15 「エピローグ 2」
大陸北部に異種族や人間が住まう多民族国家である帝国がある。その帝国の帝都イスルギに魔王の住まう家がある。
一般的な家屋と変わらない、その住まいの食卓のテーブルを「元勇者」椎名一成は「魔王」リオーネ・シュメールと、メイドであるクラリッサ、黒騎士ことムニリアと四人が囲んでいた。
一成は一つの答えを出していた。
それは、今後自分がどうするべきかということだ。
立ち上がることはできた、前に少しずつ進もうと思った。では、どこへ向かって進んでいく? 目的地はどこだ?
そして、その答えを一成は決めていた。
以前、リオーネ・シュメールから言われたことを思い出す。
――君と私で帝国を、いや世界を少しでもよいものにしたいと思っているんだ。
人間と異種族が手を取り合えるような、争わなくてもよい世界。
必ずしもそんな世界になるとはリオーネ自身も思っていないだろう。そして、一成もそう思っている。
いつ、どんな理由で人間と異種族との間に溝ができてしまったのか、そんなこともわかっていないのだ。
だけど、それでもきっかけを作れれば、些細なきっかけを作ることができればいいと一成は思う。
そして、その後に誰かが続いてくれればいいと思う。
それは理想でしかないと笑う者もいるだろう。それを無駄だと馬鹿にする者もいるだろう。
だが、最初から一成は魔王を倒そうと思っても殺そうと思ったことはない。異種族と戦ったことはあるが、殺したことは本当に少ない。いや、殺した人数が少ないからといってどうだというつもりは一成にはないが、一つだけ言えることは、人間と異種族が手を取り合えればいいと思っていることだった。
かつて、この世界へ召喚された時に話を聞いてそう思った。サンディアル王国第一王女であるセリアーヌ・サンディアルと話をした時にもなお更そう思った。
だから――
「俺に何ができるかわからない。だけど、アンタたちと一緒に少しでもマシな世界にできればと思う」
街の子供たち、翼人のリューイが他の種族と、人間の子供と一緒に遊んでいたように、差別などなく、生まれで何かを言われるようなことがなくなればいいと思う。
争えば争っただけ泣く人が増える。悲しむ人が増える。憎しみも増える。
そんなのは嫌だ。嫌に決まっている。
「……君がそう言ってくれるのを待っていたよ。そして、心から嬉しいと思う。ありがとう」
「礼を言うならこっちだ。アンタは、いやアンタたちはずっと俺を見守ってくれてたよな。俺は何にも気付かなかった。だけど、何も言わずに俺が俺の意思で動き出せるまで待っていてくれたんだ。感謝してるよ」
そう言って、一成は頭を下げた。
「うん。無事に君が立ち上がり、前へ進みだしてくれたこと嬉しく思うよ」
リオーネは優しげな笑みを浮かべ、一成にそう告げた。
クラリッサ、ムニリアも微笑み頷く。
それが一成にとって嬉しかった。だから、これ以上言葉で礼を言うのはやめようと思った。感謝の気持ちは行動で示そう。
そう決意して、一成も頷き、話を進める。
「それで、色々と話してくれるんだろう? 俺にまだ言っていないことを」
「ああ、君が共に歩んでくれるというのなら教えようとは最初から思っていたよ。でも、その前に――君に聞きたいことがある」
リオーネはカーティアとの約束を守ろうと、一成に仲間たちと会いたいかどうか聞こうとした。
既に、ムニリアが一成から聞いてくれている。そして、彼が仲間に会いたいと言ったことも知っている。だが、それでも約束をしたリオーネ自身が聞いておきたかった。
「なんだよ?」
「君は、仲間たちに会いたいかい?」
回りくどいことは言わず、率直に聞いた。その方がいいと思ったから。
そして、一成は少しだけ間を置いてから、首を縦に振った。
「ああ、会いたい。でもさ、アンタたちはもうとっくに俺とアイツらを会わせようと思ってるだろ?」
え? と、声を上げたのはクラリッサだった。
「どうしてわかるのか俺にもわからない。だけど、近くにいるだろう?」
「……驚いたな。どうしてそう思うんだい?」
「わからないって言っただろう。でも、感じるんだ。帝都にはいない、もう少し離れた場所だ。そこに、お師匠とストラトス、キーア、レインがいる。後、ハイアルウスのおっさんもいるな……多分、隠れ里のみんなが帝国に来ているってわけだろ?」
流石に、一成のその言葉に三人は驚きを隠せなかった。
一成は、帝都から離れたことはない。一度だけ翼人の少女ルルを追いかけて街を飛び出したが、それっきりだ。
「一成、君はどうして……」
「ついこの間、ムニリアさんに仲間に会いたいかって聞かれた時、どうしているのかって思ったんだ。そうしたら、なんとなくだけど遠くないところにいるのを感じた。後、お師匠とレインは何かを相手に戦ってるだろう? 二人の魔力をたまに感じる時があったからさ」
