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19 「それぞれの思惑」



 サンディアル王国、城内の一室。

 太陽の光を遮るように、カーテンをすべて閉め暗闇に包まれたその部屋で、魔神はアンナ・サンディアルの体を使って笑みを浮かべていた。


「やはり動いたか、旧き友よ」


 懐かしさを感じさせる言葉だった。


「これで何度目となるのだろうな? 私とお前が敵対することになるのは……」


 魔神は思い出すように、しかし寂しげに続ける。


「かつて、お前は龍神として、私は戦神として共に戦い、互いに友と認め合った私たちがこうして敵対することになるとは、旧き時代には夢にも思っていなかったな」


 そこで一度言葉を止めると、何かを思うように目を瞑り、そして、


「何度経験しても、やはり、寂しく悲しいものだな……」


 笑みを浮かべようとして、結局できなかった。

 魔神は龍神を思い出しながら、独り言を続ける。まるで誰かに聞かせるかのように。


「誰よりも優しく、それゆえに心を殺してしまったお前のことも不憫に思う。だが、それもすべてアンテサルラのせい……かつてあれだけ愛していた太陽も月も、今では憎むべき対象になってしまった」


 光に浴びることができないわけではない。今、カーテンを開けて部屋に太陽の光を入れても、魔神がどうこうなるわけではないのだ。

 だが、魔神はそうしようとはしない。

 アンテサルラを思い出させる太陽の光など極力浴びたくはないから。


「友よ、きっとお前は椎名一成から私を思い出すだろう。そして、奥底に隠れている、殺したと思った感情が蘇るだろう」


 魔神はそれを願う。

 龍神も気付くだろう。自分自身が感情を殺しきれていないことに。

 だが、それでいいのだと思う。


「お前は長い間、誰もが拒んだ役目を続けてきた。だが、もういいだろう? お前に役目を与えた存在も、とっくにこの世界にはいない。神と名がつく存在も、もう数えるほどにしかいない。だから、友よ……もう役目など捨てて楽になれ」


 すでに同胞と呼べるような神が少なくなっていることは感じていた。

 魔神自身が眷属と共に、この地上に暮らしていたのははるか昔。そして、戦いに敗れ、煉獄に落とされ、どれだけの時がたったのだろうか?

 いつのまにか地上に神々は減り、神界と呼ぶべき場所へ移り住んだと知ったが、それでも神の存在を昔のように感じられない。

 神の座を捨てたのか、それとも滅んだのか……それはわからない。

 だが、神々が少なくなっているのは事実だろうと魔神は確信している。

 そんな中、“滅びることができない神”である龍神は一体何を思って今を生きているのだろうかと、思う。


「きっと、椎名一成も似たようなことを言うだろう。あれは私であって私ではないが、根本的には私と変わらない。ゆえに、真なる器なのだから。私は彼を求め、彼も私を求めている。そして影響は現れている」


 アンナの記憶から一成の人柄を知ることができる。いや、彼女の中にいた魔神はずっと一成を見ていた。

 だからこそわかるのだ。

 椎名一成と自分は一緒だと。神と人間という違いなど些細なこと、世界が違う住人などということも些細なことだ。

 真なる器とはそういうものであると思っている。


「少し前までの彼なら、お前の本心を知りたいとは思わなかったはずだ。では、なぜ今彼がそう思っているのか? それは彼が器として覚醒し、成長し、私がお前の本心を知りたいとずっと思っているからだ。そして、お前は彼の中に私を思い出し、本心をすべてではなくても明かすだろう」


 かつて敵対した時も、魔神は龍神の本心を知りたいと思った。だが、結局聞けなかった。

 敵対といっても、相対したことはないのだ。

 魔神が動き、真なる器を求め、だがその前に龍神の同胞によって器を奪われる。その繰り返しだった。

 そして、ようやく真なる器を見つけたのだ。他の神ではない、自分の半身である真なる器を。

 この地へ彼を呼び出した時、歓喜で体が震えたことを今でも覚えている。

 すぐにでも、彼に目的を話し受け入れてもらいたかった。だが、それはできなかった。

 なぜなら、椎名一成は真なる器ではあるが、神を受け入れる器としては未熟だったからだ。

 異世界の人間だからであろうか?

