


「場所は分かるのか?」

「え?」


 頭で考えたわけではなく、どちらかと言えば何も考えていないに近い。


「その妹の場所だよ、分かるのか? 分からないのか?」

「わ、分かるよ! 俺は兄貴だから、近くに行けば大体わかる! だけど……」


 居場所が分かっても、どうしていいのかわからないのだろう。

 リューイは今にも泣き出しそうだ。


「大丈夫だ」


 まだ、自分にこんな気持ちがあったんだと思う。


「俺が守ってやる」

「え?」

「俺が守ってやる。俺が助けてやる。だから、俺をその森に案内してくれるか?」


 強制はしない。危険を伴うから。

 だが、現状で一番早い解決は、居場所が把握できる者を連れて自分が行くことだった。

 まだ完治はしていないからだだ。正直、黒狼に勝てるかと言われればわからない。だけど、子供を逃がすくらいならできる自信はあった。

 子供といえど翼人だ。黒狼が届かない高さまで飛べばいいのだ。


「俺、行くよ! だって、俺はルルの兄貴だもん!」

「よく言ったな、じゃあお前のことは俺が守ってやる」

「でも一成は飛べないよね?」

「大丈夫、本気で走ればお前らより早いさ」


 そして一成は指示を出す。

 リューイは自分と一緒に森へ向かう。そして、それ以外の子供たちは大人へ助けを求めに行くようにと。

 子供たちが頷き、助けを求めに行くと。

 一成はリューイを抱いて、走り出す。


「いいか、妹を見つけたらとにかく高く飛ぶんだ。そうすれば、黒狼から逃げられる。そうしたら俺は放って置いて街へ逃げろ、いいな?」

「でも、それだと」

「妹を助けたいんだろう? とりあえず、俺の言うことを聞いておけって」

「……うん」


 一成はリューイの指差す方向に向けて、一直線に走る。

 途中、家や建物があるが、そんなのお構いなく、飛んで屋根を蹴って、とにかく早く着くことだけを考えて走り出す。


「凄い……父ちゃんよりも速い……」


 驚いているリューイの声は聞こえなかった。

 そして、あっという間に街を飛び出して、森へ向かう一成だった。







「一成、調子はどうだ?」


 魔王リオーネが一成の部屋に顔を出すと、部屋は無人だった。


「いない? 珍しいな……ずっと引きこもっていたのに、トイレか? 風呂か?」


 そう思って家中を探すが、一成が家の中のどこにもいないことがわかっただけだった。


「ど、どうして、いないのだ。庭か?」


 慌てて庭に出ると、丁度一成の部屋の下の辺りに足跡があった。

 リオーネはまさか、と思う。

 嫌な予感がしてならなかった。

 考えてみれば、一人で色々と考えたいこともあるだろうと一人の時間を作ってみたが、目を覚ましてすぐに殺してくれと一成は言ったのだ。

 そのことを思い出して、ゾッとしてしまう。

 今でもその考えを捨てていなかったら?


「魔王様、なんだか街が騒がしいようです。なんでも、子供が森へ行ってしまったと、今、帝国軍も探索隊に加え向かわせました。あの……魔王様?」

「一成が……」

「はい、一成様が?」


 どうしたんですか?

 と、尋ねるメイドにリオーネは青い顔をして呟く。


「……自暴自棄になってどこかへ行ってしまった」

「そうなんですか……って、ええええっ?」


 まさか子供を助けに森へ向かっているとは夢にも思わない魔王とメイドは、一成の探索隊も編成すべきか本気で考えるのだった。





ストラトスたちはカーティアを仲間に帝国へ向かいます。

サンディアル王国では、聖女ではなく、国王に視点を当ててみました。

元勇者は子供たちと交流します。

そして魔王は勘違いを。


少しですが、ストラトスたちが大人しく国へ帰ったりした理由などを、文章内で補足を入れさせていただきました。


ストックが終わってしまったので、これからが本番という形ですので頑張らせていただきます。

ご意見、ご感想、ご評価いただけると、とても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!


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