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27 「勇者来襲1」




 魔王リオーネは駆け込んできた部下からサンディアル王国軍の兵が帝国領に現れたと報告され、信じられないとばかりに目を見開いていた。


「馬鹿な……あまりにも早過ぎる。サンディアル王国はこんなにも早く戦争をまた始めるつもりなのか!?」

「現在、ドーズ部隊長が応戦しているはずですが、いかんせん数が違います。応援をお願いできるでしょうか」

「無論だ。クラリッサ、ムニリア」

「はい」

「はっ」


 リオーネの声に、膝を着き二人は返事をする。


「クラリッサは王都へ使い魔を放て。ムニリアはこの街の戦力を使い応戦する準備を、ただし街の者へ強制はするな。最悪の場合は私も出る」

「しかしそれでは……一成が目覚めた時に」

「ムニリア、私も一成の傍にいたいが、状況がそれを許してはくれない。私は魔王として民を守らなければいけないのだから」

「申し訳ございません」


 ムニリアは頭を下げると、飛び出すように部屋を出ていく。続けるように、クラリッサもリオーネに一礼するとムニリアに続いた。

 ふう、と魔王は大きく息を吐く。

 大変なことになってしまった。理由はわからないが、まさかこんな早くにサンディアル王国が兵を送ってくるとは思っていなかったからだ。

 再び戦争になるのか?

 サンディアル王国も疲弊しているはずだ。勇者という存在はもういない、ゆえに飛びぬけた戦力はいないはずだ。しかし、サンディアル王国は連合諸国の一国である。他の国からの応援も受けることは可能なのだ。

 それに対して、帝国は応援を受けることはできない。

 秘密裏に協力してくれる国はあるものの、それでも微々たるものだ。

 なによりも、リオーネはこれ以上民を戦争で傷つけたくないと思っている。

 だから、なんとしても再び戦争を起こしてはいけない。

 しかし、リオーネの考えと自体は少し違っていた。

 それは、ニール率いる二〇〇名の兵士たちは、サンディアル王国の兵であることは変わりはないが、独断で動いている。そして、もういるはずのないと思われている勇者が同行しているということだった。

 もちろん、ニールが独断で兵を動かしているからとはいえ、ぶつかれば再戦の可能性が高くなることには違いない。

 小さな火種でも起こしたくないのが現状なのだ。


「リオーネ様!」


 部屋から出ていったはずのクラリッサが、これ以上もないくらいに慌てて飛び込んでくる。


「……何事だ?」

「それが……ドーズ殿率いる巡回部隊が壊滅しました」


 その報告に、リオーネの表情が驚愕に染まる。


「馬鹿な……あまりにも早過ぎる」

「それだけではりません。他の街から応援が出されましたが、その応援部隊五〇名もまた」

「おのれっ!」


 怒りに任せ、歯を食いしばる。

 動きが早過ぎる。

 このままでは、本当に戦争が再び起きてしまう。


「ムニリアが約一〇〇名を率いて応援に向かいました。それと……」

「どうした?」

「いえ、その、はっきりと真実かわからないのですが」


 クラリッサはいい辛そうに、一度だけ部屋にいながら会話に参加せず様子を見守っていたカーティアとキーアを見てから、


「どうやら狙いはカーティア殿たちのようです」

「なんだとっ!?」


 驚きの声を上げたのはカーティアだった。

 信じられないとばからに、顔は蒼白だ。

 キーアも同様、いやそれ以上に驚き、怯えている。


「では、私たちのせいで」

「違う!」


 カーティアの言葉を、リオーネが強い言葉で遮った。

 そして、はっきりと告げる。


「例え、サンディアル王国の目的が君たちであったとしても、決して君たちのせいではない」

「だがっ」

「サンディアル王国、いや連合諸国との戦争は休戦しているように見えるが、休戦協定も何も行われていない。連合諸国からすれば、帝国は敗戦国でしかないのかもしれない。だから、帝国が再び攻められることは想定内だ。ゆえに巡回部隊を強化していたのだが……まさかこうも突破されるとはな」


