43 「降臨2」
天空から降り注いだ強大な光が収まっていく。
誰もが、空を見上げ動けずにいた。
「出迎えごくろう」
この場にいる全員に響くような甘い声が届く。そして、誰もが弾かれたようにして声の主を探した。
「――勇、者……様?」
息も絶え絶えに、ニールが呟いた。
続くようにスレイも目を見張る。
「まさか……結城悟を器としたのか?」
信じられないとばかりに、動揺するスレイだったが、ありえなくもないとも内心思った。異世界から召還した器という素質がある人間、それが結城悟だ。だが、かれはスレイにとっての真なる器ではない。それでも、器であれば神をその身に宿すことができるのだ。
ただし、本人が同意しなければいけないという絶対にして唯一の制約があるが。
「久しいな、龍神クリカラよ。お前の呼び出しに答えたぞ?」
「アンテサルラ……そなた、どうやって?」
クリカラの問いに少年の姿をした女神は面白いと言わんばかりに笑う。
「ずいぶんと面白いことをいう、お前が私を呼んだのではないか」
「違う! 余が聞いているのは、どうやってその少年を器としたかということだ!」
「どうやって? なにをいまさらなことを、神々は器に宿るときに本人の同意なくして宿ることは不可能。ゆえに、私は結城悟から同意をもらった。随分と協力的だったぞ?」
「そなたがそうなるように仕向けたのだろう!」
クリカラの言葉に、アンテサルラは少年の姿でありながら妖艶に微笑んでみせた。
肯定も否定もしない。
「ああ、そうだ。君たちに土産がある、受け取ってくれ」
そう言って、彼女は四つのなにかを放り投げた。
その物体はスレイとクリカラの足元まで転がると――二人を絶句させた。
「そ、そなた、もう人を殺めたのか?」
「クリカラよ、君の言い方はいつも意地悪い。私はただ、恐怖に怯え絶望していた人間を解き放っただけだ」
クツクツと笑う。
「それに私の器となった少年はその四人を含め、もう一人を人質にしてなにかをしようとしていた。不条理な目に遭うのならば、命を奪ってやるのが救いということもある」
「……もう一人はどうした、そなたが殺めたのか?」
「どうしても君は私を悪に貶めたいようだが、違う。すでに少年が命を奪っていたよ」
そして、わざとらしく「ああ、そういえば」とアンテサルラは続けた。
「その五人は椎名一成の仲間の家族だそうだ」
その言葉と態度がクリカラの神経を逆撫でた。
だが、それ以上に反応したものがいる。スレイだ。
「アンテサルラァァァァァァッ!」
少女の姿をした神は、怒りと憎しみの方向を上げて、アンテサルラへと襲い掛かった。
スレイにとって、一成は半身である。彼は一成と共にありたいと思っていた。ゆえに、彼の仲間たちにも同じように親愛の情を持っている。器であるアンナが家族のように思っているように、スレイもいずれは眷属となるべき仲間たちであると思っているのだ。
ゆえに、仲間の家族の命を奪い、わざわざ首だけを持ってきたアンテサルラを許せるはずがなかった。
「貴様ァァァァァァアッ!」
その勢いは誰にも止めることはできない。クリカラですら、止めるのを躊躇ってしまうほど強い感情を持ってスレイは拳を放った。
しかし、
「懐かしい……愛しい人よ」
アンテサルラは指一本動かさない。その瞳に深い愛情を宿し、スレイを愛しげに見つめていた。
音もなにもしない。だが、スレイの拳はアンテサルラへ届く前に、いつの間にか現れていた魔法陣によって阻まれている。
「ふざけるなぁぁぁぁッ!」
神力を体内に循環させ、自身の力の威力をさらにもう一段階無理やり上げると、拳を阻んだ魔法陣を蹴り破った。
硝子が砕ける音が響く。
「おっと、さすがは戦神。数多の神々を葬ってきただけのことはある」
感心したように、アンテサルラは飛び退いた。
だが、スレイの追撃は止まらない。
「ようやくだ、ようやく貴様と会うことができた。なによりも、お前は器に宿っている――殺すなら今だッ!」
ドレスを翻し、スレイはアンテサルラに向かい疾走する。
獣のように、重心を低くしたまま大地を蹴り続ける。
アンテサルラは笑みを深めると、スレイを阻むために、幾重にも重ねて魔法陣を展開していく。
