18 「器と龍2」
(主人公の名前 桜町未来路から椎名一成に変更しました。)
龍神は表情には大きく出さないものの、戸惑っていた。
それは、自分に対する一成の態度。
自慢できることではないが、龍神は龍としての役目を果たすために多くの命を奪ってきた。
奪われた者は、皆龍神を恨み、憎みながら死んでいく。
だというのに、目の前の器である青年からは、恨みや憎みなどの感情は伝わってこない。
それどころか、自分に対して笑ってみせた。
それが不思議だった。
「そなたは不思議な男だ」
気付けば、自然と思ったことを声に出していた。
「そうかよ、俺だって俺自身が不思議だ。俺の命を奪いに来た奴と地面に座ってお喋りするだなんて、正気じゃない」
「……確かに、正気とは思えない」
真なる器である椎名一成の言葉に、素直に返事をしてみせると、彼はやはり笑った。
正気ではないと言われ、少しだけ不敵に笑ってみせた。それが、龍神にとってはやはり不思議だった。
「じゃあ、どこから話を聞くかな……」
腕を組んで、考えるように言う一成を見て龍神は思う。
話を聞くことによって、現状をどうにかしようとしているのだと。それはわかる。だが、彼には焦りやそういったものが感じられない。
先ほど、襲い掛かった時には、あれほど慌てて逃げたというのに。街に被害を出さないようにと、ここまで必死に逃げていたというのに。
今は違う。
死を受けいれているわけではない。それどころか、死を恐れているのが伝わってくる。だというのに……。
感情と行動がここまで違うというのも面白い。
そして何よりも、ここまで人間と会話をしたのは初めてだった。
「やはりそなたは不思議な男だ。そなたからは、余に対して恨みや憎しみなどの感情が伝わってこない。怒りは感じるが」
「そりゃ、怒りはあるだろう。いきなり、理由の説明も無しに殺されかけたんだ。だけど、恨み、憎しみってのは少し違う」
「違う、とは?」
何が違うのかわからなかった。
一成は、考えるように少しうなってから、
「そうだな、あくまでも俺の考えなんだけどさ、確かにアンタは俺を殺すつもりだ。多分、今も変わっていないだろう?」
その問いに、龍神は肯定し頷く。
「でも、何かアンタからは使命感のようなものを感じる。だからといって殺されてやるつもりもないし、結果として死ぬとしても思いっきり抵抗してやるつもりだ。だけど、それと恨む、憎むは違うと思う」
いや、違うな。一成はそう言って、さらに言葉を噤む。
「俺は恨む、憎むとかはしたくないんだ。もう恨んだり憎んだりしちまったけど、だからこそ、アンタを憎んだり恨んだりしたくない」
正直、自分でもよくわかってない、と一成は苦笑する。
「だからさ、アンタの言葉で、俺が死ななきゃいけない理由を教えてくれよ。前もって決まった言葉なんかじゃなくて、アンタが本当に頭で、心で考えて、思った言葉で教えて欲しい」
「その結果、死ぬとしても?」
「ああ、死ぬとしても」
強い意志を込めた瞳で、こちらを見据える一成をやはり不思議な男だと思った。
自分に対しての態度もそうだ。異世界人だとしても、自分と彼には圧倒的な力の差がある。それは一成自身もわかっているはずだ。
だというのに、一成は自分の知る人物たちとは態度が違う。
強過ぎる力を持つ龍神は、眷属である龍も、そうでない異種族、人間からも敬われるか恐れられる存在だ。
もしくは敵対される。
つまり、対等な相手がいないのだ。
それが寂しいとは今更思いはしないし、言うつもりもない。
だが、目の前の青年は、対等であろうとしているように感じる。いや、違う。
まるで兄が弟を見るようにしている。
やはり、不思議だが――不快ではなかった。
一成は会話をしながら、ああ、やっぱりだと思った。
目の前の少年、龍神は何年生きているのか知らないが、子供がまるでそのまま大人になってしまった印象を受けた。
親から言いつけられたことを、よくも悪くもずっと守り続けているのだと。
でも、それは何か違うと思った。
「じゃあ、話をしようぜ。恨むとか憎むとか、つまらねえことをしないためにも。聞かせてくれ、アンタの言葉で」
