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22 「龍神の制約」





 リオーネたちが一成を運んでいった後、龍神とシャオはその場に残っていた。

 少なくとも龍神はその場を動くつもりはないようだ。

 ならばシャオもそれに従うだけ。だが、彼女は聞いておきたかった。


「なぜ、猶予を与えたのですか?」


 とある事情からリオーネたちとは本気で戦うことができない龍神の代わりに、シャオがいるのだ。

 あの場で、一成以外をシャオが蹴散らすことはできた。

 だが、その指示がなかったからしなかっただけだった。

 シャオにはそれが不思議だった。


「余は、旧き友を椎名一成から思い出した。心の奥底にしまいこんだ、思い出が、彼を見ていると思い出してしまう」

「それが理由ですか?」

「それもあるが……余のことを最後まで恨まないと言った、あの者に、仲間との別れの時間を与えたかった」


 それは今まで、龍神がしたことのないことであった。

 だからこそ、シャオは不思議に思ったのだ。

 龍神王といえば、神々の暴挙を防ぐために、心を殺し、それでも役目を務めようとする方であった。だと言うのに、今回だけは違ったから。


「余は、かつて旧き友を救えなかった。だが、その友の半身たる存在は、仲間に裏切られても、絶望しても、旧き友のようになっていない。それに興味を覚えてしまった。そして、彼なら旧き友を救ってくれるかもしれないと、一瞬だけ期待してしまった。それゆえに、破壊を躊躇ってしまったのだ」


 その結果として、仲間との再会を許してしまった。

 そして、旧き友と似ていながらも、どこか違う一成に、なんとも説明ができない感情を覚えてしまったのだ。


「余自身が心を整理する時間が欲しかった、というのもある。一度躊躇ってしまえば、どうしても手心を加えてしまう。だからこそ、三日の猶予だ。三日で余も旧き友のことを忘れ、役目を全うしよう」

「……はい」


 シャオは龍神にどう声を掛けるべきなのか、わからなかった。

 龍神と、真なる器――椎名一成を求めている魔神が、自分が生まれるはるか昔に友であったことは知っている。

 そして、魔神が裏切られ、絶望してしまったことも。

 だから、魔神の真なる器である一成と会ったことで、思うことがあったのかもしれない。

 だが、シャオにはそれがわからない。

 シャオ自身、龍の中では幼く、力はあるものの、感情が豊かとはいえない。

 それゆえに、同族から心配されることが多かった。


「余はいったい、何がしたかったんだろうかと思うことがある」

「龍神王様?」

「神々の暴挙を止めるという、役目を仰せつかった時は贖罪の気持ちが強かった。だが、今では心は疲れ、眷族も付いていくことができないと離反者もいる」


 シャオは軽く目を見開いて驚く。

 龍神王が、自身の気持ちを吐露することなど滅多にないからだ。

 それも、幼い自分になど、信じられなかった。


「彼は仲間と会った時、自分は幸せだったと言っていた。旧き友は、余と友でいたことを幸せと思ってくれていただろうか?」


 もう、何度も敵対している魔神を思い出して、龍神は言葉を噤む。


「少なくとも、余はあの時までは幸せだった」


 龍神は、心の奥底の記憶を思い出す。


「余は旧き友を止めることができなかった。そして今も止めることができない。それが不甲斐なく、悲しい」

「龍神王様……」


 龍神はシャオを見つめ、優しく微笑む。


「シャオよ、そなたはまだまだ若い。これから色々な者と出会うだろう。楽しいこともあれば、辛いこともたくさん生きていればある。だが、それでも、後悔だけはしないように生きるのだ。決して、余のようにはなってしまうのではないぞ」






 一成が意識を失ってから、一日が経った。

 一成はストラトスたちが生活をしていた家の一室で寝かされている。

 神気で焼かれた火傷はいまだ広がっていて、一成の体力を奪いつつある。

 意識がないからよいが、意識が戻れば激痛が待っているだろうと、彼を診たクラリッサは言う。


「魔力のほうは回復しつつあるので、そろそろ目を覚ましてもおかしくありません。体力も奪われてはいますが、現状では命に関わるほどではないですので」


 しかし、と続ける。


「この状態が、数日続けば最終的に命に関わります」


 別の部屋に集まって説明を受けたリオーネたちは、その言葉に思わず息を呑んだ。

 それでなくても二日後には龍神が動くであろうというのに、仮にそれを何とかできたとしても、次に待っているのがそれとは、神の力の恐ろしさを知るのには十分過ぎた。


「なんとかならないんっすか?」


 声を上げたのはストラトスだった。


「やっと会えたのに、死ぬ可能性が高いだなんて……」

「……ストラトス」


 涙を浮かべるストラトスに、同じく涙を浮かべているキーアがそっと彼の手を握る。


「昨日、事情を説明してもらったが、本当に一成が魔神の真なる器で間違いはないのか?」


 そう尋ねたのは、カーティア。

 彼女に対して、リオーネは頷き肯定する。


「それだけは間違いないだろう。龍神王にはそれがわかるのだ。そして何よりも、龍神王には制約があり、器である者以外を殺すことはできないという枷がある」


 そのセリフに、ムニリア、クラリッサ以外が驚きの表情を浮かべる。


「龍神はかつて神々が地上で暴挙を起こさないように、器である人間を破壊する役目を負っている。だが、龍神も神だ。それゆえに、彼にも制約が掛けられた。それが、器である者以外を殺せば、自身も死ぬということだ」