最初は違和感だった。だが、その違和感が何度も続くつれて、気付いた。
どうして気付いたのかはわからない。答えはどんなに考えても出ないだろう。
だが、感じるのだ。
ストラトスが、シェイナリウスが、レインが、キーアが近くにいることを。
そして、リオーネの反応から、それが間違っていないことがわかった。
「俺は会うよ、会いたいよ。アイツらが俺に会いたいって思ってくれているなら、会うに決まってる。少し前の俺だったらきっと会えなかったかもしれないけど、今の俺なら会えるよ」
シェイナイリウスやレインだけなら帝都にいる理由はわかる。アンナの最後の台詞からサンディアル王国から追われる形になったのだろうと予測はできる。
だが、ストラトスとキーア、そしてカーティアまでが帝国領土へ来ているとなると、自惚れているわけではないが、会いに来てくれたのではと思ってしまう。
だが、不安も少しだけあった。だからこそ、一成は言ったのだ。「アイツらが俺に会いたいって思ってくれているなら」と。
そして、
「もちろん、彼らも君に会いたがっているよ。本当はもっと早く帝国領土へ来ていたんだ。だけど、私の一存で君に知らせていなかったし、君に会わせたくないと思っていた」
それはリオーネのわがままだった。
一成のことを心配してのことでもあった。ストラトスたちの為でもあった。だが、結局のところ、その判断をしたのはリオーネだった。
「だから、そのことに関してはすまないと思っている」
だから謝罪をするしかない。
結果的に一成は誰かに依存することなく立ち上がってくれた。本当によかったと思う。
だが、時折思っていた。もしかすると、私の判断は間違っているのではないかと。
例え依存してしまう形になったとしても、仲間と再会させた方が良いのではないかと、何度も何度も思った。
だが、それでも一成に一人で立ち上がって欲しいという気持ちが強かったのだ。
「謝られても、困るって。きっと少し前の俺だったら、アイツらが来ているって知っても会いたいって思えなかっただろうし……それに、悪い方向へ物事を考えるかもしれなかった。だから謝らないでくれ」
「……そうか、うん、わかった」
言葉には出さずに、ありがとう、と心の中でリオーネは呟いた。
「それで、さ……いつ会うことになるんだ?」
「そうだな、向こうに連絡をしてからになるから早ければ明日、明後日には会うことはできるよ。もし、時間が必要なら改めて日を設けるが?」
リオーネの気遣いに、一成は首を横に振るう。
「いいや、すぐに会いたい。その方がいいと思う」
もしかすると、気持ちが揺らいでしまうかもしれないという不安がないわけではない。
正直言ってしまうと、今から会えと言われたほうが楽ではないかとも思う。
「わかった。じゃあ、明日にでも再会できるよう、今日中に連絡をしておくよ」
そして、リオーネは改めて、一成を真っ直ぐに見つめる。
一成もその視線を受け止める。
「改めて、言おう。共に歩んでくれることを心から嬉しいと思うよ。だからこそ、君に伝えていないことを、私は伝えようと思う」
「ああ、教えてくれ」
「それは、「敵」の存在だ」
「敵?」
そうだ、とリオーネは頷いた。
しかし、一成はわからない。そもそもその「敵」というのが異種族にとっての「敵」なのか、帝国にとっての「敵」なのか、それとも人間にとっての「敵」なのかも検討がつかない。
とりあえず、異種族、帝国、人間のどれかの敵だろうとは予想はできる。
だが、一成の大きく外れることになる。
「その「敵」は世界の敵だ」
敵の規模が違った。
「私たち帝国の「敵」であり、異種族の「敵」でもあり、そして人間の「敵」でもある。私たちにとって共通の敵がいるんだ」
「……マジかよ、そんな話、いままで一度たりとも聞いたことがねえぞ?」
「それはそうだろう。帝国でもごく一部の者しか知らない。人間たちの間では、大国の王族か、教会の上層部の一部だろう」
なんだそれは、と思った。一体、どんな「敵」なのだと、予想すらできない。
ごくりと唾を飲み込み、リオーネの言葉を待つ。
「その「敵」はいままでに何度も世界と敵対しようとした。いや、実際に敵対しただろう。私が生まれてからは今回が初めてだが、もう随分と前からその兆候は始まっていたんだ」
「一体、何者だよ……見当もつかねえ」
世界を相手に敵対するだなんて不可能に近い。だが、それができるのなら自分には理解ができないほど強い力を持っているものだろう。
ならば異種族か? いや、それこそありえないだろう。魔王という異種族の王がそれを許すわけがない。そもそも、異種族が人間よりも優れているとはいえ、世界という規模を相手にするには世界中の異種族を集めなければいけないだろう。
では人間か? 正確に言うのなら、人間の国や宗教か?
