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29 「勇者来襲3」





「残念です」


 ニールの言葉に嘘偽りはなかった。本当に心から残念だと思っていた。

 目の前の黒騎士は強い。それは剣を交えなくてもわかる。しかし、その強さも自分には通用しないだろう。

 この様な状況ではなく、許されることならば「本来の力」で戦いたかったと思う。

 それがとても残念でしかたがない。

 だが、それでも自分にはしなければいけないことがある。やらなければいけないことがあるのだ。

 だから、


「さようなら」


 ひゅん、と軽い音を立てて剣を横に一閃。

 常人になら見えることなく、首が宙を舞い、地面に転がり、赤い飛沫を振りまいたとしても、それでもまだ気がつくことができないだろう。

 それ程の剣速だった。

 しかし、ニールは驚かされる。同時に顔が喜びに染まる。


「……素晴らしい」


 歓喜の表情を浮かべてニールはムニリアを賞賛する。

 驚いたのはニールだけではなかった。悟も、サンディアル兵たちも、帝国兵たちも驚きを隠せなかった。

 唯一、兜によって表情の伺えないムニリアだが、彼の剣は今の一撃を受けただけでヒビが入ってしまった。対して、ニールの剣には刃こぼれ一つもない。

 武器の差だろうか、それとも腕の違いか?

 後者であることは違いないと思いながら、ムニリアはヒビの入った剣を構え、少年のように嬉しそうな顔をしているニールとの距離を保つ。

 このまま打ち合えば、ムニリアの剣は容易く折れるだろう。

 打ち合うことができれば、だが。


「ニール様を援護しろっ!」

「将軍一人に戦わせるなっ!」


 サンディアル王国の兵士たちが、声を張り上げ、各々武器を構えて突進する。

 対して、帝国側も、ハイアウルスの声に兵士たちが応えると、弓が放たれる。

 本格的に戦いが始まってしまった。


「ああ、残念です」


 乱戦だ。

 こうなってしまえば、ムニリアと一対一で戦うなどと言っていられない。

 自分の剣を止めることができた者に出会えたのは久しぶりだったというのに。

 ただ、弱者を斬り捨てるだけではおもしろくはない。時には実力者と戦うことで、自分がまだ強くなれると、まだ高みに上れるのだと確認したいのだ。

 だからこそ、残念で仕方がなかった。


「ならば、周りの兵をすべて排除してから、また楽しみましょう」






「ムニリア殿、ご無事かっ!」


 ハイアウルスの声に、ムニリアは兜の中で大きく息を吐くと、片手を上げることで返事の代わりをする。

 あまりにもの恐怖によって、声を出すことができなかった。

 体も震えている。数多の戦場を駆け巡り、何度も死線を潜り抜けてきた帝国の将軍が、恐怖によって体を震えさせているのだ。

 その様子を見て、ハイアウルスは驚きを隠せなかった。

 ムニリアは思う。ニールの剣撃を受けることができたのは、奇跡だったと。

 正直、本能だけで剣を動かしていた。自分自身でも、どうして動かしたのかはわからない。

 だが、結果として、その本能に助けられた。

 しかし、あのまま打ち合いが始まれば、自分がどうなっていただろうか。そう思うと背筋に冷たい汗が流れる。

 何度も深呼吸をしながら、心を落ち着けさせる。

 帝国将軍であり、現在部隊を率いている自分が動揺してしまえば、士気に関わってしまう。

 これほど兜で顔が隠れていることを幸いと思った日はないだろう。


「代わりの剣を」


 用意してもらえないだろうか。そう言おうとしたムニリアに、ハイアウルスが一振りの剣を差し出す。


「ならば、私の剣をお使いください」

「しかし、それでは……」


 ハイアウルスが自身の剣を渡そうとするので戸惑うが、そんなムニリアに彼は腰から弓を手に取ると「こちらの方が使い慣れていますから」と答えた。

 だが、ムニリアはそうは思わない。

 すでに乱戦となっている現状では小回りの効く武器の方が有利だ。

 そんなムニリアの考えに気付いたのか、ハイアウルスが付け加えるように言葉を足す。


「心配はいりません。体術も苦手ではありません、それにエルフは魔術が得意です。例え弓が使えなくとも、戦う手立てはちゃんとありますよ」


 それに、と続ける。


「先ほどの一撃を見る限り、ただの剣では相手にならないでしょう。ムニリア殿はともかく、私たちは反応さえ出来なかった。だからこそ、お使いください」

「申し訳ない」


 ハイアウルスから鞘ごと剣を受け取ると、鞘から剣を抜く。


「これは……素晴らしい、しかし、いいのか?」

「ええ、我が一族が誇る一品です。これならば、ムニリア殿の使っていた剣にも負けないかと」

「いいや、それ以上だ」


 自分が使っていた剣とは長さも重さも若干異なるために違和感はある。しかし、それ以上に感じるのがこちらの剣の方が使いやすいと感じた。

 数回振り、鞘に戻すと、ムニリアは兜の中で満足そうな顔をする。

 恐怖はまだある。だが、一族の剣を託してくれたハイアウルスの期待に応えるために、何よりも今共に戦っている仲間たちを守る為に。そして、一成の仲間たちを守るために、ムニリアはニールを止めなければいけない。