 後悔するような言葉だった。

 しかし、とクラリッサが問う。


「どうしてカーティア殿たちを狙うのでしょうか?」


 カーティアはもちろん、キーアもわからないと首を横に振るう。

 リオーネも同じく理由がわからなかった。


「あの……」


 恐る恐る手を挙げたのは、キーアだ。

 彼女は告げる。帝国へと向かう際に、アンナ・サンディアルの追っ手が何度も追い掛けてきたこと。そして、その追っ手が次第に手段を選ばなくなったことを。

 もしかしたら、追っ手から逃げ続けたせいでこうなってしまったのではないかと、キーアは怯える。


「いや、再度言うが、君たちのせいではない。しかし、聖女が絡んでいるとしたらやっかいだな……」

「やっかいとは?」

「彼女は聖女と称えられていると同時に、今では魔王を倒した勇者の仲間――つまり英雄的存在だ」


 実際には、倒されていないし、勇者もこちらにいるがな、とリオーネ。


「彼女の言葉には力がある。もともとが王女なのだから、武勲を立てた今、その力は兵だけではなく、民さえも動かすだろう」


 そうなれば、再び戦争が起きる可能性が高い。

 とはいえ、根本的な問題である、カーティアたちを狙う理由はわからない。


「口封じだろうか?」


 考えた末に、カーティアは口を開いた。その言葉に、キーアとクラリッサもハッとする。

 アンナは魔王を倒した――と思っている――が、同時に勇者を犠牲にしている。

 そのことを知られたくないゆえに、兵を動かしたのではないかとカーティアは思ったのだ。


「いや、それは違うだろう」


 しかし、リオーネはその意見に反対だった。


「もし口封じが必要であるならば、その場に居合わせなかった君はともかく、他の者はその場で口封じされていたはずだ」


 その言葉に、しん、と静まり返ってしまう。


「ええい、ここでこうして考えているだけではらちが明かない。ならば私が直接聞きに行く!」


 そう言い残して、カーティアは部屋から出て行ってしまう。


「お、おい、待つんだ! クラリッサ、彼女を止めてくれ」

「は、はい」


 クラリッサが慌ててカーティアを追いかけていく。


「まったく、彼女も行動力がある」


 どこか諦めたように、それでいて頼もしいような複雑な表情を浮かべるリオーネだった。


「あの」

「どうした?」


 残されたキーアが、若干怯えがこめられた声でリオーネに声を掛ける。


「私はこれからどうすればいいのでしょうか?」


 指示が欲しいというよりも、どうしていいのかわからない。彼女の言葉をそう受け取ったリオーネだが、どう返事をしたものかと迷う。

 そもそも、こうして一成の仲間と二人っきりになったことは初めてだ。彼女もそうだろう、その証拠に怯えているのだから。

 無理もないかと思いながらも、少し寂しく思える。いくら魔王とはいえ、むやみやたらに怯えられたりするのは好きではないのだから。

 リオーネは極力優しげにキーアに返事をする。


「君は一成に着いていてくれ。私たちは、傍にいたいが状況がそれを許してはくれない。だから君と、ストラトスに任せたい。いいかい?」

「……はい!」

「では頼む」


 頼られたのが嬉しかったのか、キーアは笑みを浮かべ一成が休んでいる部屋へと向かった。

 一人残されたリオーネも、部屋から出てカーティアたちの下へと向かう。


「龍神王と一成の問題もあるというのに、どうしてこうも悪いことが続くんだろうな」


