28 「勇者来襲2」
シェイナリウスとレインは一成の看病を交代でしていたが、今は自分たちの順番ではなく、休んでくれと言われたので、一度家へと戻ろうとしていた。
休むという目的もあるが、家になら、エルフの書物があり、まだ読んでいないものも多々ある。その中で、少しでも一成を楽にしてやれる方法がないものかと探そうとしていたのだ。
しかし、ムニリアが走っているのを見かけ、事情を知り、彼女たちはエルフの戦士を集めた。自分たちもついていくという申し出をムニリアに丁寧に断られたために、当初の目的通りに家で調べ物をしようとしていると、もの凄い形相で駆けてくるカーティアを見つけ寒気を感じた。
怒りだ。
彼女からは抑えきれない怒りがあふれている。
シェイナリウスは思い出す。こうなると、彼女は止められないし、止まらない。良くも悪くも生真面目なところがあるカーティアの弱点でもあり、これが平時なら微笑ましい点でもある。
だが、今は違う。
サンディアル王国の兵が近づいてきているのだ。国境を越え、巡回部隊を倒し、まるでこの街に目的である三人がいることを知っているかのように、迷うことなく向かってきている。
一体どういうことなのだ?
「シェイナリウス様、レイン、私に馬を貸してくれ!」
「貸してどうするというのだ。まさかとは思うが、サンディアル王国の兵に帰るように言いに行くつもりではないだろうな?」
「それは……」
シェイナリウスの言葉に、苦い顔をするものの、カーティアの勢いは止まりそうもなかかった。
そんな彼女を少しでも落ち着かせようと、レインが彼女の方を押さえる。
「落ち着いてください、カーティア! 今、ムニリア殿が兵を率いて向かっています。あなたは一成の傍へいてください」
「しかし!」
「カーティア!」
それでも、引こうとしないカーティアに、レインが大きな声を出し、ようやく彼女の肩から力が少しだけ抜ける。
だが、それでも、カーティアは何もできずにいることが我慢できなかった。
「しかし、サンディアル王国の兵は私たちを狙っているのだぞ!」
「わかっている。だからこそ、軽率な行動をするな! そもそも、狙いがお前たち三人だとしても、理由は、目的は? 何もわからないことだらけではないか」
カーティアにつられるように、シェイナリウスも大きな声を上げる。
「だからと言って、このまま何もしないでじっとしているわけにはいかない!」
カーティアは悔しいのだ。また何もできないことが。
自分たちのせいでサンディアル王国の兵が帝国へと侵入し、もう何人も帝国兵が亡くなってしまった。
自分たちのせいだ。
魔王であるリオーネはそうじゃないと言ってくれたが、そんなわけはない。
例え、誰もが口をそろえてリオーネと同じことを言ってくれたとしても、カーティア自身が納得できなかった。
「今、すべきことはムニリア殿たちがしてくれています。任せましょう」
レインが言い聞かせるように言葉を掛ける。
「それでも私は」
「カーティアはどうして帝国へ来たのですか?」
カーティアの言葉を遮るようにして、レインが問う。
帝国へと来た理由。
そんなことを今更に問われ、カーティアは困惑する。
こんな時に何を言っているんだ。そんな場合ではないというのに。
「あなたは一成に会いたいから、生きていると信じていたから帝国まで来たのでしょう? だったら一成の傍にいてあげてください。確かに今は大変な事態です。でも、それは一成も一緒でしょう?」
「……ッ」
レインの言葉に、彼女は返す言葉がなかった。
ああ、また失敗するところだった。
カーティアは一成に会いたくて帝国まで来たのだ。生きていると信じて、今度こそ力になると決意して。
だというのに、自分は今何をしている?
苦しんでいる一成の傍を離れ、何をしようとしている?
