46 「覚醒3」
「だからお願いします、戦神スレイの器にならないでください」
そう願うように少女に言われ、一成は困惑する。
――誰も彼もが器になるなという。
――神を受け入れるなと訴えてくる。
しかし、その理由を教えてもらうことは一度たりともない。誰もが受け入れるなと言いながら、その理由を教えてくれない。
「みんな、口をそろえたように、そう言うんだよ」
どこかうんざりしたような声だった。
「え?」
「俺に器になるなって、受け入れるなって。でもさ、それはどうしてだ? そもそも、俺は戦神なんて知らない。俺は魔神の真なる器だって言われてたんだ……もう、なにがなんだかわからないよ」
――だから理由くらい説明してくれ。
一成はすがるように弱々しく言葉を吐いた。
自分自身が神の真なる器であることはわかっている。そして、神を受け入れてはいけないといことも、龍神、自分の中の自分、そして目の前の少女から言われ続けた。
だが、どうしていけない?
神が自分の体を使って好き勝手に力をふるうからだろうか?
それとももっと別に理由があるからだろうか。あるならば知りたい。
龍神はその役目から阻止しようとしている。同時に、ほかにも理由があることは一成にもわかっている。龍神と短い間が接し、彼が本当に理不尽に命を奪うということはしないだろうと思ったから。
だからこそ、理由が知りたかった。
「私にはシィナの納得できる説明はできないと思う」
少女――魔神アーズリィは、幼い容姿を泣きそうに歪ませる。
「ただ、シィナは戦神スレイの真なる器。彼は、スレイは私のせいでとても悲しんでいるの、私のせいで魔神となのり、戦神である自身の立場を捨てようとしている。でもね、それはやったらいけないこと」
まただ。これが一成を混乱させる原因のひとつ。
一成は魔神の真なる器だと聞かされていた。だが、少女は自らを魔神と名乗り、一成のことは戦神の真なる器だという。
「相変わらずよくわからないけど、俺は魔神じゃなくて戦神の真なる器で、その戦神は君のために魔神と名乗っている――で、あってる?」
「うん、あってる。神は忘れられてはいけないの。忘れられるということは、神にとって存在が希薄になって消えてしまうということ。スレイは私を忘れさせないために、私という魔神を忘れさせないために、魔神と名乗り続けている。それがいけないということを忘れてしまうほど、長い時間を」
悲しげに表情をゆがませ、アーズリィは、それに、と続ける。
「私には外の世界のことは少ししかわからない。この植物たちを通じて、外の情報が少しだけわかるだけ。その情報が新しいものか、古いものかも判断しにくいの。でもね、私とスレイは繋がっているの。シィナとスレイが繋がっているとは別の意味と形で深く繋がっているの」
だからお願いします、と少女のような神が一成に頭を下げ、願う。
「スレイが魔神と名乗っている今、シィナがスレイを受け入れてしまったら、スレイは消えてしまう。そして、スレイだけではなく、シィナ自身も」
「……俺も、なのか?」
戦神だけではなく、一成自身が消えてしまうということを告げられ、驚き不安を口にしてしまう。
そんな一成に、肯定するようにアーズリィは頷く。
「うん。神と真なる器は同じ存在。片方が消滅すれば、もう片方も消滅する」
「死んだら終わりってことか……」
「違うよ。死は終わりじゃないよ。人も神にも死は平等に訪れる。だけど、死は存在そのものが消えるわけじゃないの。消滅は、その人の魂まで、なにもかもがなかったことになってしまう。記憶には残っても、記録には残っても、二度と現れることはない、それが消滅」
アーズリィの言葉は、“今の一成”には難しく、半分以上を理解できない。
ただわかるのは、いずれ訪れる死ではなく、それよりも恐ろしい消滅がこのままだと訪れてしまうとうこと。
それを阻止するためには、真なる器として戦神スレイを受け入れてはいけないということだ。
「できるのなら、今、私はシィナとスレイに会って欲しくないの……」
それはきっと、一成がスレイを受け入れる可能性をできるだけ低くしたいという思いからだろう。
そして二人は知らないだろう。今、その戦神が帝国領へと現れていることに。