「すまない、借りる!」

「はい、お使いください。他の人間たちはともかく、あの男を相手にすることができるのは、ムニリア殿だけなのですから」


 ハイアウルスにそう言われ、ムニリアは不安と恐怖をかき消すように、大きく頷いた。






「あーあ、こう乱戦になっちゃうと正直困るんだよね」


 悟は面倒だと言わんばかりにため息をつく。

 敵味方が目の前で戦いを繰り広げているというのに、『勇者』である悟は数歩後ろから離れて戦場を眺めている。

 正直に言ってしまうと、このような場面は苦手だった。

 彼の得意とするのは、圧倒的な魔術で敵を殲滅すること。もちろん、器用な技も多く使え、応用もできるが――強い力で敵を叩き潰す、その方がおもしろい。

 だが、こうなってしまうとそれができない。彼はそれが不満だった。しかし、同時に笑みを浮かべる。

 これはこれで制約の中でどれだけ自分の実力を出せるかが試される――そう思うとゾクゾクとした喜びが沸いてくる。

 悟は思う。これはシューティングゲームだと思えばいい。

 魔術で狙う目標は敵の異種族、決して当ててはいけないのは仲間である人間。

 だが、これはゲームではない。

 悟がこれから放つ魔術は異種族を、人間の命を奪ってしまえるものだ。しかし、彼はそれをゲーム感覚で放とうとしている。

 仮に味方に当ててしまったとしても、心に嫌なものが残るだろうが、大きな罪悪感や心の傷になることはないだろう。


「じゃあ、いくよ」


 放たれるのは風の魔術。

 風刃が狙いを定めた異種族の鎧ごと体を切り裂く。


「よしっ! 次だっ!」


 そして次々と風刃を放つ。

 音もなく放たれる風に刃に、次々と異種族たちが倒れていく。

 殺しはしていない。

 いくらゲーム感覚で相手を傷つけることができる悟であっても、人間と似ている異種族であるエルフを殺すことに無意識ながら抵抗を感じているのかもしれない。とはいえ、結果として死んでしまえばそれはそれで仕方がないという程度でしかないが。

