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26 「幼馴染みは夢を見る」




 夢を見ていた。

 とても不思議な夢だった。

 いなくなってしまった幼馴染みが、まったく別の世界で剣を振り回し戦っている。

 これは願望なのだろうか、と京子は思う。

 どこかで元気でやっている。そんな自分の想いから、こんな夢をみているのだろうかと。

 しかし、どこか夢の中の出来事がただの夢なのではなく、一成にとっての現実だと感じていた。

 理由はわからない。答えは見つからない。

 誰にも打ち明けていないし、今後そのつもりもない。

 元気ならいい。

 向こうの世界で無事ならそれでいいと思った。

 だけど、夢が進むたびに、京子の感情は大きく動いていく。

 彼と仲のいい女の子がいる。

 その人は、お姫様だったり、喧嘩ばかりしているがなんだかんだで認め合っている凛とした人だったり、見たこともない美しい女性だったりと、彼女の心にノイズを走らせた。

 夢は続く。

 一成は出会っていく。

 彼を慕う少年、少女。

 街や村で子供たちと遊んだり、大人たちと笑ったり。

 自分が知らない、いや――知ろうとしなかった一成ばかりだった。

 夢は続く。

 一成は戦っている。

 人であったり、人と似た種族であったり、時には怪物のようなものとまで。

 戦い、傷つき、傷つけてしまったことで心を痛めている姿を見て、どうして自分はただ夢を見ているだけなのだろうかと思ってしまう。

 私ならこうする。私ならこうしたい。

 そんな想いばかりが大きくなっていく。

 次第に眠るのが怖くなった。だが、睡眠時間は増えていく。

 怖い理由は、一成が誰かと結ばれてしまうのではないかという恐れから。それでも睡眠時間を増やすのは、夢の中だけでも一成を見ていたいから。


 そんな自分がどこか寂しかった。


 一成は、戦い続け、傷つきながら、傷つけていき、苦悩する。

 優しいから割り切ることはできない。

 だから私は彼が好きなのだ、と心から思う。

 だけど、やっぱり自分には何もしてあげることができない。

 夢の中で、見守っているだけ。

 悪いことが起きませんように、彼が無事でありますように。

 そう願いながら今日も夢を見続ける。


 そして――京子は絶叫と共に、夢から覚めた。

 はあはあ、と肩で息をする。

 体中が汗で濡れ、髪も額に張り付いていて気持ちが悪い。


「どうして……」


 気がつけば、涙と共に言葉が零れ落ちていた。


「どうして、裏切ったの?」


 京子は見てしまった。

 一成が最初からの仲間であり、一番信頼していた人。

 彼女が一成を敵ごと葬ってしまったのだ。


「どうして、そんな辛そうな顔をしてまで、そこまでする必要があったの?」


 彼女が魔術を使う瞬間、躊躇いのような、迷いがあるような、辛そうな顔をしたのを見ていた。

 そして、そのまま一成と敵を魔術の中に。

 理由がわからなかった。

 あれだけ彼を優しい笑みで見ていたのに、気がつけば彼を目で追っていたくせに。

 どうして?

 どうして?

 どうしてっ!?


「……許せない」


 自分自身でもゾッとするような声だった。

 こんな声が自分でも出せるのだと初めて知った。

 感情が上手くコントロールできない。

 持て余した感情が爆発しそうになったその時、彼は死んでいないと感じた。

 彼女は手に掛けたと言っていたが、結果を見ていないから。

 京子は父の飲んでいる睡眠薬を取りに部屋をでる。

 薬に頼って眠るのは初めてだ、怖いとも感じる。しかし、続きを見なくては。

 そんな想いから、錠剤を冷蔵庫で冷えたミネラルウォーターで流し込むとベッドに戻る。

 冷たい水を飲んだおかげか、少しだけ冷静になった。

 そして、そう時間が掛からずに不自然な眠気が京子を眠りへと誘う。

 夢は続く。

 京子は夢の続きを見て安堵する。

 思ったとおり、一成は生きていた。しかし、満身創痍だった。

 仲間に裏切られ、敵に助けられ、そして生きていてくれた。

 それだけでよかった。

 本当に生きていてくれてよかった。

 京子は心から神へと感謝する。

 一成は敵に保護され、傷を治していく。しかし、心の傷までは治らない。

 それでも立ち上がろうとして、悲しみを、絶望を乗り越えようとして、少しずつ少しずつ前へ進もうとする姿を京子は愛しく感じた。

 ああ、やっぱり私は彼が好きなんだ。

 何度も確認した気持ちを、再度確認することができた。

 夢は続く。

 彼の仲間が彼の生存を信じて集まってくる。

 本当に嬉しかった。

 彼に自然と笑顔が、力が戻っていく。

 しかし、彼にまた困難が訪れる。

 今度は少年の外見をした龍が、彼を破壊すると言う。

 どうしてその世界は理不尽なのかと嘆いた。

 しかし、嘆く京子と違い、一成はそれにすらも立ち向かう。

 体を焼かれながらも、自分のことだけを考えて動けばいいのに、仲間や相手のことまでを考えて一成は動く。

 少しだけ、嫌いなあの人のことを思い出した。

 そして夢から覚めてしまった。


「かっちゃんは、どうなっちゃうの?」


 不安で胸が張り裂けそうだった。

 薬に頼って眠ったせいか、頭が重い。

 夢の続きを見たい欲求はある、だが、学校へ行かないと家族が友人が心配してしまう。

 京子は今の学校が好きではない。

 自分やその友人たちは、一成の身を案じているが、他のクラスメイトや一成が変わってしまったきっかけを作った中学時代からのクラスメイトなどは、最初から彼をいないものとして、なかったことにして笑っている。

 それが許せない。


「私はこのままでいいの?」


 ふとそんなことを思った。

 ただ、夢を見続けて、夢の中でしか大切な幼馴染みに会えない現状でいいのだろうか?