 思わずそう呟かなければやっていられなかった。


「だが、私は諦めない。これからの大陸のためにも、いや私たちのために、この場を乗り切ってみせる!」


 一人、決意を込め、魔王リオーネ・シュメールは強い意志を宿らせた瞳を燃やした。






「大変だ、兄貴っ!」


 みんなを一成が起きたことを伝えにいくと言って出て行ったストラトスが、慌てるように部屋に戻ってきた。

 そんな彼に様子に少し驚いてしまう。


「お、おい、どうしたんだよ?」

「サンディアル王国の兵が……帝国へ来たんだ! しかも、狙いは俺とキーアとカーティア様なんだ!」

「マジかよ……」


 また戦争になるのか、と不安に駆られてしまう。


「リオーネたちは?」

「……魔王とカーティア様たちは、サンディアル王国兵のことで外へ」

「行動力あり過ぎだろう、ったく」


 しかし、それがリオーネやカーティアたちらしいと思えてしまう。

 一成は苦笑しつつ、体の痛みを無視して立ち上がるとベッドの傍らに置いてあった服に着替え始める。

 そんな一成を見て、ストラトスは驚き、まさかと思う。


「兄貴……まさかと思うけど、みんなの所へ行こうだなんて思ってないよね?」

「そのまさかだよ」

「無茶だ!」


 ストラトスは悲鳴のように大きな声を上げる。

 一成自身も無茶は重々承知している。それでも行かなければと思うのだ。いや違う。行かなければ行けないと感じるのだ。


「体の火傷は広がってるし、痛みだって尋常じゃないはずだろう? 兄貴は龍神と戦うんだろう? だったら必要以上に体力を使わないでくれよ、これじゃあ戦う前に死んじゃうじゃないか!」


 無茶をしないでくれ、と懇願するようにストラトスは叫ぶ。

 そんな彼に、一成は痛みを堪えて笑ってみせる。

 俺は平気だと。このくらいでは死んでやらないと。


「大丈夫だ。それに言っただろう。俺は俺らしく生きたい、後悔しないように生きたいんだ。今ここで死んだら後悔だらけになっちまう。だから絶対に死んでやらないよ」


 不敵な笑みを浮かべる。

 まだだ、まだこんな所で終わるわけにはいかない。

 自分のこれからはまだ始まったばかりなのだから。まだ、何もしていない、何も成し遂げていない。何も残せてはいない。


「だからこんな所で死ねるかよ」


 ジャケットに袖を通して、泣きそうな顔をしているストラトスの頭にポンと手をのせると、クシャクシャと髪を撫でる。

 弟を安心させるように、優しく、そして力強く。


「行こうぜ、ストラトス」






 同じ頃、地面に座り瞑想していた龍神が目を開いた。


「龍神王様?」


 シャオがどうしたのかと声を掛けるが、その声は届いていない。


「何が起きている?」


 龍神は立ち上がり、信じられないとばかりに震える声を出す。


「何故、戦神の力を持つ者がこの地にいるのだ……魔神から力を与えられたというのか。いや、違う。与えたのではない、この力は戦神の力そのものだ」


 シャオは困惑する。

 龍神の言っていることが何一つ理解できないからだ。

 だが、同時に、彼女にも感じていることがあった。それは、とてつもない力が、すぐ近くまでやって来ているということ。

 その力の強さは、龍神とまではいかないが、自分以上だと思える。

 そんな存在がいるとしたら――


「……ありえない」


 シャオは思いなおす。そんなことはないと。

 だが、それでも、強い力は近くにある。狙いは何だ?

 魔王か、真なる器か、それとも龍神か?

