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34 「勇者来襲8」





「――龍神王様」

「わかっている」


 ニールがサンディアル王国兵を率いり、ハイアウルス、ニールを倒し、そして一成をも倒した。

 龍神はその様子を離れた場所で見ていた。


「まだ、時間はかかるか?」

「いいえ、もうすぐです。幸い、あの人間から放たれた光が結界を破ってくれましたので、そこから崩します」

「……できるだけ早く頼む」

「はい」


 なにも黙って見ていたわけではない。

 介入できるものならしたかった。しかし、それはできなかった。

 なぜなら、龍神の目の前には薄い膜のようなものが張り巡らされている。

 ――結界だ。

 それも、龍や龍神を阻むほど強力なもの。

 これは、エルフの姉妹、シェイナリウス・ウォーカーとレイン・ウォーカーによって張られていた。

 実は、二人は戦場へと赴かず、結界を張ることに専念したのだ。魔王リオーネ・シュメールの指示によって。


「さすがはエルフの大結界というべきか――いささか感心する」


 そう言葉をこぼしながら、少年の姿をした龍神の表情は硬い。

 理由は多々あるが、一番大きな理由としては、ニールが解き放った力だ。

 あれは間違いなく――戦神の力。

 なぜ、ニール・クリエフトがその力を持っているのかは不明だが、龍神にとって放っておけない事実だった。

 だが、結界が阻む。エルフが里や集落を守るために開発した大結界。それが龍神をも阻んでいるのだ。

 しかし、この大結界の目的は本来の用途とは違う。本来は、外部から敵意ある者が、害意ある者、そしてその可能性がある者を拒むための結界だ。ゆえに、大結界の中へ入るには、中の者からの許可が必要となる。だが、これはその逆だった。

 外部に敵意ある者、害意ある者――つまりニールや悟をはじめとしたサンディアル王国兵たちを逃がさないためのものだ。

 同時に、外からは結界としても作用しているので、性質が悪い。

 とはいえ、龍神は神だ。龍は神の眷属だ。どれだけ優れた結界であろうが、本来の力を出せば容易く破ることができる。

 それをしないのは、本来の力を使い、結界を破れば――結界の中にいる人間や異種族を巻き込んで、命を奪ってしまうから。


「力が大きすぎるというのも考えものだ……」


 強大な力を持つゆえのぼやきだった。

 ならば中にいる者など構わなければいい。そう思う者もいるかもしれない。

 どうせ破壊しなければいけない『真なる器』と戦神の力を持つ男も龍神が、いや彼と共に行動している龍――シャオが本来の力を出せば容易くはないだろうが排除することも可能だ。

 それをしないのは、龍神には器以外の者の命を奪えば自らも死を迎えるという制約があるから。だが、仮に制約がなくても龍神はそれをしないだろう。もともと命を奪うことを嫌い、戦いも好まないのだ。

