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45 「覚醒2」






 目の前から自分が消えた。同時に、一人の少女が現れた。

 夢だろうかと思った。


「ねえ、大丈夫?」


 だが、かけられた声の響きや、伝わる息遣いなどが夢ではないと教えてくれた。


「ああ、大丈夫……だけど、ここは?」

「ここがどこなのかわからない。でもね、ここに来ることができるのは本当に一握りの存在だけみたい。あなたや私みたいに精神体じゃないとたどり着くことができない、暗い暗いなにもない世界」


 少女の声から孤独を感じた。

 一成は自分が寝ていることに気づき、体を起こす。

 そして気づく。体が、花や蔦に覆われていることに。花の毛布に包まれているような気分になる。

一面、色とりどりの植物があり、花畑にいるような錯覚さえける。

 だが、少し目を違う場所へと動かせば、どこまで続いているのかわからない漆黒の世界。

 こんな場所にどうして少女がいるのかと疑問に思う。

 少女の外見は幼く、白いドレスに裸足という何処か囚人を連想させる姿をしている。さらには檻に囲まれ、少女は囚われの身だ。

 連想した囚人という言葉がこれ以上もないくらいに合っている。


「君はどうしてこんなところにいるんだ?」

「わかんない……気が付いたらここにいて、ずぅっと今日まで一人ぼっち」

「……ずっと?」

「うん、どのくらいかはわからないけど、ずぅっとずぅっと長い時間をここで一人だったよ。この子達が慰めてくれてなかったら、とっくにおかしくなってたかもしれない」


 少女は愛しそうに花々を撫でる。

 彼女はいったい何者だろうか。どこか懐かしい感じがするのは気のせいだろうか。

 そもそも、自分はどうしてこんなところにいるのだと疑問に思う。

 一成はニールと戦い、そして負けたのだ。最後の最後で。彼から放たれた強大な力をくらい。

 いまごろ仲間たちはどうなっているだろうか、と不安になる。誰があれほど強い力を持ったニールと戦っているのだろう。


「あんな力を持ってたとは思えなかったんだけどな……」

「うん、なにかな?」

「ごめん、独り言」

「そう?」


可愛らしく首を傾げる少女を後目に、一成は思い出す。

 かつてこの世界に召喚されたとき、右も左もわからないままの一成はアンナに保護された。そして戦う力があるのだと、勇者の素質があるのだと言われ、元の世界に戻ることを目的に戦う道を選んだ。

