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25 「彼女たちは想う」




 サンディアル王国。自室にて、アンナ・サンディアルは侍女からの報告を聞いていた。


「……ニール様と勇者様が、たった二〇〇人の兵しか連れずに帝国へ向かったなんて」


 アンナは何も聞かされていなかったことに、驚きを隠せなかった。

 勇者として召喚した結城悟に用事があり、呼ぼうとしたところ、ニール・クリエフトと共に帝国へ向かったことを、今更ながらに知ったのだ。

 二人は、アンナにばれないように行動していた。

 しかし、わからないのが、どうして帝国へ行く必要があるのだろうか?

 その疑問を解消させるべく、ニールに与えられてある部屋を調べさせると、一通の手紙が出てきた。

 部屋に戻り、一人で手紙の封を開けると、ニールが、万が一、事が発覚してしまった時のことを考えて、事情を説明する内容が書いてあった。

 そして、手紙を読んだアンナは、二人の行動に怒りを覚えた。


「どうして、こんな勝手なことを。ストラトス君も、キーアちゃんも、カーティアも、時間が経てば私の元へと戻ってくるのに……」


 手紙には連れて帰ってくると書かれているが、続きを読むと、場合によっては始末するとも書かれている。

 そして実際に、ニールと悟であれば、その三人を相手にしても勝利を収めることはできるだろう。

 だが、そんなことをされる訳にはいかなかった。


「魔神よ! 魔神よ、答えてください!」


 アンナは姿鏡に駆け寄り、映し出された自身に叫ぶ。

 今まで魔神と対話をしたい時は、鏡を通じて会話をしていたから。


「私を貴方の力で帝国へと連れて行ってください。私は、私は仲間を失いたくないのです!」


 しかし、返事は返ってこない。

 鏡に映る自分に変化はなく、ただただ自身の姿を映しているだけ。

 アンナは叫んだ。


「どうして!」


 鏡を叩いても、何度叫んでも、結果は変わらなかった。


「どうして……」


 アンナは力なく、その場に膝をついてしまう。

 彼女には、いつも浮かべている聖女のような笑顔はない。そこにあるのは、聖女などではない、人の当たり前の表情だった。


「私と契約したじゃないですか。貴方の目的のために、私の目的のために、お互いに力を貸し合うと。私は貴方に体を貸し、貴方は私に力を貸す。そういう約束ではなかったのですか……」