 そしてその役目を若き龍にさせるつもりもなかった。

 なぜなら、龍は穢れに弱い。

 人間、異種族という人だけではなく、動物や植物によっても――龍は穢れる。

 穢れは少しずつ龍を犯し、いずれは力を奪い、死に至らしめる。

 もっともすぐにどうこうなるわけではない。長い年月――それこそ何百という年月をかけて少しずつ弱まっていく。

 ならば、と思うものもいるだろう。実際に、龍の中では穢れなど気にしないものもいる。

 だが、龍神は違う。

 自らの眷属――我が子といっても変わらない存在に穢れてほしくはないのだ。

 ゆえに、こうして結界だけを破壊するように、神気を送り続け、結界を崩壊させようとしているのだ。

 ただ、結界が崩壊するよりも早く、決着が着きそうになっている。

 その様子を見ながら、龍神は複雑な思いを浮かべる。


 ――余と喧嘩をするのではなかったのか。


 不思議と、そんな思いが浮かんでしまった。

 そのことに、龍神は驚く。

 以外にも、あの古き友に似た人間に、なにか思うところがあるのだろうか。いや、きっとあるのだろう。

 そんなことを考えていた――その時、


「龍神王様ッ!」

「――わかっている」


 巨大な光の柱――いや、剣と呼ぶべきか、それが天高く空へ向かって伸びている。

 瞬時に理解した。

 あれは神の力だ。神の力をただ形にせずに、発しているだけ。だが、それでも、それを受けたものはひとたまりもないのは間違いないことだけはわかる。

 本来、自分たちが内に秘めている力を、そのまますべて力として放出しているのだ。

 人間が扱えるわけがない。

 いいや、そもそも人間が持っているはずのない力だ。


「やはりそなたの仕業か――アンテサルラよ」


 忌々しく、龍神は空を見上げる。


「結界が壊れました!」

「では、向かうぞ」

「はッ」


 龍神はシャオの腕を掴むと、大地に解けるように消えた。






 ニールから放たれた光の剣が、一成の命を奪う――ことはなかった。

 なぜなら、


「……馬鹿、な」


 その力を放ったニールでさえ、驚愕している。

 目を瞑った少年が片手で、光の剣を受け止めているのだ。

 圧倒的な力を持ち、ニールが制御できないほど強大なその力を、たった片手一本で。


「そなたに尋ねたいことがある」


 光の剣を受けながら、涼しげな声で少年――龍神は静かに問うた。


「この力――誰から与えられた?」

「うお、おおおおおおおおおぉッ!」


 ニールはその問いに答えず、突如現れ攻撃を阻んだ少年を押しつぶさんと光の剣を押し付けるが――


「無駄だ。そなたには、制御しきれていない。人に対してならそれでも絶対的な力ではなるが、相手は余のような存在であれば」


 パキン、と音を立てて、力を封じていたニールの剣が折れた。

 そして、光の剣が、夢ではなかったかと思うほど、簡単に霧散してしまう。


「……こんな、ことができるのは、まさか、あなたは――」


 龍神はニールの呆然とした呟きには答えない。

 霧散した光の剣を見届けた後、自身の手を軽く握ると、ふむ、と納得するように頷く。


「さすがは戦神の力――例え、使い手が制御できなくともこれほどとは。では、再度問おう。この力は誰から与えられた?」

「…………」


 ニールは返事をすることができない。

 そのことに龍神は苛立ちを覚えることはなく、そのまま手を伸ばしニールの胸に手を当てる。

 力を込めれば、ニールの体に風穴が開いただろう。

 しかし、龍神の目的は違う。

 しばらく胸に手を当てると、一人納得したように声を出す。


「剣だけではなく、そなたの体の中にも戦神の力が宿っている。これはいったいどういうことだろう。説明を求める」

「あなた、いえ、御身であろうと、私は話すことができません」


 御身と言い直したニール。彼は、少年の正体に気付いたのだろうか。いや、そうではない。

 目の前の少年が龍神であることは、まだわかっていない。だが、それでも、人などを超越している存在であることだけは理解できた。


「ならば余から言おう。そなたはアンテサルラからその力を与えられた、そうだな?」

「…………」


 ニールは無言だった。


「沈黙は肯定ととろう。しかし、そなたも無謀だ、ただの人の身でありながら、神の力を宿すとは――いろいろと弊害が体に起きているだろう」


 その声は、ニールの身を案じているかのようにも聞こえた。

 ニールは困惑する。

 目の前の少年は誰だ、と。

 人間でもない。異種族でもない。魔王ですら目の前の少年にはその存在が霞むはずだ。

 ならば――神、もしくはそれに連なる眷族でしかない。

 だが、それがなぜ、自分の邪魔をするのか。


 ――神とその眷属など、とうの昔にその数を減らしたというのに。


 いまさらになって、自分の前に現れるのはいったい何者だ。

 そこまで考えて、ようやく気付く。

 唯一、地上に残っていたとされる、神とその眷属たちを。


「まさか、御身は――龍であらせるのでしょうか?」


 ニールは震える声で尋ねた。


「さよう。余は龍、龍神である」


 龍の中でも最も位の高い存在、それが神である龍神。

 まさかそんな存在が目の前の少年だとは信じたくはない。だが、それならば納得ができる。


「御身は、私に用事があるのではなく、彼――椎名一成に御用が?」

「そう、余は真なる器であるこの者を破壊するという役目を務めにきている」

「ならば――」

「しかし、そなたの持つ力を見過ごすことはできない。余の役目は神々がその力をいたずらに地上で使わせないこと。可能性はすべて摘み取らなければいけない」

「私を殺しますか?」

「そうしたいが、余は制約として器である者しか命を奪えない。だが、そなたは器ではない、ただの人だ」


 しかし、と龍神は続けた。


「制約を破ってでもそなたを殺したいという気持ちは、余の中にある」

「……理由をお尋ねしても?」

「構わぬ。一つ、そなたが持っている力は余の古き友の力だ。どうやってその身に宿しているのかは知らぬが、器でもない人間が友の力を勝手にすることに怒りを覚える。もう一つは、いたずらに真なる器であるものを刺激したせいで――目覚めさせてしまったことだ」


 ――え?


 龍神の言葉に、ニールは思わず声を上げた。

 龍神が自分を殺したい理由の一つはわかった。戦神の力が龍神の友のもの、なるほど怒るのは無理もない。しかし、もう一つの理由がわからない。


 ――私は、いったい何を目覚めさせてしまったのだ?


 ニールがそう思った瞬間だった。


 ――ドクン。


 なにかの鼓動を感じた。

 とてつもなく、大きい魔力の鼓動。


 ――ドクン、ドクン。


 脈打つ度に、その魔力の大きさが、今まで感じたこともないものだとわかる。


 ――ドクン、ドクン――ドクン。


 そして、魔力の“質”が、別のなにかに変化した。

 ニールは絶句する。

 鼓動の正体を――椎名一成を見て、絶句した。


「いつのまに……」


 龍神に守られ、彼の背後に倒れていたはずの一成が立ち上がっていた。

 目の焦点は合っておらず、額からはいまだに血が流れ続けている。口からは血の混じった涎がこぼれ、どうして立ち上がることができているのか理解ができない。


「ううぅ……」


 短く唸るような声を上げた。

 刹那、その唸りは変わる。


「うぉおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅッ!」


 空を突き破り、天に届くほどの獣の咆哮。

 ざぁあああ、と音を立てて、咆哮の余波で風が吹き荒れ、砂煙が立ち上がる

 誰もが自身を庇い、大地に突っ伏した。

 唯一、立っていることができたのは、龍神とニールだけ。


「やはり目覚めたか、真なる器よ」


 悲しげに、だが、待ち望んでいたとも思えるような声で龍神は変わってしまった一成を見つめる。


「……あなたはいったい、どうなってしまったというのですか?」


 変わり果てた姿となった、一成を見て、呆然とニールは呟いた。








最新話更新しました。ようやく、真なる器としての一成が登場します。

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