 いいはずがない。

 ならどうすればいい?

 どうすれば――


「夢の世界へ行けるの?」


 一度考えてしまうと、もう止まらなかった。

 夢の世界へ行きたい。

 どうしても一成に会いたい。

 そんな想いが、ぐるぐると京子の中で暴れ回る。


――次の瞬間だった。


『その強い願い、叶えてやろうか?』


 京子の脳裏に、誰のものかわからない声が響いた。






「京子っ!」


 叫びと共に、一成は目を覚ました。

 体中が焼けるように痛む。

 普段なら生きている証拠だと笑うところなのだが、どうしようもない不安が彼を襲っていた。


「あ、兄貴?」


 驚いたような声がして、そちらを振り向くと、水の入った盆を持ったストラトスが目を大きく見開いていた。


「目を覚ましたんだね! よかった、本当によかったよ!」

「あ、ああ、心配掛けてごめんな」


 盆をテーブルに置いて、ベッドに駆け寄ってくる弟分の頭を撫でながら、一成は心のざわつきに戸惑っていた。

 この不安はなんだ?

 今まで見ていたのは夢?

 どうしてこんな不安に襲われる?


「兄貴?」


 どうかしたのかとストラトスが、心配そうな視線で訴えかけてくる。

 それになんでもないと笑ってみせる。

 二人でいる時は、年相応に戻るストラトスに余計な心配は掛けたくなかったから。


「汗が凄いよ、拭くから服脱いで」

「悪いな、面倒掛けて」

「別に面倒じゃないよ、ようやく兄貴と再会できたんだ。面倒どころか嬉しいに決まってるじゃん。それに」

「それに?」

「兄貴には面倒みてもらってばかりだったから、こういう場面で言うのは不謹慎だけど、少し役立てるのは嬉しいんだ」


 ストラトスは少しだけ照れたようにはにかみながら、水に濡らしたタオルを絞る。

 一成は痛みがあるものの、自分でシャツを脱ぎ上半身を露にする。


「やっぱり、酷いね」


 ストラトスは一成の上半身を見て、ポツリと呟いた。

 一成の上半身は、背中、肩、腕、胸と火傷のように傷ついている。

 炎に炙られたのではなく、龍神の神気によってこうなってしまったのだ。

 ストラトスだけではない。他の仲間たちも何度も一成の体を少しでも楽にしようと、汗を拭いたり着替えさせたりをしていた。

 その度に、この火傷の酷さと、それに耐えている一成を心配しているのだ。


「気にすんな。どうってことないさ」

「そんなこと言ったって……」

「いいか、ストラトス。俺は、傍から見れば無謀で馬鹿なことをこれからしようとしてる。神様と喧嘩だ。しかも命が掛かってる。だけど、喧嘩しなくても俺はきっと死んじまう。体って意味でもそうだけど、俺っていう存在が死んじまう」


 一成は涙を溜める弟分に、精一杯のやせ我慢をして思い切り笑ってみせた。


「俺は俺らしく生きたい。それができなくなったら死んだのと変わらない。一度失敗してるから、なおさらそう思うんだよ。だからさ、お前も、お前らしく精一杯生きろよ。絶対、後悔しないように、振り返ったときに笑っていられるように」

「……なんだよ、兄貴。まるで遺言みたいなこと言わないでくれよ」


 ポタポタとストラトスが涙を零す。

 彼の頭をくしゃりと撫でると、一成は続ける。


「遺言なんかじゃねえよ。俺が言いたいのは、この火傷だって俺が決めて行動した結果の一つだ。後悔はしてない。だから、お前が気にすることなんてないんだ」

「兄貴……」

「兄貴、か……俺って兄弟がいないから、そう呼んでくれるのは本当に嬉しいんだよな」


 できれば、兄貴ではなく、兄ちゃんと呼んでほしいと思っているのは内緒だ。

 ストラトスが冷たいタオルで体を冷やしてくれたおかげで、心なしか先ほどまでの不安も治まりつつある。

 だけど、不安が消えたわけではない。心の奥底で燻っている。

 幼馴染みのことを思わない日はなかった。しかし、このタイミングでまるで何かを暗示するかのように不安に思うことは一度もなかった。

 このことが何をどう意味しているのか、一成には知るすべはない。

 ただの偶然か、それとも――


「さてと、そろそろみんなに顔を見せにいこう。いつまでも心配させるのも悪いしな」

「本当だよ! じゃあ、俺、みんなに兄貴が目を覚ましたって伝えてくるね」

「ああ、俺も後から行くよ」


 部屋を飛び出していくストラトスを見送ると、一成は笑みを消す。


「京子は今、どうしてるのかな?」


 この世界にはいない幼馴染みを思って、一成は呟いたのだった。







遅くなりましたは、最新話を投稿させていただきました。

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