「だけど、俺は戦わなければいけないんだ。仲間がいて、守りたい人たちがいて、今もその人たちは俺抜きで戦っている。君の言いたいことはわかった、願っていることもわかった。だけど、俺はそれ以上に仲間の下へ戻りたい、そして戦わなければいけない。その結果、戦神と相見えることになったとしても」
――それだけは、やめることはできない。
「うん、わかってるよ。シィナはそう言うと思ってた。私はここから出て行くことはできないけど、君を送り出すことなら多分できる」
「だったらっ!」
仲間の下へと戻れる可能性を示唆されて、心がせくのを止められない。
――戻りたい。仲間たちも下へ、一秒でも早く。
どうしてこんなにも、気持ちがせいているのかわからない。
戦いが続いているからだろうか、それとももっと違うなにかを無意識に感じているからだろうか。
一成にはわからない。ゆえに、なお気持ちが逸るのだ。
「こんな言い方は卑怯だと思うけど、私は君を外へ戻すね」
「だから俺は魔神――と名乗っている戦神スレイの器に決してならない。それでいいんだな?」
「うん……ありがとう。でもね、彼がもし、自分のことを取り戻したら、魔神スレイではなく、戦神スレイを取り戻すことができたのなら、彼を受け入れるか受け入れないかはシィナに任せるね」
それはどういう意味だろうか。聞き流していい台詞ではなかったが、今は時間が少しでも欲しい。
ゆえに一成は聞き返すことはしなかった。
「……ああ、わかった。約束するよ。魔神と名乗っている神が本来の神に戻ったとき、それでも俺を、真なる器を求めたのなら、俺はそのときに最善の答えを出すよ」
アーズリィの願いに、一成は応える。
その言葉を聞き、嬉しそうに彼女は涙を浮かべ頷く。
一成は自分自身のことを本当に馬鹿だと思うことがある。今だってそうだ。
裏切られて、傷ついて、なにがなんだかわからない。そんな状況の中で、新たに出会った目の前の少女の姿をした神と安易に約束事を交わしている。
だけど、別にそんな自分でもいいと思った。
馬鹿でも、愚か者でもいい。目の前の少女が、涙を浮かべ嬉しそうにしている姿を見ているとそう思える。
もしかしたら、これからまたどこかで裏切られて傷つくこともあるだろう。死にたくなるほど目を背けたくなるようなこともあるだろう。
それでも、誰かのためになにかをしたい。
そう思い、行動できるのなら、それはきっと綺麗事だけどいいことだと思う。
「じゃあ、外へと送るね。あと、私からシィナへ力を渡してあげる」
「力?」
「私がシィナを癒す際に、私の神気を分け与えたの。だから、本来ならシィナが使えない力を一度だけ使うことができる。ただし、使ってしまうと、シィナの体から私の神気は消えてしまうから、本当に一度限り」
アーズリィは、掌に小さな光を生み出すと、檻の中から手を伸ばし一成へと差し出す。
「この力は――――」
力の説明を受け、一成は迷うことなくその力を受け取った。
手を差し出し、握手するように手を重ねる。
暖かく、そして眩い光が二人を包み込んでいく。
「ありがとう。その力があれば仲間を助けられる」
「いいの、この力は今の君には諸刃の剣だよ?」
心配そうに、不安げに確認してくるアーズリィに、一成は安心させるように力強く頷いて見せる。
「それは関係ないんだ。俺がどうこうじゃなくて、守りたい人が守れるなら、俺はそれだけで十分だから」
ぐっ、とアーズリィは一成の掌を強く握り締める。
痛みはない。代わりに、どくんどくんと力が流れ込んでくるのがわかる。そして、その使い方も。
「君の手は暖かいね。久しぶりなんだ、人の温もりを感じるのは。だから覚えていてね、私の温もりを。そして、この暖かい君を心配している誰かが必ずいるということも、君が傷付けば必ず仲間が悲しむことも」
「――ああ」
「うん、それでもきっとシィナは無茶をするんだろうね。私はシィナが心配……だけど、もう時間だよ。目を瞑って――そう、そうだよ、深く深く、お湯の中に沈むように、意識をゆっくりと眠るように」
アーズリィに導かれて、一成は目を瞑る。彼女の言葉が進むに連れて、少しずつ意識が遠のいていく。
「さよなら、私の愛しい人の半身。叶うことなら、また会いたいなぁ」
寂しそうな声を最後に、椎名一成の意識は消えた。
2013年、一回目の更新をさせて頂きます。時間がかかってしまい申し訳ございません。
次回からは舞台が帝国へと戻ります。
本年度もどうぞよろしくお願い致します。