24 「だから喧嘩をしよう」
「……まだ、一日しか経っていないというのに、余の前に姿を現した理由を聞こう」
龍神はリオーネの肩を借りて現れた一成に対し、背を向けたまま問いかけた。
「喧嘩を売りにきた」
「……なに?」
苦笑して、馬鹿みたいなことを言い放った一成に、思わず龍神は振り返ってしまった。
一成の隣ではリオーネが、なんとも言えない諦めたような表情でため息を吐いている。
「俺さ、死にたくないんだよ。でも、やっぱりアンタのことも恨みたくない、だから喧嘩しよう。命を掛けた大喧嘩を」
「貴様、ふざけているのか」
龍神よりも先に、傍に控えていたシャオが表情を変えないものの、低い声で静かに威嚇する。
「真なる器であったとしても、人間である貴様が龍神王様に勝てると思っているのか! いや、それ以前の問題だ、度をわきまえろ!」
「外野が邪魔するなよ、俺は龍神と喋ってんだよ」
「貴様……」
「よせ、シャオ」
珍しく感情的になったシャオを制止するように、龍神は声を掛ける。
「しかし」
「余は、よせ、と言っている」
「……わかりました」
納得できないが、引き下がるシャオ。
だが、シャオの心情もわからなくはない。
龍神といえば、彼女ら龍からしても神であり、親でもあるのだ。その龍神に対して喧嘩を売るなどという一成の行動は暴挙以外のなにものでもないからだ。
シャオが表情を変えずとも不満を全開しているのに苦笑しつつ、龍神は一成に問う。
「そなたは自分がなにを言っているのかわかっているのか?」
「もちろん」
「余にはわからない。そなたは余の神気に当てられて、今も苦しんでいるはずだ。それも、他者には想像を絶する痛みだ」
「今だって、メチャクチャ痛いぞ」
「ならば、残りの二日を大事にするべきだ。三日の猶予は、神気の侵食具合からみたそなたの限界なのだぞ?」
龍神の見立て通りなら、二日後には神気の侵食が進み、一成の心身に更なる苦痛が襲い掛かるだろう。
真なる器を破壊すると言ったところで、所詮は人の命を奪うことに変わりはない。
ならば、苦しむその前に、楽にしてやりたいと思ったのだ。
「俺は納得して死にたいって言ったよな。俺の納得っていうのは、何もかも理解したいわけじゃないんだ。ただ、俺自身が後悔しないようにしたい」
だけど、と一成は続ける。
「正直言うと、未練だらけなんだよ。ストラトス、カーティア、お師匠、キーア、レインと再会して、もっと生きていたいって思った。そうしたら欲が出てきた。リオーネと帝国で出会った人たちと、前を向いて進んでいきたい。俺を裏切った姫さんに、文句を言ってやりたい」
「そなた……」
「そしてなによりも、俺は元の世界に帰りたい」
それは嘘偽りのない本心だった。
元の世界に帰りたい。
心の奥底で燻っていた願いだった。数える程度しか口にしたことがなかったが、何度そう思ったことだろうか。
現状で帰ることができないことはわかっている。仕方がないとも思っている。だが、諦めてはいない。
諦めたくはなかった。
一度は絶望して、死んでしまいたくなったが、その時ですら死ねば地球に戻れると思ったほどだ。
「だからさ、俺は抵抗してやるよ。勝てるとか、勝てないじゃない。神様同士の昔話やルールも知ったことじゃない。俺は、俺だけの意思で、生きるために、アンタと喧嘩することにしたんだ」
その結果がどうあろうとも。
「……わかった」
「龍神王様っ!」
龍神は頷き了承するが、シャオとしては、その決断に待ったと言いたかった。
しかし、
「よい、シャオ。余たちが理不尽に命を奪おうとしていることはかわらない。ならば、椎名一成が余と戦うこと望むなら、答えるのもまた務め」
「……わかりました」
「そんなかたっくるしく思うことじゃないんだけどなぁ。いいじゃない、アンタはアンタの理由で、俺は俺の理由で、お互いに想いがあるから喧嘩する。それ以上も、それ以下でもないさ」
一成のそんな言葉に、何か思うことがあったのか、龍神は少しだけ呆けるように口を開けてから、笑みをつくる。
「そう、そうだな。余には余の、そなたにはそなたの想いがある。とても簡単だ」
「だろ?」
「うむ。しかし、想いがあるからこそ、余は譲れない」
「上等だよ。俺だって、本気で抵抗するさ」
「ならば、二日後にまた」
「じゃあ、二日後にまたな」
それ以上、会話はいらなかった。少なくとも、お互いに何か通じ合うものがあった。
互いに笑みを浮かべた後、一成は龍神に軽く手を振る。龍神は首を立てに振る。
一成に肩を貸していたリオーネは軽く頭を下げた。
二人は龍神とシャオに背を向けると、街へと戻っていった。
街へと戻りながら、一成はリオーネに小言を言われていた。
「まったく、君はもう少し言葉遣いをなんとかできないのかい? 龍神王はさておき、シャオと呼ばれていた龍の前ではもう少し言葉を慎むことを今後お勧めするよ」
まったく、と呟きながら、リオーネは続ける。
「いいかい、龍にとって、龍神は神であり、親でもある。人間だろうと、異種族だろうと、そんな龍神にあんな態度では喧嘩をするまえに、龍にどうにかされてしまうよ」
「気にしない、気にしない」
「そこは気にした方がいいと思うけれどね」
「だけどさ」
一成の呟きに、リオーネは足を止める。
「なんだい?」
「あのシャオって奴の態度が当たり前なら、ずっと龍神は一人ぼっちだったんじゃないかなって思ったんだよな」
「それは……」
リオーネは一成の言いたいことが、わかった気がした。
龍神は孤独ではない。龍に囲まれ、自身の国も持っている。
だが、心情はどうだろうか?
神として、親として、敬愛され、崇められている、龍神王。
親しい者はいるのか? 心を許せる相手はいるのか?
いや、いないだろう。
心はきっと孤独を感じているだろう。
「君は、龍神王と対等になろうとしているのか?」
「馬鹿言うなよ。俺があんな力を持つ神様と対等になれるかよ」
でも、
「力関係だけが対等じゃないだろう? 対等っていうよりも、会話する時やこれから喧嘩するぞって時くらいは、神様だとか人間だとか、そういうつまらない括りなんかを捨てて、龍神と椎名一成で接したかったんだよ」
きっと、龍神もそれを望んでいる。
一成はそう思った。理由はわからない、強いて言うのなら直感的にそう思ったのだ。
だから直感を信じて行動した。
龍神を神とは扱わず、同じ目線で会話をした。喧嘩を売った。
そして、龍神もそれに答えてくれた。
それだけで十分だった。
「言っておくけど、やるなら俺は勝ちに行くぜ。そうじゃなければ、喧嘩売りに行く理由がない」
「君は本当に……」
馬鹿だな。
リオーネは最後の台詞は口にせずに、微笑んだ。
それは彼女なりの褒め言葉だった。
「なんだよ?」
「いいや、なんでもない。さあ、戻ろう。仲間たちが待っている」
「ああ」
お久しぶりです。短いですが、更新させていただきました。
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