 それは魔神にもわからない。

 だが、椎名一成は真なる器として、覚醒して、成長している。だからこそ、魔神の感情が伝わっているのだ。

 だからこそ、一成は魔神に惹かれる。魔神を求める。

 そして――そう遠くない日に、魔神の器となることを望むだろう。

 それが最善の方法だと、彼自身が気付くから。


「私は、復讐を目的としているが、お前を救いたいとも思っている。そのためにはやはり、アンテサルラを殺さなければならない」


 女神の名前を口に出す度に、魔神は何かを破壊したくなる衝動に駆られる。

 だが、それを耐えさせているのも、同じ女神の存在であった。


「……友よ、またお前は私の邪魔をするだろう。役目を守り続けるだろう」


 それが龍神の長所であり、短所であるのだ。

 だからこそ、魔神は不安になる。敵対している相手に、本来なら向けるべき感情ではないことはわかっていても、感情だけは押し殺すことはできない。


「だが、友よ――お前に私の半身が殺せるのか?」






 サンディアル王国城内の中庭では、地球から召喚された黒髪に眼鏡を掛けた少年、結城悟と近衛騎士団の白い制服に身を包んだ金髪の青年、ニール・クリエフトが二人向かい合うようにして会話をしていた。

 他愛のない会話、などではない。

 お互いに真剣な顔をして、これからすべきことを話し合っているのだ。


「もうすぐ、僕の出番なんだね?」

「はい」


 嬉しそうに言う悟に、ニールは頷き返事をする。

 悟はずっと待っていたのだ。自身の力を振るうこの日を。


「やっと僕の力が役立つ時が来たんだ、ずっとずっと待ってたよ!」


 何度も魔物を相手に戦いの訓練をしてきた。

 それがようやく本格的な戦いへという話になったのだ。それは実力を認められたと言っていいだろう。

 だが、次の相手は人間だ。しかも、命を奪わなければいけない。

 そのことに対して恐怖は持っていた。しかし、それ以上に自分の実力を発揮したいという欲が悟にはあったのだ。

 魔物とはいえ、多くの命を奪ってきたことで、地球では経験するはずのなかった命を奪うという感覚が少しずつ麻痺していたのだ。

 何よりも、「異世界だからしょうがない」という悟自身が勝手に作った免罪符が、これから人の命を奪うという行為を、本来なら躊躇うべき行為を更に麻痺させている。


「勇者様ならきっと活躍されることは間違いないでしょう。そして、必ず反逆者であるストラトス・アディール、キーア・スリーズ、カーティア・ドレスデンの三名を討ち取ることができると信じていますよ」

「任せてよ! でも、さ……」


 そこまで言って、悟に初めて不安の表情が宿った。

 それに気付いたニールは不思議そうに、彼の顔を覗き込むようにする。


「何か、心配事でも?」

「えっと、本当にいいのかな?」


 悟は少し、遠慮がちに言葉を吐く。

 だが、ニールには悟の言いたいことがわからなかった。


「……すみません、何がでしょうか?」

「人質のことだよ! 僕の実力があれば、英雄だなんて言われていても勝てると思ってくれてるんだよね? だったら、人質なんて用意しなくてもいいんじゃないかな?」


 そう二人は人質を用意していたのだ。

 ストラトス、キーア、カーティアの両親を。

 ストラトス、キーアの両親なら平民であるために、人質にすることはニールなどにとっては些細な犠牲でしかない。だが、カーティアの父親となると話は別になる。

 ドレスデン家はサンディアル王国の貴族だ。では、その貴族をどう人質にすることができたのか?

 それは、カーティアが帝国に向かった情報を両親へ告げている。そして、反逆者として扱うことも告げてあるのだ。もちろん、カーティアの両親はそれを信じなかった。ならば、その目で確かめて欲しいと、ニールは言ったのだ。

 そして、彼はそれに応じた。本当なら母親も人質にしたかったが、父親だけでも問題はないだろうとニールは思っている。

 一方、悟はそんなニールの考えをよしとしていなかった。


「念の為ですよ」


 人のよさそうな笑みを浮かべてニールは悟を諭すように言う。

 だが、悟の表情は和らがない。


「でも……」

「私たちには失敗は許されません」

「……それは、そうだけど」


 それでもゴネる悟に少しだけ苛立ちを覚えたニールは、畳み掛けるように言い放つ。


「アンナ様にこの計画は内密に行っていることはわかっていますよね?」

「うん」

「だからこそ、失敗はできないのです」


 アンナの名前を出したのだ。

 悟はアンナに恋焦がれている。

無理もない。異世界へとやってきた少年に、可憐な姫が優しく可憐な笑みを浮かべて接するのだ。女性に対して免疫のない悟にとって、アンナに恋に落ちるのはあっという間だった。