「……わかった。そなたは、何を聞きたい?」
「全部なんだけど……とりあえず器の辺りから教えてもらおうかな。魔神の器が俺だってことは、アンタが言った台詞からわかる。それは、世界の敵か?」
先日、リオーネから神という名の世界の敵を教えてもらった。
だが、詳しくすべてを知ったわけではない。
しかし、どうしてだか、一成には世界の敵と言われた神と魔神が同じだと感じていた。
理由はわからない。ここ最近、何度か感じる直感のようなものだった。
だが、一成の言葉に龍神は頷き、肯定した。
「そう。そなたが言うとおり、今の世界の敵である神と魔神は同じ存在だ。そして、その魔神は既に体を失っている。もともと地上で神々が力を使うには、神の座を捨て去るか、器となるべき人間を寄り代にしなければいけない。つまり、肉体を持たない魔神はそなたの体が欲しいのだ」
「それは、真なる器と関係あるのか?」
「ある。器とは、神を宿すことができる人間を指す。だが、器に神が宿ったからといって、神がすべての力を使うことはできない。しかし……」
「真なる器なら、それができる?」
コクリ、と龍神は肯定する。
「真なる器とは、その神の半身と言ってもいい」
「半身?」
「そう、半身だ。対なる存在。ゆえに、神が宿ればすべての力を使うことができる」
「俺がそこまでの存在なのかよ……でも、どうして魔神は俺を欲しがる? 目的は?」
「残念ながら、余には魔神の理由はわからぬ。余はただ、決められたように神々が地上に害をなす前に、真なる器を破壊することなのだから」
「……そうか」
一成は考える。
とりあえず、自分なりに整理してみる。
まず、魔神はリオーネが話してくれた、世界の敵である神と同じ存在である。
そして、肉体を失っていて、半身ともいえる真なる器である自分が欲しいのだと。ただし、目的は不明。
龍神はそれを阻止するために、俺を殺そうとした。
簡単過ぎるだろうが、こんなところだろうか?
「神々が器を求めることが悪いわけではない。過去に何度も神が器を手にしたこともある。そもそも、器であろうと、真なる器であろうと、求めた神に対して、人間が受け入れると肯定の返事をしなければいけない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それじゃあ、俺が嫌だと言えば、魔神は俺に宿れないんじゃないか?」
それは至極当たり前のことだった。
だが、龍神は静かに首を横に振るう。
「確かに、そなたの言うとおり、受け入れなければ何も問題はない。だが、そう簡単な話ではない」
確かに、と一成は思った。つい、簡単に解決策があるのかと思ったが、拒否するだけですむのであれば、わざわざ龍神が自ら命を奪いに来るわけがない。
「例えば、そなたの親しき者が人質に取られたとして、解放と条件に自らを受け入れよと言われればどうする?」
「受け入れるに決まってる」
龍神の問いに、一成は躊躇いなく答える。
同時に、なるほどと思う。
確かに、直接的で駄目なら搦め手でくればいいということか。
「そなたのように受け入れると躊躇いなく言う者も少なくないだろう。実際に、親しい者を人質に取られ神の器となることを選んだ者もいる。逆に、我が身可愛さに最後まで受け入れなかった者もいる」
「……アンタはその時どうしたんだ?」
「前者は神が宿る前に殺し、後者は余よりも先に逆上した神によって殺された」
結局死んでしまうのか、と思う。
そして、目の前の龍神は、そうして命を奪い続けているのだと。それは、想像することも難しいけど、なんて悲しいことなんだろう。なんて辛いことなんだろう。
そんなことを思った。
「真なる器というのは、先ほども言った通り、神の神たる力を使うために必要なもの。それを求める神が何の目的を持っていないわけがない。だからこそ、余は与えられた命を守り続けなければいけない」
「それだよ」
「……?」
龍神の言葉に、一成は待ったを掛ける。
何度も気になっていた。龍神の言葉の端々から、何らかの役目を使命を持っていることはわかっていた。だが、誰からその役目を与えられたのだ?
