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39 「勇者来襲13」





 龍神の放った炎に包まれた一成。

 本来であれば、例え真なる器であろうと無事なはずはない。

 神気による、神炎。龍神だからこそ、放つことができる――浄化の炎。

 ただの人間である一成など、塵一つ残らない。


 ――はずだった。


「馬鹿な……」


 龍神は大きく動揺した。

 まだ意識をギリギリ保っていたニールですら驚愕した。


「うるぅあああああああああッ!」


 獣の咆哮に大気がピリピリと震えた。

 一成は無傷ではなかった。腹や背を始めとした体中ところどころ酷い火傷を負い、髪も燃えている。

 だが、それだけだった。

 ぜぃぜぃ、と荒い呼吸を繰り返しながら、一成は炎の中に立っている。

 その姿は、もはや人ではない。

 獣ですらない。


 ――神だ。


 がちゃん、と音を立てて一成の両腕から篭手が外れる。同時に、彼が腕を振るうと、轟と音を立てて炎が消し飛んだ。

 ニールはその光景を、今にも消えてしまいそうな意識の中で見続ける。

 そして思った。

 やはり自分と彼では違う、違い過ぎると。

 最初に出会ったときから薄々と感じていたことだった。そして、戦いの基礎を教えた際に確信に変わった。

 いずれ自分にはたどり着けない高みに一成は届く。対して自分はどれだけ努力しようが、どれだけ力を欲しようが、同じ高みにはたどり着けないことに。

 できることならば、一成の仲間でありたかったと思う。

 唯一、思う後悔だった。

 目的を果たすために、ニールは契約したというのに。異種族と敵対しても軽く倒してしまうほどの力を、制御できない大きな力を手にしたというのに――一成はそんな自分よりも高みにいた。

 思わず笑みがこぼれてしまう。同時に痛みが襲いかかってくる。

 “ある神”から与えられた力がその身にあるからこそ、こうして死ぬことなく意識を保っていられるのだ。だが、それでも、自分は倒れ、一成は立っている。

 それが大きな差であった。


 ――復讐など忘れて、彼と共に歩む道もあったというのに……


 残念だと、いまさらながらに思った。

 ニール・クリエフトの目的は復讐であった。だが、その目的を知る者は“とある神”のみ。

 アンナも魔神ですら、彼の目的を知ることはない。

 それだけひたすらに隠し続けてきたのだ。笑顔を浮かべ、常に心は穏やかにあろうと努力してきたのだ。

 だが、それも終わりに近づいている。

 もう、ニールの体が動かない。“とある神”から与えられた力のほとんどは一成に渡ってしまっているのがわかる。

 このままでは、自分に待っているのは死だ。

 それが恐ろしいとは言わない。

 だが、犠牲を払ってまで、果たしたいと願っていた復讐が何一つ果たせないことだけが悔しかった。

 そして、思い出すのは、力を手に入れる前のことだ。


 ――一緒に行こうよ、ニールさん。アンタみたいに強い人が一緒に来てくれれば、凄く頼りになるからさ。


 少し照れながら、一成は共に行こうと誘ってくれた。

 嬉しかった。

 当時、戦いの基礎を教えていたこともあって、頼られたことや、慕われていたことに気づき、ニールは素直に喜んだ。

 だが、その返事保留にした翌日、彼に“とある神”が接触してきた。


 その神の名を――アンテサルラといった。


 女神だろう、女性の声で、しかし、姿かたちは後光で見えなかった。

 ただ、アンテサルラはニールの目的を知っていた。そして、アンテサルラにも目的があると言う。

 アンテサルラはニールを利用すると言った、その代わりに自分のことを利用してもいいと。

 ゆえに、ニールは力を求めた。

 復讐という目的を果たすために必要な大きな力を欲した。

 そして、アンテサルラからニールは戦神の力を与えられたのだ。


 ――今思えば、私が力を与えられ、彼をこうしてしまうことがアンテサルラの目的だったのではないかと思う。


 いいように使われた。

 だが、仕方がない。ニール自身も使ってきた立場だったのだ。因果応報、自分にいずれ何かしらの罰があることはわかっていた。

 それでも彼は復讐に走るしかなかったのだ。


 ――失ってしまった最愛の人のために。


 力を得ていなければ違っていかもしれない。

今頃、カーティアたちのように、一成の仲間として帝国に身を寄せている可能性もあっただろう。そんな“もしも”を考えで思わずニールは苦笑した。

 そうであれば、力など得ずとも、復讐は果たされたかもしれない。

 やはり力を得てしまったことが間違いだった。あれだけ自分の手で復讐を遂げると決めていたのに、力を欲したあまり簡易な道を選んでしまったことが、大きな間違いだったといまさらながらに思う。


