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41 「勇者来襲15」




 押しつぶさんとしていた圧迫感が消えた。

 嘘のように、いままで本当にあの圧迫感があったのかと疑問を覚えるほど体が軽くなる。


「……動ける、動けるぞッ!」


 カーティアは体を起こすと、体が自在に動かせることを確認する。そして、叫んだ。


「一成ッ!」


 顔を上げて目を見開くと、目の前には棒立のまま微動だにしようとしない一成と――アンナ・サンディアル。

 まさか、と思った。

 しかし、この目で今、こうして目の前に彼女がいる。

 カーティアの心の内でさまざまな感情がかき回されていく。


「どうしてここに、あなたがいる――アンナ・サンディアルッ!」


 戸惑いながら、大声を上げずにいられなかった。

 アンナはアンナらしならぬ表情を浮かべて、一成の体に触れる。気遣いと、心配を浮かべて彼女は一成に触れ続ける。


「なんで、あの人が……?」

「……どうして?」


 近くから声が上がる。ストラトスとキーアだ。

 二人もまた、驚き困惑しているのだ。

 なぜ、アンナがここにいる。どうして、一成は彼女に対してなにも反応しない。

 そして、彼女はニールと龍神と、どのような関係にあるのか?

 疑問が尽きることはない。


「疑問は残るが、今は一成だ」


 ストラトスとキーアに支えられながら立つ、ムニリア。

 腕からの出血はいまだ止まらないが、筋肉を収束させることでギリギリまで出血を止めている。

 異種族だからといって、出血が多ければ彼でも命を失ってしまうのだから。


「私には、もうどうなっているのかわからない……」


 カーティアの声には無念が込められていた。

 一成のためになにかをしたいと思っていても、状況もわからずに無謀なことをすれば自分だけではなく、一成もが危険な目に遭う可能性だってあるのだ。

 軽はずみな行動はできない。

 だからこそ、それが悔しくてしかたがない。

 カーティアの噛み締めた唇から、血が滴る。


「兄貴は、どうなってるんだ? あんなに肌の色まで変わって、髪まで伸びて……」

「なによりも、一成さんから魔力じゃない強いなにかを感じる……」


 魔術師であるキーアは、一成から発せられる神気を感じ取っていた。だが、キーアはその力が神気だとは気づけない。

 一成の体を焼いた神気は強い光や炎を連想させる力であった。だが、それに対して一成から発せられる力は、水のように冷え冷えとした波動を持っている。

 だが、唯一気づいた者がいた。


「一成から発せられているのは、神気だ」

「なんだと?」

「それって……」

「どうして一成さんから神気が?」


 三人が疑問の声を上げ、困惑する。

 しかし、神気と気づいたムニリアでさえ困惑しているのだ。どうして器とはいえ人間である一成から神気を感じるのだ、と。

 可能性なら思いつくが、推測だけでものを言いたくはない。

 そうなると、


――一成が魔人を受け入れた?