しかし、一成自身がそれを否定している。
どうして否定しているのかわからない。だが、体が、心が、直感が、すべてが違うと叫んでいるのだ。
そして、「敵」はもっと強大な何かだと警告のようなものを発している。
気付けばいつしか強く手を握り締め、背中には冷や汗を掻いている。
「その「敵」って一体なんだよ?」
いつの間にか声まで震えていた。
だが、恐怖のせいではない。もっと別の何かを感じているせいで声が震えているのだ。
例えるなら、そう――まるで求めている何かに近づいている胸の高鳴りに似ている。
そのことが不思議だった。
「敵」の話を聞いているというのに、何故こうも胸が高鳴るのだろうか。
これではまるで――
「私たちの共通の「敵」……それは「神」だ」
「敵」を求めているみたいではないか……。
そして舞台は大きく変わる。
場所は椎名一成の故郷である地球の日本にある地方都市だ。
「かっちゃん、一体どこへ行っちゃったんだろう……」
この一年で何度同じことを呟いただろうか?
一成の幼馴染み、志村京子はもう数えるのをやめてしまった。
京子の幼馴染みであり、想い人でもある椎名一成が失踪してから一年が経った。
一体、どこへ行ってしまったのか? 警察も足取りが掴めていない。
失踪する前は、一成が兄のように慕っていた遠藤友也と一緒にいたことはわかっているが、彼も一成の行方は知らない。
友也自身も、一成と仲が良かった仲間を使って探し続けていた。だが、どうしても見つからない。
――まるで、この世界から消えてしまったように。
京子は友人と一緒に、ビラ配りをして情報を求めた。
一成がイジメから助けた田辺慎も手伝ってくれた。だが、結果として情報は何一つとして入ってこなかった。
まるで神隠しだと誰かが言ったことを覚えている。その時は、まさかと無理して笑ってみせたが、今では神隠しも間違っていないのではと思えてしまうのが怖い。
一成の両親も必死になって探している。警察だけでは難しいと判断したのか、探偵も雇ったと聞いている。
だが、それでも何も情報が入ってこないまま一年が経ってしまった。
もう京子は高校三年生だ。これからが忙しくなる。だが、そんなことよりも一成の安否の方が大切だった。
「私のせいだもんね」
京子はずっと後悔していた。
一成に周囲と合わせるようにと言ったのは自分だった。そして、一成はそうしてくれた。
すると、どうだろう。
彼に友人ができて、自分は彼と結ばれた。嬉しかった。本当に、心から嬉しかった。
でも、どこか彼が無理をしているように見えて、「大丈夫?」と何度も聞いた。その度に「大丈夫だよ」と彼が言ってくれたので、その言葉を信じた。
いや、信じることにしたのだ。自分に都合よく。
無理をしているのはなんとなくだけど分かっていた。でも、そのことを指摘して、関係が壊れるのが嫌だったから。
そして、その結果――大切な幼馴染みの何かが切れてしまった。
その後、失踪してしまうまでの半年、京子はまともに一成と会話をした記憶がない。
メールも一方通行。待ち伏せして言葉を交わしても、すぐに逃げられてしまう。
その一方で、彼は心地の良い場所を見つけたのか、いままでの一成では考えられない人たちと付き合うようになっていた。
だけど、その時の一成はとても楽しそうで、見たことがないくらい自然に笑っていた。そんな姿を見て、改めて無理をさせてしまっていたんだと思った。
あのままの一成でも、時間さえ経てば仲間が、友人が自然とできていたのだとわかった。
わかってしまったその日、親が心配するほど泣いてしまった。
そして、一成が最も無防備に慕う遠藤友也のことが嫌いになった。
「あんな人たちと付き合わない方がいいよ」
だからだろう、そんなことを言ってしまったことがあった。
だって、毎日のように喧嘩をして、傷だらけだったから。心配だったから。自分と一緒にいて欲しかったから。
悔しさもあって、そんなことを言ってしまった。
その時の一成は、幼馴染みの自分でさえ信じられないほど大きな声を上げて感情的になった。そのことを忘れることは決してできないだろう。
あれほど感情的になれるのだと、初めて知った。特に遠藤友也とその友人のことになると、感情的になりやすかった。
だからこそ、なお更悔しく思ってしまった。
しかし、今は違う。
「私のことを嫌っていてもいいから、ずっと嫌いなままでいいから、どうか無事に戻ってきてください」
志村京子は、何もできずにただ幼馴染みの安否を願うしかできなかった。
今は、それだけしかできないのが何よりも悔しくて、涙が零れた。
これにて第一章が終わり、次回からは第二章になります。
今回、後半は異世界ではなく地球が舞台となりましたが、過去話ではないので-(マイナス)扱いはしません。
第二章もお付き合い頂けると嬉しく思います。