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40 「勇者来襲14」





 アンナ・サンディアルの姿を借りた魔神は拳を握り締めると、龍神から放たれた炎に向かい構えた。

 それは、少女の姿では違和感があり、可愛らしい容姿のアンナが拳を構える姿はどこか滑稽に見えた。

 だが、さきほど一成がしたように、龍神は拳で炎を消し飛ばした。

 唯一、違うのは――たった一回の拳で。


「古き友よ、私の半身を殺させるわけにはいかないよ」


 ドレスを翻し、魔神は龍神から一成を庇おうと手を広げる。


「アンナ……さま?」


 離れた場所で倒れているニールの声を、魔神は拾う。

 そして、アンナであれば決してしない、獰猛な笑みを浮かべて見せた。


「違う。私はアンナ・サンディアルではない。私は魔神、アンナと契約した魔神だ」


 ニールは絶句した。

 魔神。

 自身に力を与えたアンテサルラと同様の神ではないか、そんな存在がすぐ近くにいたというのか。そして、その神の器が一成だったのか。

 偶然にしては出来過ぎている。

 悪い夢を見ているようだ。

 なによりも、魔神と名乗っているはずの神から、さきほどまで自身が持っていた戦神の力を感じるのだどうしてだ?


「まだ、そなたは自分のことを“魔神と名乗っているのだな?”」


 どこか悲しそうに、労わるように、龍神が開いた瞳に感情を込めて魔神を見つめた。


「なにを言っている、古き友よ?」

「……わからなければ、よい。今のそなたには幾千の言葉も通じない」

「友にそのようなことを言われると、いささか寂しいものがある。だが、いいだろう。今の目的は、椎名一成だ。私の半身であり、私以上に私の力を持つ唯一無二の存在を迎えにきた」

「その力でなにをしようというのだ?」


 龍神の問いに、魔神は嬉しそうな表情を浮かべる。


「ようやく聞いてくれたな、友よ。嬉しいぞ。何度、私たちは戦っただろうか? しかし、一度も君は私に理由を尋ねてはくれなかった、問答無用に戦いを仕掛けてきた」

「それが余の役目だ」

「そう、そうだな。君は昔から真面目過ぎる、もう少し肩の力を抜いて、もっと楽に生きるべきだ。まあ、私が言えることではないが……」


 そう言って、魔神は苦笑すると、龍神に背を向けて一成のそばへ。

 目を細め、愛しいものへと触れるように、やさしく頬を撫でた。


「酷い火傷だ。龍神の炎は、龍神のちからそのもの。いくら覚醒したとはいえ、この程度ですんだのは幸いだった。だが、許してくれ、椎名一成よ。私には癒しの力はない」


 魔神は寂しそうに呟く続ける。


「私が持っている力は敵を倒すちから。仲間を守る力と言えば、聞こえはいいかもいしれないが、所詮は誰かを傷つけるしかできない力なのだ」


 むき出しの肌が焼け、酷い場所は爛れている。

 その近くを触られても、一成は抵抗どころから反応しない。

 さすがに、魔神もそこのことの疑問を覚えた。


「おかしい……君の意識はどこにある? 私は君の意識を殺すつもりはない、共に歩むために、同一の存在にはなるが、君には君の、私には私の意識と考えを存在させる……はずだったのだが」


 だが、肝心の一成の意識が体から感じることができない。

 力は感じる。神の力も、一成の魔力も感じることができる、しかし、肝心の一成の意識だけが感じ取ることができない。


「君に受け入れてもらわなければいけないというのに、意識が抜けているとは……さて、これはどうしたものだろうか?」


 神の器は、神が器となる人物へと宿る時に、同意が必要となる。

 これは必須であり、誰であろうと神であろうと変えることはできない。

 しかし、一成の意識が体にない。その意味は、言わずとも。

 ゆえに魔神はどうするべきかと困惑している。このままでは、受け入れてもらうことができないではないか、と。


「待て、余はまだそなたの答えを聞いていない」

「なんだ、古き友よ」

「そなたは力を得て、なにをしようとしている?」

「……君には予想がついているだろう?」

「だが、そなたの口からははっきりと聞きたい」

「そうか――ならば言おう、私はアンテサルラへと復讐する。奪われた民のために、愛しいあの子のために、必ず復讐を遂げてみせる!」


 復讐。

 その言葉に、離れた場所でニールが反応した。そして、アンテサルラが復讐の対象だと知り、二重の意味で驚きを隠せない。


「私を止めてくれるなよ、古き友よ」

「だが、余は――」

「役目はわかっている。だから最初に言っておこう、私は地上をどうこうするつもりはない。人間も異種族も私にとっては愛しくてしかたがない、ゆえに傷つけることはしたくない。私はただ、アンテサルラを滅したいだけ、ただそれだけなのだ」