 そんなことを思ってしまった。

 だが、そんなことはありえないと頭を横に振る。

 一成はリオーネと共に歩むと言ってくれたのだ。その矢先に、突然魔神を受け入れるなど、ありえないと思いたい。


「カーティア! みんなッ!」


 背後から声をかけられた。

 振り返ると銀髪のエルフの姉妹が互いを支えるようにして、こちらへと向かってくる。


「シェイナリウス様、レイン!」


 カーティアは今さらながらに思い出す。

 この二人はこの周囲一体に大結界を張っていたはず。二人がここにいるということは、その結界が破られているということになる。

 そこまで考えると、本当にいまさらだと思った。もうすでに、結界内にいなかった、龍神とアンナがいるではないか。その時点でもうとっくに結界は破られているのだ。


「お二人は無事なのですか? 大結界を破られたら反動としてあなたたちは――」

「ああ、確かに大きな反動を受けた。しかし、幸いと言うべきか、彼女に助けられた」


 シェイナリウスが前方を指差す。

 指し示された場所へ視線を向けると、白い少女が少年のもとへと降り立った。


「彼女は龍だ」

「……龍?」


 カーティアはシェイナリウスの言葉に、いささかの疑問を覚えた。

 だが、レインが告げる。


「私たちの傷は彼女によって癒されました。さすがに魔力までは回復していません、それでもなにかができないかと思い、姉上と共に来ました」

「レイン……シェイナリウス様……」


 仲間が集結した。

 疲弊し、万全ではないが、一成の仲間たちがここへと集った。

 魔王であるリオーネと彼女をサポートすべきクラリッサはここにはいない。するべき場所で、するべきことをしている。

 だが、それでいい。

 ここに仲間がすべている。それだけで、折れかかっていた心に力が宿る。

 なにができるのか、わからない。

 なにもできないかもしれないという、不安もある。

 だが、それでも、カーティアはカーティアたちは、一成のためになにかをしたい。


――そう、強く思った。






「龍神王様、遅れました。申し訳ございません」


 白づくめの少女、シャオが龍神のもとへと降り立ち、膝を着いた。


「構わん。大結界を張った二人はどうであった?」

「はい。やはり反動で重症でしたが、龍神王様のご命令どおり癒しました」

「そうか、礼を言う」

「はッ」


 シャオは恭しく頭を垂れる。

 そんなシャオに龍神は言葉を続けた。


「シャオよ、再び頼みがある。そこに倒れている人間を助け、椎名一成の仲間のもとへ運んでほしい。敵対関係にあるが、悪いようにはしないだろう」

「承知しました。ですが、龍神王様は?」

「余は、本来の目的どおりに役目を果たす」


 決意を込めた声だった。

 龍神の目の前には、古き友と約束を交わした人間がいる。

 大切な友と、興味を覚えた人間だった。だが、彼はその二人を――いや、正確に言うなればアンナを含めて三人を葬らなければいけない。

 心が痛む。特に、古き友の器となっている少女にはなおさらだ。


「もう何度思っただろう、どうして役目など請け負ってしまったのか、と。これほど辛い思いをするなどとは当時には夢にも思わなかった」

「龍神王様……」


 初めて見せる龍神王の弱音に、シャオは悲しげに目を伏せることしかできない。

 シャオにはわかっている。目の前にいる二人を倒すことができるのは龍神しかいない。シャオが龍の本性をさらけ出し、本来の力をもっても勝てないとわかる。

国へと戻れば――いや、年経た龍たちでも難しいだろう。

 だが、シャオの脳裏に、黒い龍が浮かぶ。彼であればこの状況もなんとかなるかもしれない、だが――


「余は本来の力を使う。今のままでは二人を相手にして倒せるかどうかわからない。なによりも、友が器を手に入れてしまえば、正直勝てる自信がない。ゆえに、人の姿から本性へ戻る。周囲の人々に一刻も早くここから離れろと伝えてくれ」

「……承知しました」


 いろいろと言いたいことはあった。

 幼い顔に悲痛な表情を浮かべ、二人を倒すと言った龍神の心情はシャオには計り知れない。なによりも、敵対している神は古き時代からの友なのだ。

 あまりにも残酷だ。

 慰めの言葉などかけることができない。どれだけ言葉をならべようが、この事実は変わらずシャオにはなにもできないのだから。

 ならば、とシャオは思う。

 龍神に頼まれたことを果たしてみせる、と。シャオは駆ける。まずは地面へと力なく倒れているニールを拾い、一成の仲間たちに届けること。

 しかし、


「私の眷属に手出しは無用」


 いつの間にか目の前に現れた魔人に腹部を蹴られ、動きを止められた。


「シャオッ!」


 龍神の声が響く。

 シャオは苦痛に顔を歪ませながら、大きく息と共に鮮血を吐いた。


「あまりこの体での戦闘は避けたいのだが、どうかおとなしくはしてくれないか?」


 頼みではなかった。

 おとなしくしていろ、そう告げられたのと同じだった。そして、シャオに拒否権はない。

 ゴッ、と音が響き、自分の顔が殴られたのだと理解した。

 地面に叩きつけられて、シャオは動きを完全に止めた。


「古き友よ、無駄な争いを私は望んでいない。この少女も殺してはいない、大きな潜在能力を感じたゆえに動けなくはしたが、龍の回復能力ならばすぐに目を覚ますはず」

「…………」

「頼む友よ、引いてくれ」


 魔神の言葉は本気だった。心の底から龍神と戦いたくはない、無駄な戦いをしたくない。そう伝わってくる。

 しかし、龍神の答えは最初から決まっていた。


「できない」

「友よ……いや、龍神クリカラよ。どうしても戦おうというのか? 君にならわかるだろう、神と神が戦えばどうなるか?」

「“戦神”スレイよ。今のそなたは神とは言えない、ならば戦うなら今しかない」


 龍神――クリカラは魔神を戦神と確かに呼んだ。ならば、どうしてスレイは自らのことを魔神と言うのだ?


「クリカラよ、なにを言う? 私は魔神だ、戦神ではない!」


 まるで怒るように戸惑いの声を上げたスレイに、なにかを悟ったかのようにクリカラは言葉を放った。


「そうか、そなたには呪いがかかっているのだな? アンテサルラによって強力な、そなたにも余にも気づかないような呪いが」

「なにを、言っている? 呪いなどかけられてはいない!」

「それが間違っているかどうかは、自身で確かめるがいい」


 クリカラはスレイから視線を外すと、空目掛け叫ぶように声を上げた。


「見ているだろう、アンテサルラよ! いつまでそなたは人の心を弄ぶ! もう、余の友を解き放て!」


 龍神クリカラから発せられた声には、怒りと悲しみ、そして憎しみの感情が込められていた。

 友に呪いをかけ、そのせいで狂ってしまっている。

 そのことに気づいてしまったのだ。

 龍神は過去に何度もスレイと戦った。その度に、彼は魔神と名乗り、そして龍神クリカラが倒す。

 その繰り返し。

 そして、ようやくその原因がわかった。そうではないかと予想はしていたが、確証がなかった。

 再会するたびに予想は確信にかわり、そして今日、自身の考えが間違っていないと思うことができた。

 ゆえに、怒りが収まらない。

 友と友が命の奪い合いをするようにと仕向けた元凶を。

 アンテサルラを。


「降りてこい、狂った神よ!」


 龍神クリカラの咆哮に、天空から強烈な光が降り注いだ。







最新話投稿しました。ようやく神の名前を出すことができました。龍神クリカラ、戦神スレイ。

いままでこんがらがっていた部分を解いていきます。

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