23 「生きていて欲しい」
この馬鹿は、今なんと言った?
カーティアは、先ほどまでの感情はどこへ行ってしまったのか、殴り倒したい衝動を必死に抑える。
「一成、お前にチャンスをやろう。今、なんと言ったかもう一度言ってみろ?」
怒りに震える声で、カーティアが問うと、さも不思議そうに一成は首をかしげる。
「ええと、龍神に喧嘩売ってこようかな……って、思ったんですけ、ど?」
目に見えて表情に怒りが表れていくカーティアのせいで、一成はしり込みしてしまった。
次の瞬間。
「この、大馬鹿者がっ!」
「カーティア様、兄貴は怪我人、怪我人だから!」
「気持ちはわかるけど、やめて、やめて!」
頭に血が上ったカーティアが一成を殴ろうとして、ストラトスとキーアが抱きつく形で必死で止める。
一成は、言動こそ元気だが、立派な怪我人だ。神気で負った火傷は今もなお彼の体力を奪っている。
呆れたように息を吐くと、今度はリオーネが一成に問う。
「一成、カーティア・ドレスデンではないが、正直それはどうかと思う。喧嘩を売れば向こうも買うかもしれないが、喧嘩で終わらないぞ」
「ああ、でも生きることを諦めたくない」
一成もそこまで馬鹿ではない。
子供の喧嘩じゃないのだ。喧嘩として始めても、どちらかが死ぬまで続くだろう。
そして、一成自身、龍神に勝てるとは思っていない。
「なら、どうして?」
「俺はさ、ストラトス、カーティア、キーア、お師匠、レインと再会できて、嬉しかった」
本当に、心からそう思った。
意識を失っていなければ、涙を流していただろう。それほど嬉しかったのだ。
「だからさ、抵抗してやろうと思う。力関係をみれば、俺が龍神に勝てないのは誰だってわかる。それに、この体だ。正直、今だってキツい。だけど、もうそれしかないだろう?」
一成にそう言われて、その場にいる一同が反論できなかった。
龍神は真なる器である一成を破壊することを目的としている。
今回のように猶予をくれただけでも、ありがたいことなのだろう。だが、それでも、一成の命が数日延びただけ。
話し合いでの解決は無理だ。
ならば真正面からぶつかるしかない。その結果、命を落とすことになっても。
「真正面から喧嘩することでわかることってあると思うんだよ。まぁ、正直喧嘩になるかは別として、どうせやられるなら納得してじゃなくて、満足して死にたい」
一成はそう言って笑った。
「それに大馬鹿者はお前だ、カーティア。いいか、俺のために命を捨てようなんて絶対にするなよ。俺はさ、お前らが生きていてくれれば、それだけで嬉しいんだよ」
「それは私も同じだ。私は、お前が生きていてくれれば、それだけで嬉しいんだ! 器など知るか、神の都合など知るか! ただ、お前に生きていて欲しいんだ!」
カーティアの台詞に、ストラトスが続ける。
「俺だって同じだよ、兄貴。兄貴に死んでほしくない。生きていて欲しい」
続いてキーアが、
「私も同じ。もっと、もっと一緒にいたい」
シェイナリウスとレインも続く。
「私も同じだ。今回はしっかりと口に出して、行動もして関わろう。前は中途半端だったゆえに後悔が大きかった。またあの気持ちを味わいたくはない」
「私も同じですよ。貴方が私たちを大事に想ってくれているように、私たちも貴方を大事に想っているんです」
そして、リオーネも。
「一成。私も君に生きていて欲しい。心からそう想うよ」
ムニリア、クラリッサも一成に向けて気持ちを伝える。
「私は君を友人のように思っている。友人に生きていて欲しいと想うのは当たり前だろう」
「龍神王様にも立場があるとは思いますが、それでも私も一成様に生きていて欲しいです」
みんなに気持ちを伝えられて、生きていて欲しいと言ってくれて、一成は心の底から嬉しかった。
涙が出そうになるのを必死に堪える。
「じゃあ、何とかして喧嘩に勝たないとな」
そう言って、みんなに笑顔を向けたのだった。
同じころ、サンディアル王国領土と帝国領土の国境にて、サンディアル王国の兵士二〇〇名が確認された。
帝国領土の巡回をしていた獣人たちが、武装した兵を発見し、急いで帝都と近隣の村や町に使いを出す。
「待て、サンディアル王国の兵よ! こちらは帝国陸軍に所属する巡回部隊だ、どのような用事で帝国領土へと足を踏み入れる?」
獅子族の獣人が、威嚇するように吼える。
だが、兵士たちを率いていた、金髪の青年は、獣人の咆哮に臆することなく、涼しげな顔だ。
「失礼。私はサンディアル王国で聖女アンナ・サンディアル様の近衛部隊を率いているニール・クリエフトと申します」
「我は獅子族のドーズ。帝国陸軍巡回部隊の部隊長の一人だ。それで、聖女殿の近衛隊長殿がどのような用件だ。見れば、聖女殿はおられないようだが……」
ドーズと他数名の獣人が、唸り声を上げて警戒する。
数では圧倒的に負けているが、獣人が本気を出せば人間二〇〇人は難しくとも、それなりの被害を与えることはできる。
「おっと、誤解しないで頂きたい。私たちは、帝国と事を構えるつもりは現状ではありません」
