21 「再会2」
時間は少し、遡る。
その強大な力に気が付いたのは、一成と再会できると喜んでいたストラトスたちだった。
今まで感じたこともない力は、一成はもちろん魔王も凌駕している。
ストラトスとシェイナリウス、偶然にも家の外で時間を潰していた二人はお互いの顔を見合わせる。
「な、何っすか、これ……」
思わず呟くストラトスに、エルフであり魔術の使い手でもあるシェイナリウスが冷や汗を浮かべる。
「……どうしてだっ! なぜ、あんな力の近くに一成がいる!」
「え?」
――何を言っていんだ?
ストラトスはそう思った。
瞬間、まさか、とサッと血の気が引いていく。
「兄貴が、こんな化け物みたいな力を持ってる奴と一緒にいるってことっすか?」
それはどういう意味なのだろう。
一成と力の持ち主が、共に戦っているのか? いや、違う。それならばシェイナリスが一成の力を感じないわけがないし、冷や汗を浮かべたりもしないだろう。
とうことは、
「まさか、兄貴が戦ってる?」
一体、どれだけ無謀なことをしているのだと思った。
ストラトスはかつて魔王リオーネと一成が対峙した時、心底リオーネの力が怖いと思った。これが、帝国の頂点に立つ者の力なのかと。
だが、それを上回る力の持ち主が、近い場所にいるのだ。しかも、再会するはずの一成と一緒にいるのだ。
訳がわからない。ストラトスは混乱していた。
そして、気がつけば、何も考えもしないで駆け出していた。
馬鹿みたいな力の方へ、兄貴に会いたいと、ただ我武者羅に。
「馬鹿者がっ! 戻れ、ストラトス!」
シェイナリウスの声を無視して、ストラトスは走った。
走り続けた。
「似なくていい所ばかり、一成に似おって!」
シェイナリウスは、カーティア、レイン、キーアの名前を叫ぶようにして呼ぶ。
同時に、家から三人が飛び出してきた。
彼女たちも、この規格外の力に驚いていたのだ。
そして、それぞれ剣を、杖を、弓を持ち、ストラトス同様に力の発信源へと向かおうと思っていた。
力の近くに一成がいたことを、シェイナリウスが気づいたように、同じエルフであるレインも気づいたのだ。
「説明はいらない、と言うわけか」
呆れたようにシェイナリウスはため息を吐く。
そして、四人は顔を見合わせてから頷くと、ストラトスを追いかけて駆け出したのだった。
飛ぶように魔王城から飛び出した魔王リオーネに、ムニリア、クラリッサが続くように走っている。
一成が飛び出してから、シャオを問い詰めたせいで時間差ができてしまったことに唇を噛み締めながら、それでも一秒でも早くたどり着きたいと三人は地面を蹴った。
龍神は一成を追っている。
もうすでに一成が龍神と対峙していることは、リオーネにはわかっていた。
それは龍神の移動方法が規格外だからだ。
龍神がリオーネの家に突然現れたように、瞬間――とまではいかないが、ほとんどそれに近い感覚で大陸中を移動できるのだ。
どうしてそんなことができるのか、それは知らないが、以前聞いた話では、大陸にも魔力は血管のように通っていて、その魔力の血管に溶け込むことで移動するのだと。
当時、子供だったリオーネはずるいと思ったが、まさかこの状況でまた同じ思いをするとは思わなかった。
「一成と龍神王が動きを止めた。街からだいぶ離れた場所だ……不幸なことに、一成の仲間が暮らしている町から遠くない」
「それは……」
リオーネの言いたいことがわかったクラリッサが、思わず息を呑む。
向こうも気づいているだろう、と。
あのシェイナリスとレインが気づかないわけがない。
きっと一成の仲間たちも来るだろう。
それは断言できる。帝国まで、一成が生きていると信じてやって来た彼らが、現在の状況に気づいて動かないわけがない。
「どうして、どうしてこんなことになる! 一成は落ち着いて仲間に会うことすらできないのかっ!」
リオーネの叫びは、理不尽にさらされた一成への悲しみと、怒りだった。
そして何よりも、力になれていない自分への怒りだった。
「リオーネ様っ! 攻撃がきます!」
街を飛び出した瞬間、後方を気に掛けていたムニリアが声を張り上げる。
同時に、三人の視界が真っ白に染まり、痛みすら感じる冷気が襲い掛かってくる。
「これは……龍神王の連れていた少女の力か?」
三人は足を止めて、後方を向き治り、ムニリアは剣を、クラリッサは戦斧を構え、リオーネは紅の炎を放った。
炎と冷気がぶつかり、爆発的な水蒸気が発生し、今度は熱が襲い掛かってくる。
「まずいな、本気でやったのだが……」
リオーネが呟くと、蒸気の中から無表情の少女が一人歩いてくる。
白い衣装に身を包み、髪と眉、肌も白い少女が近づいてくる。
彼女は紅を刺した小さな唇で、感情が込められていないような冷たい言葉を吐く。
「龍神王様の邪魔をすることは許さない」
