17 「器と龍」
(主人公の名前 桜町未来路から椎名一成に変更しました。)
本気でやりやがった。死ななかったのが奇跡だ。
一成はドッと体中に冷や汗を浮かべながら、街中を走っていた。
「やばいやばいやばい! 力の差とかじゃなくて、存在が違う!」
本当に死ぬかと思った。
突然の登場にも十分驚かされたが、まさか問答無用でいきなり攻撃してくるとは思いもしていなかった。
爆炎が部屋中を蹂躙したその刹那の瞬間、一成は窓を突き破って逃げたのだ。
それが幸いした。
防御するのではなく、向かい撃とうとするわけではなく、躊躇いなく逃げたのだ。その判断が命を救った。
一成は走り続ける。
一刻も早く、あの桁外れの力から逃れるために。
そして、走りながら考えを纏めていく。
(あれは何だ? 龍……と言ったけど、龍ってなんだ? 異種族――いや、違う。あれはそういう生易しい存在じゃない)
もっと上の、もっと高位の存在だ。
なぜだかわかってしまう。そして、わかるからこそ怖い。
自分が殺されることがではない。自分が殺されることで、あの力がこの街を巻き込むのではないかということが怖い。
だから走り続けた。
そして、街を抜け、さらに走り、街が小さく見えるほど遠くまで走ってやっと足を止める。
息が切れていた。汗も掻いている。砂埃が体中に汗と混じって不快感を覚えてしまう。
大きく深呼吸を繰り返して、息を整える。そして、咆哮するように大声を上げた。
「俺はここだ! このクソガキ! いきなり襲いやがって、何の目的か知らないけど、関係ない人たちにまで迷惑掛けるんじゃねえよ!」
きっと街は大騒ぎになっているだろう。
そのことが酷く辛かった。
「どうした、来いよ! 俺はここにいるって言ってんだろう?」
次の瞬間だった。
「街を巻き込まないために一人となったか……見事な判断だ」
「出てきやがったな、クソガキ……テメェは何だ?」
「余は龍。最初の龍である」
「それはさっき、聞いたよ。で?」
苛立ったように、一成は龍神を睨みつける。
正直、本来子供にここまで苛立つことはない。だが、問答無用で命を狙われ、意味のわからないことまで言ってくる。
何よりも、心が目の前の少年の言葉に反応してざわつくのだ。
それが不快で、たまらない。
「……で、とは?」
「どうして問答無用で殺そうとしやがったかって聞いてるんだよ?」
なぜだかわからないが、目の前の少年が外見どおりの年齢ではないと感じる。
それもまた不快だった。
「魔神の真なる器は破壊せねばいかない」
「……真なる器?」
瞬間、言葉に反応したかのように激しい頭痛に襲われ、頭を抱えてうずくまる。
「もう器として完成され始めている。そなたには、もう時間がない」
声に哀れみを感じた。
「どう、いうこと、だよ……」
「……」
沈黙した龍神に、痛みを堪えて吼えた。
「どうせ殺すなら理由ぐらい教えろ! 俺はこれから仲間と再会するはずだったんだ、それができなくなるんだぞ? もう会えなくなるんだ。だから少しぐらいは誠意を見せやがれ!」
龍神は、少し迷うようなそぶりをしてから頷いた。
「よいだろう、そなたが余に殺されなければいけない理由を話そう」
「……とっと話やがれ、馬鹿野郎」
一成は少年に向かって中指を立てると、頭痛に耐えられなくなって、その場に倒れこんだ。
龍神は一人、意識を失った一成を眺めて、桁外れな力を込めた右手を振り上げて……振り下ろさなかった。
「……約束は守ろう。そなたが目を覚ましたとき、余はそなたが死ななければいけない理由を話そう」
少年はそれだけ言うと、一成が目を覚ますのを待つように、その場に座り込んだ。
魔王城、炎が収まった初代魔王の私室にて、
「一体、どういうことだ! 説明をしろ!」
「魔王」リオーネは、龍神が連れて来た白い少女に詰め寄っていた。
リオーネだけではない。ムニリアは殺気立ち、クラリッサも戦斧を手にしている。
場合によってはこの場で戦うのも覚悟しているという顔をしている。
既に龍神は消えてしまった。一成を追ったのだ。一刻も早く追いたいが、だが、情報がないまま追っても意味はない。
そんな冷静な判断が出来てしまう自分が嫌になってしまう。
本当なら、少しでも早く一成の元へと走り出したいというのに、冷静な自分がそれをさせてくれない。