「頭は冷えましたか?」
「……ああ」
「別に、カーティアが今回のことに責任を感じているのは間違ってはいません。同じ立場でしたら私もきっとそう思いますから。でも、今のあなたはムニリア殿のように兵を指揮する権限も、立場もありません。だからもっと周りに頼りましょう」
頼る。
帝国へ来てから、いや、その前から、そんなことを考えたことはなかった。
ずっと頼られてきたから。弱さを見せたくなかったから。
本当なら頼りたいし、弱さを見せたい。自分は強くない、戦いも怖いし、好きな人を失うかもしれないと思えば涙が溢れてくる。
それでも、そんな自分でも頼りに思ってくれる人がいたから、守りたいと思う人がいるから、強くあろうとしていた。
「頼る、か」
「そうです。頼ってください。いつもあなたは頼られてばかりだったから、たまには頼ってくれないと申し訳ないです」
「その通りだ。カーティア・ドレスデン」
レインの言葉に続けたのはシェイナリウス。
彼女もまた、妹どうようにカーティアに頼って欲しいと思う一人だった。
シェイナリウス自身、人間は好きではない。だが、彼女にとってカーティアという人間は好ましいと思っていた。もちろん、ストラトスもキーアもだ。
「……シェイナリウス様」
「レインの言葉ではないが、お前はもっと私たちを頼れ。楽にしろとはいわない、だが、気負い過ぎるな」
思えば、友であると思っていたアンナ・サンディアルが裏切ったことで、誰かを頼ることが怖かったのかもしれない。
だからだろう。二人の言葉が嬉しかった。
ずっと頼られる存在であろうとした。エルフの姉妹にも負けないよう、一成と肩を並べられるように。
だけど、自分は頼っていいのだと知った。
任せてしまうのではなく、自分も動き、そして信じている仲間を頼り信頼していいのだと。
「レイン、シェイナリウス様、ありがとう。私はあなたたちが仲間で本当によかったと思う」
ムニリア率いる即席の部隊が街から出ると、すぐにサンディアル王国の兵たちと出くわした。
サンディアル王国兵と帝国兵は向かい合う形となる。
部隊長をムニリアとし、副隊長をハイアウルス・ウォーカーが務めている。多くの兵がエルフであり、その数は全体の七割だ。残りの三割は、獣人、鬼族で構成されている。
その人数はおおよそ一〇〇名。
偶然にも、兵の半分を失ったサンディアル王国の兵たちと同じ数だった。
「ムニリア殿、どうされますか?」
ハイアウルスの言葉に、ムニリアは漆黒の兜の中から返事を返す。
「まずは目的を問いただす。そして、帝国領土からの撤退勧告を」
「……ここまでやってきた奴らが撤退勧告を聞き入れますか?」
それはないだろう。ムニリアも、尋ねたハイアウルスでさえもそう思っている。
すでに多くの帝国兵が倒された。同時に、サンディアル王国の兵も数を失っている。だというのに、ここまで進軍してきたのだ。
帝国領土には街や村はそう多くはない。帝都であるイスルギを中心に、大小の街や村があるが、基本的に民は離れたていたとしても、王都からそう遠くない場所で暮らしている。
つまり、この街も王都から遠くはないのだ。
それはサンディアル王国の兵たちもわかっているはず。だというのに、最初はたった二〇〇名で進軍し、今では半分の数になっても退く気配がない。
一体、何を考えている?
二人は考えるが、答えにたどり着くことはできなかった。
「帝国軍の将軍であらせるムニリア殿とお見受けします」
驚いたことに、最初に声を大きく響かせたのはサンディアル王国側からだった。
声の主は、白い制服と鎧を返り血で真っ赤に染め手いるにもかかわらずに、涼しげな顔をしているニール・クリエフト。
馬を操り、兵よりも前へ、進み出る。
「いかにも、私は帝国軍将軍が一人、ムニリア! あなたはサンディアル王国の者で間違いないか?」
同じくムニリアも馬を前に進める。
サンディアル王国側も、帝国側も兵たちは固唾を呑んで見守っている。
これから戦いが始まってしまうかもしれないのだ。
それぞれが武器を握り締め、いつでも魔術を放てるように身構えている。
そんな一触即発の中、ニールとムニリアは冷静に会話を続ける。
「ええ、私はニール・クリエフト。アンナ・サンディアル様の近衛騎士です」
「……その近衛騎士殿が、一体帝国に何用だ? 見たところ、聖女殿はいらっしゃらないようだが」
「今回の一件に、アンナ様は関わっておりません」
「ほう」
表向きは冷静に返事を返してみたものの、ムニリアは正直、兜で顔が隠れていてよかったと思っていた。
でなければ、困惑した顔を見られていたに間違いない。
そもそも意味がわからない。
見たところ、一見、血に染まっているが、彼自身は傷を負っていないことからかなりの実力者であろうことが推測できる。なので、目の前の男が近衛騎士だということには驚きはしない。
しかし、聖女の近衛騎士である彼が、聖女から離れてこの場にいることが困惑する理由だった。
何よりも、聖女は今回の件に関わっていないとも言った。
近衛騎士の独断で今回の一件が起きたのか?