「アンタは、誰にそれを命じられたんだ? アンタはどうしてそれを守り続けるんだよ?」
「そなたの問いの意味がわからぬ。命じられた命を守り続けることは至極当たり前のこと」
「そういう意味で聞いたんじゃない」
「ならば、どういう意味か?」
「アンタ、最初に言ったよな、同情するって、恨んでも構わないって」
「……覚えている」
「アンタは辛くないのか、命を奪う役目なんて? 誰がそんな役目を押し付けたんだよ?」
一成のその言葉に、その場の空気が変わった。
座っていた龍神が立ち上がり、幼い容姿ながらに一成を睨みつける。
同時に、眩しいほどの力が光となって龍神から発せられた。
「なっ……!」
その光に、体を焼かれ、吹き飛ばされてしまう一成。
「そなたに、そなたに余の何がわかるというのだ?」
数回地面を転がり、砂に塗れて立ち上がると、体中に痛みが走った。
頬や腕は火で焼かれたように、熱く、火傷している。痛みも酷い。
だが、そんな中で、一成は笑みを浮かべた。
「好き好んで余が、この役目を受けたと思うのか?」
龍神の言葉に、一成の笑みがまた深くなる。
「誰も引き受けることを拒んだからこそ、余がこの役目を引き受けたのだ。神を殺し、本来なら守るべき人の子さえ殺さなければいけないこの役目を」
ようやくだ。
「余は地上を守る為に、神々が再び大きな戦を地上で起こすことを防ぐために、恨まれようが憎まれようが役目を守り続けなければいけないのだ……それが例えどんなに辛くとも、途中で投げ出すわけにはいかないのだっ!」
「やっと、やっと聞けた……」
「……何を言っている?」
「ハハハ、やっと聞けたって言ったんだよ。俺はずっと聞きたかった。アンタの本音を」
会話をしていて役目を大事に思っていることは痛いほどわかった。
同時に、その役目の大きさが大き過ぎることも感じていた。
そして何よりも、人の命を奪う役目を負うには、目の前の龍神が優し過ぎると思ったから。
「冷静になってみると色々と感じることがあったんだよ」
「何を感じたというのだ?」
「アンタのことさ、あくまでも俺が感じただけで合っているかはわからない。でもさ、アンタが優し過ぎることはよくわかった」
「……何を」
「だから本音が聞きたかった、感情的になって欲しかった。まぁ、いきなり焼かれるとは思わなかったけどな」
一成は笑みを浮かべてみせる。
焼かれた場所は痛みが増し、それどころか痛みが広がっているように感じる。
それでも、一成は笑みを浮かべ続ける。
龍神が初めて見せた感情だから。
「アンタは俺に同情する、恨んでくれても構わないって言った。だけど、自分の役目を信じて疑わなければ、そんなことは言わない。少なくとも、世界にとって本当に俺が邪魔なら、俺だったらそんなことは言わない」
だけど、アンタは言った。
同情すると、恨んでくれても構わないと。
そして、誠意を見せろと叫べばそうあろうとしてくれた。
「アンタがどのくらい長い時間、その役目をやっているのかは知らない。そしてどんな思いをしてきたのかも知らない。だから、教えてくれよ」
一成は痛む体を引きずりながら、龍神に一歩一歩近づいていく。
「俺は知りたいんだ。全部を」
手を伸ばせば触れることができる。そんな距離まで近づき足を止める。
そして真っ直ぐに、一成は龍神を見据えた。
「俺が魔神の真なる器ってのはわかった。だけど、アンタの役目も知りたい、そしてどうしてその役目を引き受けたのかも知りたい。俺は全部を知りたい」
「余のことも、知りたいと?」
「ああ。だってさ、アンタ感情押し殺してんじゃん。一時間も会話してないけど、そのくらいわかるって。恨みとか、憎しみとか気にしながら、それでも役目を果たそうとする。そんなアンタのことが知りたいんだよ」
「知ってどうするというのだ?」
龍神の問いに、やっぱり一成は笑みを浮かべて答えた。
目の前の龍神は、見た目通りの子供だ。何年生きているか知らないけれど、ずっと何かに耐えてきた子供だ。
神だからとか、強い力を持っているからだとか、そんなことは関係ない。
きっと自分は殺されると思う。だけど、
「俺の死ななきゃいけない理由、そしてアンタのことを知ることができて、納得できたなら、俺は絶対にアンタを恨まずに、憎まずに死ぬことができると思うから」
本当に、一成はそう思ったのだった。
遅くなってしまいましたが、最新話投稿させて頂きました。
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