 絶望するような声で、鏡に縋り付く。


「どうか、私の家族となるべき人を奪わせないでください!」


 アンナは涙を流しながら、鏡に映る自身に叫び続けた。






 リオーネ・シュメールは思う。

 どうしてこんなことになってしまったのか、と。

 龍神と別れ、街へ戻ってきてから、一成が倒れた。まるで体力を使い果たしてしまったかのように、糸の切れた人形のごとく倒れてしまった。

 無理もないと思う。

 なにせ、龍神がいる場所へ向かう時も、龍神と会話をしている時も、ずっと一成に彼女が肩を貸していたのだ。

 当初、一成は一人で行こうとしたのだが、神気に当てられた体は想像以上に彼の体を蝕んでいて、支えなしではまともに歩くことすらできなかった。

 時間が経つ度に、酷くなっていく。


「龍神王は一成を本当に殺してしまうつもりなのだろうか?」


 リオーネは幼少の頃から何度も龍神と会っている。

 思い出の中の彼は、外見が幼いせいか、神という印象をあまり受けなかった。彼自身が意識してそうしていたからかもしれない。

 優しく、色々な話をしてくれた。

 クラリッサと一緒に、龍神が来ると新しい話をしてとせがんだこともある。

 リオーネにとって、龍神もまた大切な人であるのだ。

 ゆえに、今の彼女の心労は計り知れない。

 大切な人と、自身がやっと見つけた共に歩もうと思えた人。その二人がこれから争うのだ。

 いや、争いにはならない。

 リオーネは最初からわかっていた。


「一成は龍神王には勝てない」


 一成の戦闘能力はリオーネと同じくらいか、もしくは下回るくらいだろう。

 魔王を名乗り、様々な種族の混血であるゆえに、異種族の中でも下地が強固であるリオーネですら、龍神に勝てるとは――いや、そもそも戦おうとすら思うことができない。

 相手は神なのだ。

 勝てるわけがない。

 何度もそう思った。

 その度に、どうして自分が最初に諦めてしまうのかと、情けなくなってしまう。

 一成が、当事者が諦めていないのだ。だと言うのに、自身が諦めてしまうのはおかしい。

 そう思いながら、気が付けばどこか諦めている自分がいる。その繰り返し。

 一成自身も、龍神に勝つことができるとは思っていない。それでも、生きるために、戦う。だから勝たなければ、勝とうと思って戦いに挑むのだ。

 本人は喧嘩と言っているが、始まるのは殺し合いだ。


「私だって、君に生きていてほしい。龍神王が君を手に掛けるところなど見たくはない」


 目の前には一成がベッドで息苦しそうに寝息を立てている。

 交代で看病をしているが、してやれることは少ない。


「ストラトス・アディールたちともっと早くに再会させてあげればよかったと、後悔しているよ」


 いくら魔王と呼ばれようとも、未来など予測はできない。

 だが、こんな未来が待っているのなら、もっと早くに仲間と再会させてあげるべきだった。

 事実、一成は自身で立ち上がり、前を向くことができた。

 ギンガムル、ムニリア、クラリッサ、街の子供たち、そしてリオーネ自身と接したことも関係しているが、それでも彼が彼自身の意思で立ち上がったことは確かだった。

 もっと信じていればよかった。

 もしかしたら、という感情に捕らわれ過ぎていたと今ならわかる。

 人間と異種族、この関係をなんとかするきっかけをつくりたかった。その為には、異種族である自分と、人間である対等な者がいて欲しかった。

 そして、一成と出会った。ゆえに、慎重になりすぎてしまった。臆病になってしまった。

 それが、リオーネ・シュメールの失敗。


「それでもね、私は君なら何とかなってしまうかもしれないという、身勝手な期待をしているんだよ」


 体に流れる巫女の血が、訴えてくる。

 一成の可能性を。

 何て身勝手なのだろう。

 龍神に勝てるわけがないと思っておきながら、それでも何とかなるなどいう根拠のない期待を持つなどと。

 リオーネはそんな自分に失望する。

 だが、同時に、巫女の血を信じたいとも思ってしまう。

 巫女の直感は、感情に支配されない。これは事実だ。だから、リオーネがどんなに諦めてしまっても、巫女の直感が少しでも可能性を感じるのなら、それを信じたい。


「情けないね。魔王などと呼ばれても、私にはできることなどほんとんどないんだ」


 彼女は一成の手を握ると、額を押し付けて願うように呟いた。


「どうか、死なないでくれ」






 カーティア・ドレスデンは濡れたタオルを絞り、一成の額へと乗せた。


「だいぶ、髪が伸びたな……」


 出会った頃は、今よりも短かった。

 一年も旅を続けていると、色々なことがあり、散髪をしている暇がなかった。


「こうして二人きりになれたというのに、お前はなにを眠りこけている?」


 どうか、目を覚ましてくれ。

 呟くように、カーティアは願う。


「ストラトスもキーアもお前のことを心配している。当たり前だな、二人は心からお前を兄のように慕っている。あの人嫌いのシェイナリウス様もレイン殿もお前のことを心から心配しているぞ」


 そこまで呟いて、彼女の瞳から一筋の涙が。


「もちろん、私もだ。私がお前にどんなに会いたかったと思う? 生きていると知って、どれだけ嬉しかったと思う?」


 続けて、涙が溢れてくる。


「一成、お前が死んだと聞かされた時、一度は私も命を絶とうとした。でも、生きていてくれた。それだけで嬉しかったんだ」


 思いとどまったのは、もしかすれば一成がまだ生きているかもという小さな願望があったから。

 そして、その願望が叶った。ストラトスたちによって、生きている可能性を信じて帝国まで来て、そして再会できたのだ。


「だというのにあんまりだとは思わないか? あと一日経てば、お前は龍神と戦うのだぞ。今もこうして苦しんでいる。変われるのなら、変わりたい」


 苦しそうな一成の表情を見つめ、カーティアは口を開く。


「カーティア・ドレスデンは椎名一成を愛している」


 言葉にしたことはなかった。

 ずっと遠慮していたから。彼の隣で笑うアンナ・サンディアルに。

 いつか元の世界へ帰っていくと思っていたから。

 カーティアは異世界人の一成と意見の衝突、実際に戦いもした。いつの間にか恋をしていたが、それがいつからだったのか、自分でもわからない。

 もしかしたら、最初から恋をしていたのかもしれない。


「もっと早くに言えばよかった。お前の意識がある時に、面と向かって想いを伝えたかった……」


 次に目を覚ました時に、思いを伝えることはできないだろう。

 神を相手に喧嘩をするという一成を、自分の想いで邪魔をしたくないから。


「私は信じているぞ。お前が、再び私たちのもとへ戻ってくることを。そして、その時に、私は誰にも遠慮はしない。お前にこの想いを必ず伝えてみせる」


 だから、


「何があっても、どんな形でもいいから、死なないでくれ」


 カーティアは、祈るように、願うように、目を瞑ると、そっと一成の頬に口付けをした。







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