 悟は極力仲間に風刃を当てないよう気を配りながら異種族を狩り続ける。

 しかし、それも長くは続かない。

 敵味方が入り乱れる戦場から一人の男が悟に向かって掛けてきた。

 ハイアウルス・ウォーカーだった。


「勇者よ、これ以上私の仲間を傷つけることは許さん!」

「僕の邪魔をするな!」


 ハイアウルスは次々と襲い掛かってくる風の刃がどこから放たれているのかをいち早く察して、それを止めるべく悟に襲い掛かる。

 だが、悟も誰かが自分を止めにくるのはわかりきっていた。

 ゆえに、


「僕を守れ!」


 護衛として付けていた四名の騎士に、怒鳴りつけるように命令を出す。

 そして、騎士は忠実に命令に従った。

 剣を構え、二名がハイアウルスを迎え撃つ。残る二名が盾を構えて悟の前に立ち塞がる。


「くっ、邪魔な」


 ハイアウルスの勢いが騎士たちの動きによって遅くなる。が、前進は止まらない。

 短剣を取り出し、ハイアウルスの右手にいる騎士の首に差し込み、一瞬にして絶命させる。

 兜と鎧の隙間から鮮血が噴出しハイアウルスに返り血を浴びさせるが、彼はそんなことを気にすることなく、一瞬も動きを止めることなく魔術を展開する。

 左腕に炎が宿る。

 ハイアウルスに剣を振り下ろそうとしていた騎士よりも、彼が炎を放つ方が早かった。

 爆音がして、騎士が真っ赤な炎にその身を包まれる。

 鎧の外からの熱と、鎧の中に入り込んだ炎によって身を文字通り焼かれることとなった騎士から、耳を塞ぎたくなるような絶叫が響く。

 それを無視して、残る二名の騎士を倒そうとするハイアウルスだったが、彼は大きく後ろへと跳んだ。


「あらら、残念。さすがはエルフってところだよね、僕の魔術が把握されてるよ」


 自身を守るために命を落とした騎士を気にすることなく、ただ魔術がかわされたことに驚きと、楽しさを感じさせる声で悟は言う。


「これって難易度が高いよね……エルフと戦うのって正直初めてだよ。普通は勇者の仲間になるのが定番なのに、敵って――おもしろいよね」


 その言葉を聞いていたハイアウルスは、悟に対して不快な表情を作ると、聞こえるように呟いた。


「私はとっくに勇者の仲間だ。貴様のように、自分を守ろうとして命を落とした者へ悲しみを覚えないような者とは違う、もっと立派な勇者のな!」

「はははっ! それって、死んじゃった前の勇者だよね? ていうか、僕を守ろうとした騎士を殺したのはアンタじゃないか! 偉そうなことを言うなよ!」


 再び悟は風刃を放つ――が、風の刃はハイアウルスを傷つけることはなかった。

 いくらエルフであるハイアウルスとはいえ、風を見ることはできない。先ほど、後ろへ飛んだのは魔力を感じたからだったが、一度捉えられてしまえば風の魔術を避ける方法はない。

 しかし、対策はできる。


「さすがはエルフだね。自分の周囲に風の障壁を張ったんだ?」

「それがわかるとは、腐っても勇者というところか……」


 ハイアウルスは風の刃に対して、風の障壁をぶつけることで相殺したのだ。

 しかし、これには難点もあり、悟の魔術がハイアウルスを超えていたら、障壁ごと彼は切り裂かれていただろう。


「魔術の腕は互角ということだな」

「ふん、風は僕の得意魔術じゃない。僕の一番得意な魔術は――炎だ!」


 勇者としての自負があるのか、エルフと同等の実力だと評価された悟は怒りの声を上げて、数十もの火球を一瞬にして作り出す。

 一つの火球が拳よりも大きく、強い魔力によって生み出された炎が凝縮されているのがわかる。


「燃えろ!」


 悟の叫びと共に、弾丸のように放たれる火球。

 対してハイアウルスは地面に手を着くと、


「ふんっ」


 地面に魔力を流す。

 すると、地面が隆起し、土の壁が作られた。

 火球が壁にぶつかり、轟音が響く。壁が破壊されているためんか、ハイアウルスの目の前に建たれた背丈の五倍ほどの壁がヒビ割れていく。

 しかし、十数秒後、轟音は止まる。

 ハイアウルスが魔力を再度地面に流し込み、土の壁を平らに戻すと、目の前では悔しそうに表情を歪める勇者がいた。


「この程度か……ならば終わりにさせてもらう!」


 ハイアウルスの背後にはまだ戦っている仲間がいるのだ。何よりも、自身では敵わないであろうニールもいる。

 いくら勇者をなのろうが、この程度の相手にこれ以上の時間をかけるつもりは彼にはなかった。

 それ以上に、このような男が勇者を名乗るのが、ハイアウルスには許せなかった。

 短剣を再度構えると、悟へ向かい走る。

 二人の距離はたいしたことはない。盾を構えた騎士は邪魔だが、彼らを無視して悟だけを仕留めることはできる――そう思っていた。

 しかし、ハイアウルスの予想は外れることになる。


「……僕を、僕をナメるなぁああああああっあ!」


 爆発的な魔力の放出と共に、火柱が悟を中心に上がっていく。

 悟を守ろうとしていた騎士二名は火柱の中に消えた。


「感情に任せて暴走したのか……愚かな」


 守ろうとした者に焼かれてしまった騎士を哀れに思いながら、悟から放たれている炎を警戒する。

 この炎がハイアウルスに向けられればただではすまないだろう。そして、背後にいる仲間たちも。

 それだけはさせるわけにはいかなかった。

 目の前の少年は、確かに強いだろう。魔力も大きく、魔術の才もあるだろう。しかし、心が未熟だ。

 自分ならばこの様な少年を戦場へは立たせない。

 現に、今も感情に任せて力を暴走させているのだから。

 幼い命を奪うことに心が痛む。例えそれが異種族を嫌う人間であってもだ。しかし、やらなければこちらがやられることになる。

 だからハイアウルスは悟の命を奪おうと、魔術を展開しようとして――できなかった。

 なぜなら、


「さすがにこれ以上はさせません」


 ニール・クリエフトが目の前に現れたから。

 まったく気づくことができなかった。

 いつ、自分と悟との間に現れたのかがわからない。

 異常だった。

 人間ができる動きではない。


「貴様は」


 何者だ?

 そう問いたかったが、できなかった。

 ハイアウルスは既に、ニールによって斬られていたから。


 ――いつの間に……申し訳ない、ムニリア殿。


 薄れゆく意識の中、ハイアウルスはムニリアに詫びて、胸から鮮血を撒き散らして大地へと倒れた。







久しぶりの更新となってしまいました、お待たせして申し訳ござません。

ご意見、ご感想、ご評価をいただければ大変嬉しいです! どうぞよろしくお願いします!

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