 だが、とリオーネは続ける。


「仮に器以外を殺してしまった場合、龍神は一度死ぬが、その後、時間を経て蘇る」

「なんだよ、それ……結局死なないのかよ。それじゃあ、枷にならないじゃねえか……」


 ストラトスは理不尽だと言う。

 だが、確かに理不尽ではあるが、それだけではないのだと、リオーネは説明する。


「だが、その場合は年単位で蘇ることはできず、その間に神々が何か起しても対処ができない。だから眷属である龍がいるのだが……。しかし、考えてみてくれ、龍神王は何度でも蘇る。それはつまり、死ねないのだ」


 どんなに絶望しても、どれだけ生に疲れても、決して終わりがないのだ。

 それがどんなに辛いことなのか、私にはわからないとリオーネは言う。


「現に、今龍神王が幼い外見でいるのは、以前に器を破壊するために、器以外の人間を巻き込んだためだ」


 だからどうしたと言ってしまえばそれまでだ。

 だが、リオーネは知っている。

 龍神が命を奪っておきながら、自身は蘇ってしまうことで、心に大きな傷を負っていることを。

 まるで呪のようだと、初めてそのことを知った時にリオーネは思った。


「割り込んで申し訳ありません。とりあえず、二日後にどう龍神王様から一成を守るかを考えましょう。それが最優先事項ではないかと」


 ムニリアがそう話を遮った。

 ムニリア自身も龍神の事情はリオーネほどではないが知っている。

 だが、それでも、二日後に龍神は役目を果たそうと、一成を、真なる器を破壊しようとするだろう。

 ならば、自分たちはどうするべきなのか。

 それが今、一番考えるべきことなのだ。


「そんなこと、決まっている」


 そう、冷たい声で答えたのはカーティアだった。


「龍神が器以外を殺せないのなら、一成を殺す前に、器でない者をころさせればいいだろう。それが私でも構わない」

「カーティア!」


 シェイナリウスが声を張り上げる。


「シェイナリウス様、私は二度と一成を失いたくはないのです。一度、失ったと思った。そして、諦めてしまった。だけど、一成は生きていた。それがどんなに嬉しかったかわかりますか?」


 カーティアは涙を流して続ける。


「だと言うのに、魔神の真なる器という理由で殺されてしまう? そんなこと、許せるはずがない。ならば、私が盾となってでも、一成を守る!」


 彼女の気迫に、誰もが何も言わなかった。

 そんなことをしても、一成は喜ばない。それどころか、自身を責めるだろう。

 この場にいる誰もがそう思う。

 カーティア自身もそう思っている。

 それでも、生きていて欲しいのだ。


「そいつは、ゴメンだ」


 え、と誰かが声を上げた。

 そして、声の方を振り向くと、部屋の扉を開けて一成が体を引きずって入ってくる。

 慌ててムニリアが肩を貸す。

 ムニリアに礼を言ってから、一成はカーティアと視線を合わせて言う。


「やめてくれ。俺は誰かを犠牲にして生きていたいとは思わない。それがお前らならなお更だ」

「しかしっ!」

「しかし、じゃねえよ。そんなことされても嬉しくねえし、ありがたくもない」

「ならば、どうすると言うんだ!」


 カーティアの叫びに、一成は笑った。

 こんな状況で不敵に笑ってみせた。


「龍神と俺が喧嘩する」

「え?」


 何を言ったのか、その場の誰もがわからなかった。


「実を言うと、俺が死ななきゃいけない理由がちゃんとあるなら、死んでもいいと思ってた」

「兄貴っ!」

「待てよ、最後まで聞いてくれ、ストラトス。だけどな、ストラトス、キーア、カーティア、お師匠、レインと再会して、死にたくねえって思ったんだ。再会できてよかったって。そしたら、もっと話したいし、もっともっとって欲が出てきて、生きたいと思った」


 だから、


「龍神と喧嘩する。真正面から、生きるために抵抗することにした」


 自分がどれだけ馬鹿なことを言っているのか、一成にもわかっている。

 それでも、そうしたいと思っていた。

 その結果、自身が死ぬことになっても。


「無謀だってことはわかる。体に触れられていないのに、神気だけでこのザマだ。勝負になるのかも怪しい。だけど、俺は生きるってことを諦めたくないんだ」


 だから、喧嘩させてくれ。

 そう言って、頭を下げた。

 誰も一成に反対できなかった。反対したかったが、しなかった。

 もう、彼の中で決まっているとわかっていたから。

 同時に、彼に何かあれば、例え恨まれても割って入ろうとその場にいる者たちが想っていたから。


「じゃあ、とりあえず俺は龍神に今から喧嘩売ってくるから」


 一成は、笑顔を浮かべて、そんなことを言った。


「へ?」






また若干短いですが、最新話投稿しました。

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