 悟はずっと思っていた。アンナの役に立ちたいと。そして、ニールの話に乗ったのだ。

 だからこそ、アンナの名前を出されると弱い。


「アンナ様はお優しい、それゆえに帝国へと向かった三人を、また再びご自身の下へと戻ってきてくれていると思っています。ですが、そんな優しい現実はありません」

「それは、わかってるよ」

「だから私たちで、アンナ様が心を痛めてしまう前に、原因となるべきものを取り除きましょう」

「うん、でも……それでも、傷つくんじゃないかな?」


 アンナのことを考え、悟は不安げに言う。

 アンナが傷つくことももちろん心配だが、それ以上に勝手に行動した結果、自分が嫌われることが恐ろしかった。


「勇者様はお優しいですね。確かにアンナ様はきっと傷つくでしょう。私たちの独断で、かつての仲間である三人を殺そうとしているのですから。ですが、その三人をアンナ様が信じている以上、三人が何かをしたときの方が大きな傷となります。どちらにせよ傷ついてしまうのならば、傷は小さな方がよいのではと私は思います」

「そう、だね」


 ニールは悟に優しく、言葉を掛けていく。

 それは自分たちがアンナのために汚れ役をやるのだと、悟が好みそうなストーリーを作り話をしている。

 だが、そんなニールに悟は気付かない。

 好きな人のために、戦う。好きな人のために、手を汚さなければならない。


「わかったよ! アンナ様のために、僕はどんなことをしても裏切った三人を殺すよ」

「ありがとうございます、勇者様」


 そんな風に、これから始まろうとしていることに、酔いはじめていたから。






 更に場所は変わり、大陸南部聖アドリア皇国。

 南大陸を統一していると言っても過言ではない大国であり、女神アンテを信仰する宗教国家である。

 強い軍事力も持ち、大陸西部を中心にした連合諸国への影響力も強い。

 その聖アドリア皇国の二十四代目の聖皇であるガソール・クレイマンは寝室で、皇子であるユーゴ・クレイマンからの報告に耳を傾けていた。


「父上、大陸西側の連合諸国の中、南大陸よりの国々は、我が国の属国となることを認めました」

「……そうか」

「これで、大陸西部の足掛りは順調に進むでしょう。いや、そもそも南大陸を支配している我が国の影響力、戦力を持ってすれば、大陸西部を支配下に置くことは決して不可能ではありません。唯一、問題と思われていたサンディアル王国もエルフとの友好関係を切り捨ててくれました。理由ははっきりとしませんが、これで支配がしやすくなったということです」

「……うむ」

「問題は、大陸北部と東部ですね。龍はもともと人間や異種族には不干渉です。だが、それでも私たちのような人間がいれば介入してくる可能性もあります。北部も魔王が死んだと聞きましたが、その割には反帝国派の異種族たちの動きがありません。そのことから、魔王はまだ生きているとみたほうがよろしいかと思われます」

「……そうか」


 聖皇ガソールは息子の報告を聞いても、ほとんど反応しない。

 七十近い高齢である彼は、白髪の髪に、白い髭を蓄えている。細く痩せた体には、高齢者ならではのしわや染みが浮き出て、黄金で作られている王冠を頭に載せているのがどこか滑稽に写る。

 ユーゴからの報告も、理解できているのかいないのかはわからない。

 一方、ユーゴはそれでも報告を続けている。

 程よく鍛えられた体に、軍服を纏い、腰まで伸ばした金髪を一つに結っている。彼の立場は大元帥であり、この国の軍のトップである。

 もっとも、そんなユーゴにとっては父が報告を理解できていなくても構わないのだ。すでに、この国は高齢な父親に代わりユーゴが動かしていると言っても過言ではない。

 兄弟は多く、長男ではないが、彼はあらゆる手を使って兄や姉を蹴落としてこの場にいる。

 次の聖皇は自分だとユーゴは疑っていない。多くの臣下たちもそれは同じだった。

 ユーゴは報告を終えて、父の寝室を出ると、側近の一人に話を振った。


「……フッ、父の価値はもうなくなってしまったようだな。所詮は仮初めの存在、真なる存在である私の役には立ってくれたものの、もう邪魔だな」


 側近が頷くのを見て満足そうに目を細めると、彼は続ける。


「サンディアル王国では二度にわたり、勇者を召喚している。だが、いくら異世界から勇者の資質を持つ者が現れようが、彼らはこちらの世界には邪魔でしかない」


 なぜならば、


「――もうすでに勇者はここにいるのだから」








あとがきは、今後活動報告にて書かせていただくことにしました。

ご意見、ご感想、ご評価等を頂ければ、嬉しく思います。よろしくお願いします。

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