 思えば、それしか道がなかったが、その時の判断は間違っていなかったと思いたい。

 そのときに、戦いの基礎を教えてくれたのがニールだった。

 礼儀正しく、騎士という言葉がこれでもかと似合っていた男だった。憧れた、その在り方に。

 帝国へと向かうことが決まったとき、一成は真っ先に彼に声をかけた。一緒に行ってほしいと。

 ニールはアンナの近衛騎士であったし、一成自身がニールを短い期間の付き合いだが信頼をしていたからだ。

 しかし、彼は一緒に行けないと謝ってきた。

 どうして謝ったのかはいまだにわからない。あのとき、戦いの決着が一成の勝ちであれば、なにかしら聞くことができたのかもしれないが、それも叶わない。

 どうして彼は、カーティアたちを殺すだなどと言ったのだろう。行動を起こしたのだろう。アンナの命令だろうか、それとも彼自身の判断だろうか。

 一成にだってわかっている。自分はともかく、カーティア、ストラトス、キーアの三人はサンディアル王国からすれば裏切り者だ。

 敵対していた帝国へと身を寄せたのだから。


 ――でも、それも俺のせいなんだよな。


 別に悲劇の主人公を気取るつもりなんかない。

 だけど、それでも――自分のせいで誰かが傷ついたりするのは見たくはない。

 だから決めたのだ。


 ――もう一度戦おうと。


 そのことを改めて確認した一成は、このままここでジッとしていることはできなかった。

 戻らなければ。

 どうしてここにいるのか一成自身にもわからないし、わかるはずがない。

 だけど、それがどうした。

 戻らなければいけない。

 仲間がいるから、待っていてくれると信じているから。

 まだ腕は動く、足も動く、目も見えるし、呼吸だってしている。


 ――俺はまだ死んでない。


 なら、前に進もう。そう決めたのだから。


「ねえねえ、難しい顔をしてどうしたの?」

「なんていうか、俺がやらなきゃいけないことを改めて確認したというか、なんていうか、そんな感じ?」

「やらなきゃいけないこと? それって、どういうこと?」

「――戦うことだよ」


 一成の答えに少女はキョトンとした顔をする。


「ええっと、誰と?」

「誰、だろうな。俺にもわからない。だけどさ、俺は守りたい人たちのために、戦いたいんだ。きっと俺にはそれしかできないから」

「……ッ」


 少女は一転して、今度は驚いたように目を見開いた。

 そして、呆然と一成を眺めたあとに、優しい笑みを浮かべた。

 まるで愛しい人を見るように。


「やっぱり、あなたははあなたなんだね」


 嬉しそうに少女は言った。

 一成は、少女がどのような意味を込めて言ったのかが理解できずに困惑してしまう。

 まるで少女は、以前にも一成に会ったことがあるような言い方をした。

 懐かしさを感じるが、記憶にはない。

 もしかしたら彼女も懐かしさを感じているのか、それとも自分が覚えていないだけで面識があるというのか。


「ご、ごめんね。変なことを言っちゃったね」

「ああ、いや、別に気にはしてないから、謝らなくても……」


 困惑する一成に、慌てて謝る少女だが、自分よりも外見が幼く見える少女に謝られるのはなんともバツが悪い。

 しかし、この少女は長い間ここにいると言った。ならば、年齢は外見通りではないかもしれない。

 とはいえ、どのくらいいるのか本人ですらわかっていないのだから、年齢を聞いていいのかと戸惑う。


「あっ、そうだ! あなたの名前を教えて? ずっとあなたや君じゃあ、言いづらいでしょう?」

「そうだね、一番最初に自己紹介をしなきゃいけなかったね。俺は一成、椎名一成。よろしく」


 心なしか、少女と接するときの自分は優しくなる気がした。心が温かくなるというか、やはりどこか懐かしさを感じるせいだろうか。

 口調が自然と柔らかくなる。


「椎名、一成……そっか、あなたの名前は椎名一成なんだ。私はね、私の名前はアーズリィ――魔神アーズリィだよ」

「……え?」


 ――今、なんて言った?


「魔神、アーズリィ……それが、君の名前?」

「うん、そうだよ。えっと変かな?」

「いや、変じゃないけど……君は魔神なのか?」


 声が震える。

 檻の捕らわれた少女は自分のことを魔神と言った。

 ならば、彼女の真なる器が一成ということになるのではないか。


「本当に、魔神?」

「そうだけど、どうして?」

「まさか魔神っていうのは、何人もいるのかな?」


 震える声で尋ねる一成に、魔神と名乗った少女は首をかしげてしばらく考えてから首を横に振った。

 つまり、魔神は彼女一人ということだ。


「魔神は私一人だけ。魔神だけじゃなくて、大地神とかいろいろと呼び名はあるんだけど、一番しっくりするのは魔神アーズリィかな。よろしくね、シィナ!」

「あ、ああ、よろしくな、アーズリィ」


 驚き戸惑いながらも、一成は返事を返した。

 しかし、信じられないという気持ちが強い。目の前の、無垢な少女が魔神だということが受け入れられない。

 彼女が自分を器にしたいと望んでいるのか?

 ならば、どうしてこうも明るく人懐っこい笑みを浮かべ、接することができるのだろうか?

 一成の困惑は増すばかりだった。

恐る恐る、一成は笑みを浮かべている少女へと口を開く。


「俺が君の真なる器なのか?」

「……違うよ」


 その問いに、少女は笑みを消して、寂しそうな表情を浮かべて否定した。


「魔神は私のこと。でもね、一人だけ自分のことを魔神って名乗っている人なら知ってるよ。その人がシィナの半身」

「それは、誰だ?」

「――戦神スレイ」


 褐色の肌の男の姿が頭痛と共に、脳裏に浮かんだ。


 ――誰だ?


 懐かしさというよりも、求めているなにかを思い出したような感覚に捕らわれそうになる。


「あの人は、私のせいで悲しくて、悲しくておかしくなってしまったの」


 どくん、と胸の中で鼓動する。

 これ以上聞きたくないという気持ちと、それでも知りたいという気持ちがぶつかり合う。


「だからお願いします、どうか戦神スレイの器にならないでください」


 少女の懇願する声に、一成は頷くことも、返事することもできなかった。








最新話投稿しました。魔神の名前がようやく登場です。

今週の投稿は今回で最後の予定です。来週に更新予定ですので、よろしくお願いします。

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