しかし、スレイは阻もうとする魔法陣を破壊していく。だが――
「いいのかな? 彼女はもう限界だろう、できるなら彼女を殺したくはないんだけど?」
クリカラへと向ける言葉遣いとは違う、どこか気さくに感じる言葉を放ちながらアンテサルラは距離を保ち後ろへと下がっていく。
「戯言をッ!」
「戯言とは酷いな。人間は私から生まれた存在だ、愛しく思っている。君の次にくらいに、だがね」
「笑わせるな、まるで貴様一人で人間を生み出したようなことを言うとは。人間は貴様と貴様の妹、そして古き神々によって生み出された存在だ、決して貴様一人が生み出したものではない!」
スレイの叫びは、この大陸での信仰を破壊するものであった。
女神の姉妹アンテとサルラのサルラから人間は生まれたとされている。
だが、スレイはそれを違うという。
「アンテとサルラの信仰を初めて聞いた時、私は笑いが止まらなかったぞ。自らの名を二つに分け、まるで自分が二人の女神になったとでもいいたいのか!」
スレイの嘲るような言葉に、初めてアンテサルラかの表情が消えた。
「……やめろ」
「貴様はいつだってそうだった。姉でありながら、妹に嫉妬していた」
「……黙れ」
「私からすべてを奪い、妹からも多くのものを奪った。それが姉がする行為か? なによりも奪っておきながら、自分のものとするその意地汚さには同じ神として嫌悪さえ覚える」
魔法陣を破壊しながら、スレイは言葉を投げ続ける。
だが、スレイの言っていることには嘘一つない。
「よせ、スレイよ! これ以上、アンテサルラを刺激するなッ!」
クリカラの叫びが響くが、スレイはそれを無視しアンテサルラを罵り続ける。
「貴様は妹のようになりたかったのだ。太陽を司る神々は多く存在し、貴様も力はあってもその一人でしかなかった。対して妹は、唯一の大地の女神。貴様はゆえに彼女を私から奪い、この世界のどこかに封じた」
「…………」
「なにか言うことはないのかッ!」
スレイは神代の時代を思い出しながら、憎しみの声でアンテサルラを責める。
スレイにとっては長い時を恨み続けてきた相手が目の前にいるのだ。神代の時代にすべてを奪われてから、気が遠くなるほど孤独を味わい、憎しみだけが増え続けた。
そして今、憎きアンテサルラが目の前にいる。
この時をどれだけ願っただろう。夢にまでみた。
もはや、今、この瞬間が快楽に近い。恋をした少女のように、心が高揚する。
「言いたいことはそれだけか?」
一方、言葉を浴びせられ続けたアンテサルラは感情のこもらない声で、そう言った。
魔法陣だけは展開し続けているが、足を止めてスレイを見据えている。このままではいずれスレイの攻撃がアンテサルラに届くだろう。
だが、そのことを気に留めることなく、アンテサルラは言葉を放った。
「それのなにが悪い?」
「なに?」
ぴたり、とスレイの動きが止まる。
「今、なんと言った?」
「なにが悪いのか、と聞いたのだ。スレイ、私の愛しい人よ、君は残酷だ。私がどうして君からすべてを奪い、妹すら排除してみせた私の本当の気持ちを君は考えたことがあるか? 妹に嫉妬した、そうだ。嫉妬したとも、だが――それは妹が唯一の大地神だったからではない」
――妹が君を愛し、君も妹を愛したからだ。
「な、に……」
スレイが驚愕に支配される。
話を聞いていたクリカラさえも驚きに硬直していた。
「どういうことだ?」
いち早く硬直から解けたクリカラが疑問を口にする。
理解できない。
クリカラは知っている。スレイがアンテサルラの妹と恋人であったことを。そして、その当時はアンテサルラもスレイやクリカラとも親しく、間違いなく仲間であり友であった。
彼女は二人を祝福していた。
幸せにしろとスレイに念を押すなどと、妹を可愛がっている良き姉であったのだ。ゆえに、クリカラはいまだになぜアンテサルラが祝福した二人を引き裂き、スレイからすべてを奪い、可愛がっていたはずの妹を封じたのか知らなかった。
知る機会すらなかった。
そして、今――その理由がようやくわかった。
「……まさか、そなたもスレイを愛していたのか?」
クリカラの言葉に、アンテサルラは曖昧に笑ってみせるだけで答えてはくれなかった。
最新話投稿しました。今回は間話的な話でした。