「私は龍神王と共に、魔神の真なる器を破壊するためにやってきた。それ以上も、それ以下でもない」
「……まさか、魔神の真なる器とは一成のことだというのか?」
「そうだ」
殺気立っているリオーネたちに比べ、龍神にシャオと呼ばれた白い少女は顔色一つ動かさない。
仮にも「魔王」とその側近二人から殺気をぶつけられているというのに平然としているのだ。
リオーネは殺気を込めた声で問う。
「それを、私たちが許すと思うのか?」
だが、シャオは態度を変えることなく、淡々と言う。
「許す、許さないの問題ではない。魔王よ、貴方なら真なる器である彼が魔神の手に渡ればどうなるかわかるはず。予想が出来ないなどと言わせない」
それはわかる。理解している。
真なる器――それは、神が神の力を地上で振るうに当たって必要な体。器である者の体であれば神にとっては宿ることは可能だが、すべて本来の力を出すには真なる器でなければいけないのだ。
だが、まさか……
「それが一成だというのか……?」
思わずその場に座り込みそうになるリオーネだったが、それはできない。
なぜなら、すでに龍神が一成を追いかけて消えてしまっているからだ。
だから歯を食いしばって耐える。
「だが、どうして今になって龍神王は動き出したのだ。一成はこちらの世界にきてから一年だ。今さらになって……」
「器が覚醒したからだ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だ。真なる器だからといっても、すぐに神を受け入れることはできない。それには過程がある。人間が、異種族が、龍が成長するように、器も成長する。その過程を経て、器としての準備が整うのだ。そして、いくら龍神王とはえ、器がある程度覚醒しないとわからない」
だから一年も掛かったのだといシャオは言った。
リオーネは一成が器であるとは知らなかった。いや、知ることのできる龍神が特別なのだから仕方がない。
だが、思い返せば、不思議に感じることはあった。
ストラトスたちが帝国にいることを一成は感じていた。探索魔術を使ったわけではない。だとうのに、わかっていた。ストラトスだけではなく、キーア、カーティア、シェイナリウス、レイン、ハイアウルスの存在も。
それも覚醒の過程だというのか?
「追いましょう、魔王様」
「ああ」
ムニリアの言葉に、リオーネは頷く。聞きたいことは聞けた。龍神の目的も理解できた。だが、それを許すことは出来ない。
リオーネは走り出す。
ムニリア、クラリッサもその後に続く。
「魔王様、魔王軍を出しますか?」
クラリッサの問いに、走りながらリオーネは首を横に振るう。
相手が龍神でなければ、それも一つの案だっただろう。だが、
「駄目だ、被害が増えるだけだ。龍神王を相手にできる者など、この地上には数える程度しかいない」
「……では、どうするのですか?」
「私が戦おう」
リオーネの言葉に、ムニリアとクラリッサは思わず足を止めてしまいそうになる。
今、リオーネはなんと言った?
「心配しなくていい。龍神王は私を殺せない……ただ、私が一成の元へ行くまでに龍神王が彼を殺さないことを祈るばかりだ」
さらに速度を上げる。
リオーネは思い出す。彼女はかつて一成に言ったのだ。
自分は味方でであると。
ならば、その言葉が偽りではないことを証明しよう。
「間に合ってくれ!」
魔王城から飛び出し、リオーネたち三人は、一成と龍神王の下へと全力で走り続けた。
パチリ、と一成は目を覚ます。同時に、勢いよく体を起こした。
すぐ近くには、ちょこんと正座をするように地面に腰を下ろした少年が一人。
「目を覚ましたか……」
「俺は、気絶してたのか? よく、殺さなかったな?」
驚きと、若干の嫌味を込めて言ってみると、龍神は少しだけ苦笑ともとれる笑みを浮かべた。
「さほど時間は経っていない。せいぜい二、三分というところだ。それに、余はそなたに理由を話すと約束した。それを反故にするつもりはない」
もっとも一瞬躊躇ったが、と付け足され、一成はゾッとした。
もしかしたら、目を覚まさないまま死んでいた可能性もあったのだと。
「頭痛は治まったか?」
「ああ、おかげさんで」
「頭痛は覚醒が始まった証拠だ」
「覚醒?」
一成の呟きに、龍神は頷く。
「そう、覚醒だ。そなたは魔神の真なる器として、この世界へ呼び出された」
……待て。
何を言っている?