「街を出るまで攻撃をしなかったことに礼を言うべきかな?」
「その必要はない。単純に、私の攻撃は開けた場所のほうが使い勝手がいいだけだ」
「なるほど」
肩をすくめるリオーネだが、正直街中で攻撃されずによかったと心底思う。
龍神王が連れてきた少女がもちろん龍であることはわかっていた。
龍が街中で戦闘を行えば、よくても街は破壊されるだろう。
それが龍だ。
「……龍神王が君を連れてきた理由は、私たちの足止めだね」
「そう、龍神王様は貴方たちを相手にすることはできない」
「だろうね」
リオーネとシャオのやりとりに、ムニリアは困惑したが、クラリッサは心当たりがあるのか納得していた。
「リオーネ様、ここは私たちに任せて一成様の下へ行ってください」
「龍神王が私たちと戦えない理由は知りませんが、それが本当なら好都合です。お行きください」
二人の提案にリオーネは頷き、一成の下へと向かおうとする、が、
「簡単にいかせるわけにはいかない」
その台詞と共に、シャオから莫大な魔力が吹き荒れる。そして、地面から巨大な氷柱が突き出て四人を囲んだ。
「氷を司る龍……また面倒な」
ムニリアが思わず舌打ちをする。
一成の近くまで来ているというのに、この様な形で邪魔されるとは。三人バラけて移動するべきだったと後悔してしまう。
だが、後悔は後でもできる。
ならば、今はするべきことをしよう。
「リオーネ様、ここは私一人で対応しましょう。勝てなくても足止めくらいはできるでしょう」
「ムニリア!」
「クラッリサ、君はリオーネ様の道を開いてくれ」
「ムニリア、貴方……」
リオーネはムニリアの暴挙とも取れる行動に声を荒げ、クラリッサは彼の覚悟に驚きを隠せなかった。
「私はこれでも一成を気にいっています。早く行ってください」
「だがっ!」
リオーネは葛藤する。
一成を助けに行きたいという気持ちは強い。だが、それに大事な仲間を犠牲にしろというのか。
リオーネだけではない、クラリッサもムニリアもわかっている。
目の前の龍の実力は、一人でなんとかなるものではないと。
リオーネならまだ五分かもしれない。だが、クラリッサとムニリアになると、勝てる見込みはほとんどないに等しいのだ。
痛いほど口を噛み締めた、その瞬間。
焼け付くような光が、四人を覆う氷柱を破壊した。
「これは……」
そのあまりにもの光景に、驚きが隠せない。
「龍神王様の神気だ。真なる器が至近距離でこの神気を浴びたのなら、もう貴方たちを止める必要はなくなったな」
シャオの台詞を聞いたと同時に、三人は駆け出した。
今度はシャオも攻撃をしない。
リオーネにもその理由はわかる。
あれだけの力を近くで浴びれば、人間である一成にとっては毒でしかない。
いや、異種族にとっても変わらない脅威だ。
「死なないでくれ、一成!」
可能性が少ないとわかっていながらも、願わずにはいられなかった。
そして時間は現在に至る。
「兄貴!」
「一成!」
意識を失った一成に、ストラトスたちが叫ぶ。
リオーネは背を向けた龍神から意識を放さずに、後ろを振り向く。
一成はまだ生きていた。
そのことにホッとしながら、よくもあれだけの神気を浴びながら生きていると思う。
目の前にいるシャオも、一成が生きていることに疑問を持っているように感じことができる。
どうして無事なのか、そう思って答えを見つける。
器だ。真なる器という存在が、一成に影響を与えているのだと。そして、それゆえに、龍神の神気を近距離で浴びて、命を奪われなかったのだと。
しかし、それでも重症だ。腕や顔に酷い火傷を負っている。そして、それ以上に体力的にも削られてしまっている。
どんなやりとりが二人の間にあったのかは、誰にもわからない。
だが、少なからず、今この瞬間に龍神が一成の命を奪おうとはしないであろうことはわかる。
そうでなければ、龍神が対象から背を向けたりはしない。
「龍神王殿!」
リオーネの声に、龍神はゆっくりと振り返る。
「今日を入れて三日、三日時間を与えよう。だが、三日後には真なる器として破壊する。今の内に別れを済ませておくとよい」
リオーネをまっすぐ見つめ、龍神は続ける。
「時間は与えるが、余はすべきことを行う。それだけだ。その結果、そなたからどう思われる結果となっても、それだけは変わらん」
「龍神王殿……」
「余はここで三日待とう。その間は自由にするがよい」
龍神はそれだけ言うと、再度背を向けて、その場に腰を下ろした。
リオーネは声を掛けようとして、できなかった。
どうしてだか、その背中が寂しく見えたから。それでいて、関わるなという意思が伝わってきたから。
「とにかく、一成を近くの町へ運ぼう!」
三日間、龍神から与えられた猶予はたったそれだけ。
あまりにも短い猶予だと思わずにはいられなかった。
若干短いですが、最新話投稿しました。