「ならば目的を!」
「人間が三名、帝国にいらっしゃいますね?」
「知っていると思うが、帝国にも人間は多く暮らしている」
「はい、知っています。ですが、そのような意味で言ったわけではありません。私が言う三人とは、ストラトス・アディール、キーア・スリーズ、カーティア・ドレスデン。こちらの三名を引き渡して頂きたいのです」
ドーズは三人のことを知っていた。
正確にいるならば、帝国軍では、元勇者である椎名一成を保護していること、そして彼の仲間である人間が帝国で暮らしていることも伝えられている。
そのことに関しては、複雑なのが現状だ。
心情的には、異世界から召喚され道具として扱われた一成に同情の声は大きい、だが敵対していたのも事実。いくら彼らによる被害が大きくなかったとはいえ、そう簡単に折り合いがつけられるものではない。
だが、それでも、一成が黒狼から子供たちを助けたことも伝わっていて、帝国では様子を見ようという意見が多かった。
それゆえに、彼を追いかけてきた人間の仲間も立派な客人である。
「我にはその権限がない。上官へ伝えるので、どうかこれ以上帝国領土を進むのを待って欲しい」
それがドーズにできる最大の譲歩であった。
しかし、
「それは困ります。私たちは二〇〇人という少ない人数でやってきました。それは大部隊では時間をとられてしまうからです。つまり、時間がないのです。申し訳ありませんが、このまま進行させて頂きます」
そう言って、ニールは馬を進める。
「待て!」
「いいえ、待ちません。同盟国ならいざ知らず、サンディアル王国と帝国は敵対している国です。言い方が悪いですが、私が貴方の言うことを聞く必要はない」
「それは、宣戦布告と受け取っていいのだろうな?」
グルル、と唸るドーズにニールは笑みで答えた。
「はい、そう受け取ってください」
その時、ニールの横に馬を付けていた小柄で眼鏡を掛けた少年が、痺れを切らしたように言う。
「ねえ、もういいじゃん。グズグズしてないで、さっさと行こうよ! 僕らには時間がないんだからさ」
「そうですね、勇者様」
ニールの言葉に、ドーズの動きが止まった。
「今、なんと言った……勇者、だと?」
「うん、僕は勇者さ。死んじゃった前の勇者よりも優秀な勇者だよ」
こんな子供がと、思った。
だが、それでも勇者と名乗り、帝国領土へ許可もなく立ち入るのならば捨て置けない。
ドーズと部下の獣人たちは、それぞれに獲物を構え、敵対の意思を込めて唸る。
「通りたければ、我らを倒してから行け!」
「じゃあ、そうするよ」
勇者は子供らしい、それでいて嗜虐めいた笑みを浮かべる。
「行くぞ!」
ドーズは部下と共に、勇者たちに襲い掛かる。
二〇〇人相手に勝てないだろう。だが、送り出した使いがその役を果たすまでの時間を稼ぐつもりだった。
しかし、ドーズは信じられない光景を目にした。
「……なっ!?」
それは本来ならありえないことだった。
人間の数倍の身体能力を持つ獣人が、例え鎧と武器を装備しているとはいえ、襲い掛かったのだ。人間にとって、追いつける速さではない。
だというのに、ニールに向かった部下が、唐竹割りに切り裂か、横一文字に上半身と下半身を分割された。
どしゃり、と音を立てて、内臓と血を地面にぶちまける。二名の部下が一瞬で死んでしまった。
ニールの放った剣筋がドーズには見えなかった。
そして、さらに信じられないことが続く。
勇者と名乗った少年から放たれた魔術が、部下を切り裂き、バラバラにしてしまう。
あっという間の出来事だった。
部下を失った、ドーズは言葉が出ない。
「あれ、獣人ってこんなに弱いの?」
「いいえ、勇者様がお強いのですよ」
そんなことを言って、二人は笑う。
それを許せるわけがなかった。
「うぉおおおおおおおおっ!」
咆哮し、全力で地面を蹴る。
「うわっ、速い!」
勇者の放った風の魔術で左腕が飛ぶが、武器は右腕に持っている。問題はない。
ドーズはニールの乗っている馬を殺し、馬から飛んだニール目掛けてさらに襲い掛かる、が――獣人である彼にも見えない剣筋で武器が破壊された。
「だが、まだ我には獅子の爪があるっ!」
鋭い爪をニールに突き立てようと、腕を槍のように放つ。
しかし、やはり届かなかった。
腕は切り飛ばされ、首を跳ねられた。
噴水のように血が噴出し、ニールの白い鎧を真っ赤に染める。
ドーズは信じられなかった。首を跳ねられた瞬間、まるで赤子の手をひねるかのように簡単にあしらわれたことが本当に理解できなかった。
そして、何も理解できないまま、絶命する。
「人間など比べ物にならない身体能力を持つ獣人が、これほど簡単に倒せるとは……この力は実に素晴らしい」
誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いたニール・クリエフトの瞳は灰色に染まっていた。
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