 ――それでも復讐を果たしたかった。たったそれだけ。


 ニールは、光の剣を杖代わりにして立ち上がる。

 不思議となにも感じない、痛みさえも。苦痛すらない。


「よせ、人が関わることができる領域ではない」


 龍神の声に、ニールは薄く笑った。

 そんなことは百も承知だ。だが、それでも、ニールはやらなければいけない。

 幸い、体の中に残っている力のおかげで、体は動く。光の剣もある。

 ならばすることは一つ。


「椎名一成を元に戻す」


 自らの手で復讐は果たせないだろう。ならば、一成に賭けたい。彼は迷惑だと思うだろうが、押し付けよう。わがままを聞いてほしいと。

 一成が異種族と和平を求めていることは知っている。それが叶えば、憎きサンディアル王国へと復讐ができる。

 大きなダメージを受けないかもしれないが、和平の時代になれば連合に所属するサンディアル王国は疲弊するだろう。

 それだけでもいい。

 本音を言えば、滅ぼしたかった。

 だが、それができなのならば、サンディアル王国が変わるようにと願うしかない。


「結局、私は半端だった。あれほど願った復讐が成し遂げられないというのに、こうして笑っているのだから」


 思い出すのは今は亡き最愛の人。

 いつでも平和な世の中を願っていた。

 そんな彼女が復讐など望むはずなどない、それはわかっていたのに、ニールは悲しさに得られず、国を人を憎むことで自身を保っていた。


「我ながら情けない」


 ニールは剣を構えた。

 強者と戦う歓喜はもう沸いてこない。力を使う高揚感も感じられない。

 今はただ、一度は仲間であった少年を元に戻したいという気持ちだけ。


 ――もしかしたら、この戦いで自分のなにかが変わったかもしれない。


 そうであればいいと思う。

 ニールは光の剣を強く握り締めると、いまだ動こうとはしない一成に向かって駆けた。


「馬鹿者がッ!」


 龍神が叫ぶ。

 いまさらながらに、龍神の優しさに気づく。

 自分が出会ったアンテサルラとは違う、優しい神。


「椎名一成ィッ!」


 叫び、光の剣を振り下ろした。


「あああああああああッ!」


 一成はニールに反応すると、大声を上げて片腕で攻撃を受け止める。

 力と力がぶつかり合い、余波が生まれた。


「うぉおおおおおおおおッ!」


 押し返されそうになるニールだが、必死で耐える。

 体が壊れてしまってもいい、一成のこの暴走を止めることができるのであれば、それだけでいい。


「あああああああああッ!」


 一成はさらに大声を上げて、空いていた片腕でニールを凪いだ。

 ごうん、と衝撃がニールを襲うと同時に彼は宙を舞った。

 光の剣は手からはなれ、体中から力が抜けていくのがわかる。

 どのくらいの距離を飛ばされたのだろうか、ニールは抵抗などできずに地面へ激突すると何度も地面とぶつかりながら転がっていく。

 だが、彼はまだ生きている。

 体は動かせないが、運よく視界には一成が映っている。だいぶ距離は離れてしまったが、それでも彼の動きはわかる。


「おおおおおおおおおッ!」


 光の剣が、一成の体内へと入っていく。

 歓喜に満ちた咆哮を上げて、一成の力は増していく。

 ニールが持っていた戦神の力はすべて、一成に奪われた。

 そして――しん、とするほどの静寂が訪れ、周囲を襲っていた圧迫感が消えた。

 同時に、龍神が叫んだ


「まずいッ!」


 神炎を手加減抜きで放つ。

 熱波と爆炎が一成に襲いかかるが、対して一成は拳を握り襲いかかってくる、爆炎を殴った。

 どんっ、と音を立てて炎が削られる。

 一成は静かに拳を振るい続けた。

 結果、一成を襲うはずたった炎は、一成に届く前に拳によってかき消されてしまった。

 龍神が苦い顔をして、納得したかのように頷く。


「なるほど、一見すると暴走しているようにしか見えなかったそなただったが、あれで覚醒していたのだな。暴れていたのは、本来そこには存在しないはずの力があったから、そなたは本能でその力を求めた。ゆえに暴走したかのように暴れた」


 攻撃をした龍神にすら、一成はなにもしない。

 あくまでも今の行動は防衛でしかなかった。


「考えてみれば、余や戦神の力を持った人間に対しては防衛と力を求めたゆえに戦ったが、周囲にいる人々にはそなたは傷一つ負わせていない」


 もっと早く気づくべきであった、龍神は内心そう思った。


「だが、それでも、余のするべきことは変わらない。余は使命を果たすために、そなたの命を奪おう。もうそなたに意思らしい意思を感じない。本当にただの器となってしまった。そうなってしまうと、神の思うがままだ……残念としかいいようがない」


 龍神からあふれ出る神気が、よりいっそう強くなった。

 神気が緋色に染まっていく。

 先ほどの真紅ではなく、血のような緋色に質が変わった。


「余は龍神である。炎から生まれた最初の龍。ゆえに余の力は炎。一つは先ほど見せた、真紅の炎――浄化の炎だ。そして二つ目は――」


 龍神の背から、緋色の翼が現れる。

 炎でできた、緋色の翼。


「神ですら焼き殺す、破壊の炎」


 龍神は、幼い顔を悲しみに染め、両目を大きく見開いた。


「結局、約束は果たせなかったな、椎名一成」


 そして、神殺しの炎を解き放った。

 しかし――


「それをさせることはできない」


 鈴のような少女の声が戦場に響いた。


「彼は大事な私の半身だ。傷つけることはいくら古き友であっても、許せはしない」


 アンナ・サンディアル――の姿をした魔神が降臨した。







最新話投稿しました。ニールの目的、心情をメインに書かせていただきました。そして最後は魔神降臨です。

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