下手をすれば再び戦争が起こるようなことをしていることに、この男は気づいているのだろうか?
「簡潔に問おう。目的は?」
「カーティア・ドレスデン、ストラトス・アディール、キーア・スリーズの三名が帝国にいることはわかっています。この三名を私たちに引き渡していただきたいのです」
やはり目的は三人か、とムニリアは小さく舌を打つ。そうでなければいいと内心思っていたからだ。
「確認させよう。だが、仮にいたとして、私には彼らを引き渡す権限がない」
時間引き伸ばし、得れる情報を得ようと試みる。
が、しかし、それは通用しなかった。
「いいえ、あなたにはその権限があるはずです。それに、私が探している三名も、あなたが背にしている後ろの街にいることはわかっています」
その正確な情報に、ムニリアから敵意があらわになる。
実を言えば、ムニリアにはカーティアたちを引き渡す権限がある。だが、それは魔王が「不在」であればだ。とはいえ、ムニリアのこのような権限を知る者は少ない。だが、それを知っており、なおかつ、三人が後ろの街にいることを自信を持って言うこの男が不気味だった。
「……お前は一体、何者だ?」
帝国に内通者がいるのだろうか、と疑ったが、それはないと思い直す。内通者が仮にいたとするならば、カーティアたちのことと同時に、魔王と勇者の生存も知っているはずだから。
「私はあなたたち異種族などには逆立ちをしても勝つことができない、弱い人間ですよ」
「その人間が、同胞たちを倒してきたというのか!?」
「ええ」
ニールは涼しげな笑みを浮かべたまま頷いた。
ムニリアにはそれが余裕なのだと感じた。
サンディアル王国側と帝国側の兵の数は同じ。だが、人間と異種族という力の差は隠せない。
同じ人数ならば、人間が圧倒的に不利だと思うはずだ。「普通」ならば。
だというのに、目の前の男からは焦りがない。不安もない。
感じるのは、自信と、余裕だった。
「改めて言いましょう。私たちも好き好んで戦いをしたいわけではありません。カーティア・ドレスデン、ストラトス・アディール、キーア・スリーズの三名を、私たちに引き渡してください」
「仮に、仮にその三名が帝国にいたとして、貴様はどうするつもりだ?」
「殺します」
ムニリアは耳を疑った。
今、目の前の男はなんと言った?
「な、に?」
あまりにも自然に、平然になんと言ったのだ?
「ですから、その三名を殺します、と言ったのです」
聞き間違いではなかった。
確かに言った。殺す、と。
「理由を聞いてもいいか?」
「ええ、簡単なことです。彼らは聖女アンナ様と共に魔王を倒しました。英雄です。ですが、サンディアル王国を捨てて、敵国である帝国へと逃げた。これでは民に示しがつきません。というのが、建前です」
「では、本心は?」
「彼らはアンナ様のお心を乱してしまいます。どうしてだか、アンナ様は三人のことを大事に思っております。帝国へと逃げるなどという裏切りでしかない行動をされたというににも関わらず」
「だから、殺すというのか?」
「はい」
ニールの返事に、ムニリアが右手を上げる。
ザッ、と音を立てて、兵が弓を、槍を構えた。
「これはこれは、もう隠し立てするつもりはない、ということですね。ですが、いいのですか?」
「何を言っている?」
「いえ、聞いているのですよ。本当に、私たちと戦ってしまって構わないのですか、と」
この問いには、ムニリアだけではない、見守っていたハイアウルスも、帝国兵もが驚きを隠せなかった。
だが、ニールは、いやサンディアル王国側は動じていない。つまり、ニールと同意見ということなのだろう。
「最後に、一応聞いておきます。もう隠すつもりはないようなので。カーティア・ドレスデン他三名を、こちらに引き渡してくれませんか?」
「断る!」
ムニリアは鞘から剣を抜き、切っ先をニールへと向ける。
「ならば今度はこちらから問おう、ニール・クリエフト。貴様こそ、このまま退く気はないのだな?」
「ええ、ありません」
「ならば――貴様たちを敵と見なし、帝国の安全のために排除する」
ニールはやはりこうなったかという顔をすると、彼もまた剣を抜いて構える。
そして、嗤った。
「とても、残念です」
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