 考えを巡らせていく。


「シャオ」

「はい」

「余は用事ができた。一成と戦う約束をしているが、それにはまだ時間がある。ゆえに動く」

「では、私もご一緒に」

「……わかった」


 龍神は頷くと、シャオの手を握る。

 その瞬間、二人の姿は大地に消えた。






「ようやく見えてきましたね。あそこの街にストラトス・アディール、カーティア・ドレスデン、キーア・スリーズの三名がいます」


 馬に乗りながら、目の前の街を指差すのはニール。


「へえ、凄いね。居場所なんかもわかるんだ?」


 関心したようにニールを見る少年は、勇者である結城悟。

 二人と、彼らが率いる部隊は、リオーネたちのすぐ傍まできていた。


「でもよかったよ。いい加減、異種族を相手に無駄な戦闘をするのも飽きてたしさ。それに……」


 言葉を途中で切り、後ろを振り向く。


「続けての戦闘で兵も半分になっちゃったからね」

「ええ、まさかこれほど異種族が巡回部隊に力を入れているとは思いませんでした。余程帝国は人間が怖いのかと」


 軽口を叩き合う二人だが、二〇〇名いた兵も、ここまで来る間に行われた戦闘で半分となっていた。

 だが、二人はそのことに対して特に気にはしていない。

 強いて思うことがあるとすれば、これから行われるであろう戦闘で、有象無象の相手をするのに兵を当てたいと思っていたが、これではそれも難しくなっただろうとくらいだ。

 ニールはそれでも構わないと思っていた。

 勇者である悟はこれまでの戦闘で若干傷つき、魔術を消費しているが、それでもまだ戦いを行うには余裕がある。

そして何よりも自分がいる。ニールはほとんど消耗していなかった。

 戦闘を行い、戦闘に立ち敵を屠ってきたというのに、疲れどころから息さえ切れていない。

 それは異常だった。

 敵の返り血で白い鎧と制服は真っ赤に染まっているというのに、彼にはかすり傷一つついていない。

 獣人も、鬼も、精霊も、すべて一瞬で斬り捨ててきたのだ。


「それにしても僕はまだまだ力が足りないね」

「そうでしょうか? 悟様は十分にお強いかと思いますが」


 ニールは本心からそう思っている。

 勇者召喚され、この地にやって来てから数えるほどしか時は経っていないが、彼の力は素晴らしいものだ。

 前勇者である一成ももの凄い実力を持っていたが、魔術が使えないというハンデを持っていた。

 魔術が使えないことを問題視するつもりはニールにはない。ニール自身も魔術は使えないのだから。だが、しかし、それが勇者なら問題になるかもしれない。

 自実、魔術を使えない一成を勇者と認めるべきかという声はあった。だが、その声を抑えてしまうほどの実力を持っていたゆえに、彼は勇者として認められた。

 悟は逆だ。

 魔術の才能は豊富であり、魔術を覚えてからまだ日は浅く覚えるべき魔術は多々あるが、それでも覚えた魔術に応用を利かせ、自在に操っている。

 体術は苦手だが、それを補うほどの魔術を持っているのだ。

 前勇者とは真逆だった。

 そして、悟自身がそのことを自覚しているために、これからも強くなっていくだろうとニールは思っている。

 強くなりたい、褒められたい、認めてほしい、見てほしい。

 悟にはその欲求が強い。

 それを悪いとは思わない。誰もが思うことだから。

 何よりもその欲求こそが、彼の原動力なのだから。

 だから悟は強い。そしてこれからも強くなる。ニールはそう信じて疑わなかった。


「そうかな、でもニールさんの実力を見ちゃうと、自信がなくなるよ」

「そんなことはありませんよ。私には剣しかありませんので。それに比べて、悟様は魔術の才能に恵まれ、何よりもただ魔術を使うのではなく応用し、臨機応変に自在に扱う。確かにまだ発展途上ではありますが、戦えば同じ魔術師ではそうそう相手にならないと思います」

「本当?」

「ええ」


 ニールは相手が少女や女性であれば、心を奪われそうな優しげで魅力的な笑みを浮かべ返事をする。

 実力者に褒められた悟は気分をよくし、彼もまた笑みを浮かべた。


「さあ、早く三人を始末してアンナ様の下へと戻りましょう」

「そうだね。僕たちがアンナ様を守らなくちゃ!」


 二人はまだ知らない。

 目の前の街には、自分たちが目的とする人物だけがいるわけではないことを。

 魔王の側近であるクラリッサ、ムニリアという実力者がいること。

 そして何よりも、魔王リオーネ・シュメールと元勇者椎名一成がいることを知らなかった。






遅くなってしまいましたが、最新話を投稿させていただきました。

ご意見、ご感想、ご評価をいただければ大変嬉しいです! どうぞよろしくお願いします!

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