「だが、それだけでは余にはそなたが真なる器であることを知ることはできない。しかし、そなたは何かのきっかけで真なる器として覚醒を始めた。ここ最近、命を失いかけたのではないか?」
死に掛けて、だがそれでも死ぬことがなかった。それがもっとも覚醒しやすいのだと言う。
……待ちやがれ。
「地上を去った神々は、制約によって地上へと降りることはできない。だが、万が一のためにと抜け道を作った。それは、神によって違うが、器に宿ること。無論、それによってリスクは負うことになるが」
「待て、待ちやがれ!」
「どうかしたのか?」
「お前、何の話をしてるんだよ? 俺は、勇者召喚魔術でこちらにやってきたんだぞ? なんだ、その魔神の真なる器って?」
「今、説明した通り、神々が」
「違う、そうじゃねえ!」
龍神の言葉を、一成はどなるように遮る。
意味がわからない。いや、すべてが理解不可能というわけじゃない。
まず、自分が器という存在だということ。そのせいで命を狙われたということだ。
じゃあ勇者召喚魔術とはなんだったのだ?
器として呼び出されたと言われた。つまり、サンディアル王国が魔神と関係が? アンア・サンディアルもそうなのか?
頭の中でぐるぐると疑問ばかりが浮かぶ。
「俺は理由を教えろって言ったんだ。殺されるなら、殺さなきゃならい理由を説明しろって言ってんだよ」
「だから余は……」
「お前のは説明じゃねえ、まるで始めから決まっていた文章を読んでるように話しやがって……そういうのは説明って言わねえ、俺は誠意を見せろって言っただろう!」
はあはあ、と息を切らせる一成。
ここまで感情的になった自身に驚いている。もっと、死ぬことには躊躇いはないと思っていたのに。
だけど、いきなり死ねと言われて、嫌だと思ってしまった。
あれだけ絶望していたくせに、死にたいと思っていたくせに。
会うのに躊躇いがあったストラトスたちにも今すぐ会いたいと思っている。
本当の死に近づいたことで、生きていたいと思ってしまったのだ。いや、違う。
気付かされてしまった。
――最初から、俺は死にたくなかったんだということに。
龍神はポツリと呟いた。
「今まで、そなたのように余を怒鳴り散らした者と出会ったのことは初めてだ」
「そうかよ」
「確かに、余の言葉に誠意は足りなかったかもしれない」
「足りないどころか、全然ねえよ……」
なんだかな、と一成は思う。
目の前の少年は――龍神と名乗ったが――、どうもズレているように感じる。
使命的なものを持っているのだということはなんとなくわかる。だが、それゆえに自分を殺してしまっているようにも感じてしまった。
だから、
「ったく……とりあえず、話をまとめようぜ」
向き合ってみることにする。
どうせ抗っても、力の差が漠然とし過ぎて抗いきれないのはわかっている。
だからといって、何もしないまま死にたくはない。
それに――目の前の、少年をこのままにしておけないと思ってしまう自分もいた。
そんな自分が馬鹿らしくて笑えてくる。
自分を殺そうとしている相手に、何を気に掛けているんだか。
「……どうして笑っている?」
「どうしてだと思う?」
「余にはわからない」
「俺にもわからねえよ」
そんな会話をしてから、さらに一成は笑みを深めた。
死ぬかもしれない。死にたくはないが、死ぬかもしれない。
だが、とりあえず、理由をしっかりと説明してもらおうじゃないか。
それによって、死ななくてもいい希望が見えてくるかもしれないから。
遅くなってしまいましたが、最新話投稿させていただきました。
前回は急展開でしたので、色々なご感想を頂くことができ大変勉強になりました。
いつもご感想をくださる皆様、読んでくださる皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。
ご意見、ご感想、ご評価を頂けると大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。