 魔神の言葉は遠まわしに龍神と戦いたくないと言っていた。

 龍神の役目は知っている。もしかすれば、魔神がその役目をおっていたかもしれないのだから。

 だからこそ、アンテサルラへの復讐だけが目的だと告げたのだ。地上でいたずらに力を使うことはない、人間も異種族も傷つけるつもりはない。

 ゆえに、戦いたくないと言っているのだ。

 だが、龍神は不安だった。

 仮にアンテサルラが地上に現れたら、彼は間違いなく復讐を果たすために戦うだろう。

 強い力を持つ神と神が戦えば、地上の地形は変わり、多くの命が失われることは必須だ。人間も異種族も、神代の時代のような強さを持っていないのだから。


「一成の意識を辿る前に、聞いておかなければいけないことがあったな」


 思い出したかのように魔神は、倒れているニールへと視線を向けた。

 その刹那、


「ぐ、が……」


 離れた場所に倒れていたはずのニールの首を掴み、持ち上げていた。

 か細い腕に持ち上げられたニールは呻きながら、どこにこれほどの力があるのかと疑問にすらおもった。


「問おう、私の力を誰から与えられた?」

「が、あ……」

「ああ、しまった。この状態では話せないか……」


 魔神が手を離すと、ニールは地面へと落ちる。

 せき込むニールへ、魔神は再度問うた。


「では話してもらおう。私でさえ失ったと思っていた力を、君は誰から与えられた?」

「そ、それは……」

「アンテサルラ、だろう?」

「……ッ」

「その反応だけで十分だ。やはりあの女が奪っていたのか、どこまで私から奪えば気がすむのだ。それほどまでに、私に殺されたいか、アンテサルラよ」


 咳き込みながら、ニールはアンナのドレスの裾を掴む。


「なんだ、ニール・クリエフト?」

「御身は、アンナ様をどうするつもりでしょうか?」

「彼女とは利害が一致している。彼女にもまた目的がある、だが――」


 そこで魔神は言葉を途切れさせる。

 突然、疑問を覚えたように、しかし、それが気のせいではないかと困惑するような表情を浮かべる。


「御身?」

「いや、なんでもない。彼女も目的はあるが、仲間を失った悲しさから壊れかけている。君がカーティア・ドレスデン他三名を殺害しようなんてしたからだ」


 魔神は責めてはいない。

 だが、ニールは自身を責めた。自分の目的のために、ここにも一人被害者がいることに。


「気にすることはない、彼女はもうだいぶ前から情緒が不安定だった。愛しているはずの椎名一成を殺害しようとしたり、ストラトス・アディールとキーア・スリーズの家族を捕らえようと準備をしていたりと、な」


 同じく、自身がおかしいことには魔神は気づいていない。

 かつては狂ったようにアンナを苦しめたことがあるはずである魔神だが、今は彼女を心配している。

 変化があったのか、それとも魔神もまた狂っているのか。

 一方、ニールは呆然としていた。今、魔神が言った言葉の中に、聞き逃せないものがあったから。


「アンナ様は、椎名一成を愛していたのですか?」


 ニールの疑問に、魔神はアンナの顔で苦笑する。


「気づいていなかったのか?」

「ええ、私は気づいていませんでした。ですが、ならばどうして」

「一成を魔王ごと殺した――いや、殺そうとしたのか、と聞きたいか?」

「はい、私にはそれがわかりません」

「人のことをあまり言いたくないゆえに、ひとつだけ。愛にも形が多数ある。愛しいからと理由で人は……いや、神でさえもおかしくなる」


 ニールは魔神の言葉に黙り込む。

 ニールはサンディアル王国への復讐を目的としていた。最愛の人を奪われたからだ。そして、それもひとつの愛の形だろう。

 愛ゆえに、復讐へと走る。自己満足と言われようが、構わない。奪われた者の気持ちなど誰にもわかりはしないのだから。

 最愛の人を失ったことで、愛の形は歪んではいる。だが、その気持ちは愛だった。


「御身の復讐の目的は、愛ゆえにでしょうか?」

「――そこまで答える義理はないが、君は仮にも私の眷属となった身だ。その身の傷が癒えたら、いずれ話そう」

「……眷属?」

「ああ、そのこともわからないか。神代の時代ならば、通じたのだがな。まあ構わない、それも後にしよう。そろそろ、古き友が痺れを切らしそうだ。それに一成の意識を戻さなければならないからな」


 では、後でな。

 そういい残して、魔神は消えるように去った。

 ニールから離れ、再び棒立ちとなっている一成のもとへと現れる。


「さあ、私の半身よ――君の意識はどこにある?」







最新話投稿しました。ようやく四〇話です!

魔神の登場でしたが、他メンバーの出番はもうしばしお待ちください。

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