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11 「魔王の思うこと」







「貴方は何を考えている?」


 カーティアはリオーネとストラトスの会話に割り込む様にして疑問の声を上げる。


「何のことかな?」

「誤魔化さないで欲しい。貴方はどうしてそこまで一成のために行動する? 私はずっと疑問に思っていた。貴方は魔王だ、この帝国の王だ。だというのに、敵対した勇者を保護し、今後のことを考えて私たちにわざわざ釘を刺しに来ている」

「確かにそうだね。それで?」

「だから疑問に思う。貴方は一成をどうしたい? 帝国は一成をどうしたいのだ、と。まさかとは思うが、サンディアル王国のように一成を利用するつもりではないだろうな?」


 カーティアは睨むように鋭い視線をリオーネに向ける。

 既にカーティアはいつ剣を抜いてもおかしくない。リオーネの背後でクラリッサも警戒しているが、クラリッサが動かないのはリオーネが手で制しているから。

 さすがにこのままでは不味い。


「……そうだね。いい加減、どこまでも平行しそうだから話そう」

「そうしてもらえると助かる」


 では、どこから話そうかとリオーネは腕を組む。


「そうだな、まず一成の様態から話そう。君たちも気になっているだろう? 長い前置きになるが、良いかな?」


 今度はカーティアだけではなく、ストラトス、キーアの様子も伺うリオーネ。だが、シェイナリウスにはそれをしない。

 そしてカーティアはそれを見逃さなかった。


「私と一成は聖女によって空間に閉じ込められた。その空間は次第に縮んで中にいる者を圧殺する魔術だった。その空間を破るのもその時の私たちには難しく……だが、脱出のきっかけは一成が作った。しかし、対策もしっかりと練られていて、私たちは最上級攻撃魔術の雨に打たれることとになった」


 苦笑してみせるリオーネだが、正直笑えない。苦笑できるのは生きていたからだ。

 現に、カーティアたちは真っ青になっている。

 まさかそれほどの魔術だったとは思っていなかったのだろう。聖女の自信はそこからきていたのか。


「聖女は本気だった。本気で一成もろとも私を殺すつもりだったのだろう、だが結果として私たちは生き残った」


 始めはリオーネが一成を庇い、それがいつの間に逆になっていた。

 それが良かったのか、悪かったのかはわからない。だが、リオーネは余力を残し、一成は瀕死の重傷として生き残った。


「私は魔術を得意としているが、それでも聖女の魔術の発動に気付かなかった。彼女は本当に念には念を入れて、機会を伺っていたんだろうね」


 だから、聖女は私たちを殺したと思った。

 しかし、それは勘違いだ。間違いだったのだ。


「いくら空間の中に閉じ込めるゆえに確認ができなくても、何とかしてするべきだった。現にこうして私たちは生きている。とはいえ、聖女だって馬鹿ではないだろう、何度も実験をしたはずだ。必ず殺すという必殺の魔術だったはずだ。私たちは運が良かっただけかもしれない」

「そ、それで今、兄貴は?」


 痺れを切らしてストラトスが口を挟む。

 心配でしょうがないという感情が誰の目に見てもわかるほどだ。そんなストラトスを安心させるようにリオーネは微笑む。


「元気だよ。完全に……とはいえないのが残念だが、もう戦えるほどに回復しているよ」


 その言葉に、ストラトスだけではない、カーティアたちもホッと息を吐く。


「もっとも、完治していない状態で黒狼を三匹相手にしたと聞いたときはさすがに焦ったけれどね。そのせいで、今もまだ完全に回復していないんだよ」


 まったく、と溜息を吐いてみせる。そして気付く。

 ストラトスたちだけではない、シェイナリウスさえも凍り付いている。

 失敗したとリオーネは悟った。これではまるで自分たちが黒狼と一成を戦わせて傷を負わせたように思われてしまう、と。


「あー、すまない。私たちが少し目を離した間に、街の子供たちと仲良くなったみたいでね。その子供の妹がたった一人で森に行ってしまったということが起きてしまったんだよ。話を聞いてしまった一成は誰にも何も告げずに森へ向かい黒狼と戦った」


 そして屈服させるのだが、そこまでの説明は現状では必要かどうかと悩む。


「それで……兄貴は?」


 悩んでいる内に、ストラトスが一成の安否を尋ねてきた。


「もちろん、無事だ。怪我を負ったけれど、その傷ももう癒えている。森へ入ってしまった子供も一成のおかげで怪我すらしていない。一成が少しでも森へ行くのを躊躇っていたら遅かった可能性が高い、その面では感謝している」


 もちろん、心配はした。だが、一成の行動が少しでも遅かったら、きっとルルは助かっていなかったと思っているのはリオーネだけではない。

 ルルと兄のリューイの両親も一成には感謝しているのだ。例え、父親が先の戦争で傷を負っていたとしても。


「あの馬鹿らしい……」


 カーティアが安心したような、呆れたような声で呟いた。同時に、彼女が纏っていた敵意が散る。


「とりあえずは元気でやっているということでいいのか?」

「うん、ただし……肉体的にと言わせてもらうけれどね」

「……精神的には回復していないと?」


 リオーネは頷く。


「いや、それは分かっていた。一成が一番信頼していたのは聖女だった。その彼女に裏切られたのだから心の傷も深いのだろう」


 今、一成が感じている悲しみや苦しみ、心の痛みが理解できるとは言わない。いや、言えない。だが、変わってあげられるものなら変わってあげたい。カーティアは心からそう思う。

 例えその結果、自身がどれだけ辛い思いをしても、彼が少しでも楽になるのなら構わないとも思う。

 だが、現実にそんなことはできない。彼の悲しみ、苦しみ、痛みは彼だけのものだから。


「そこまで分かっているのなら話は早い。私個人の意見を改めて言わせてもらえば、一成に君たちが会えば依存してしまうかもしれない。いや……正直言ってしまえば、依存しても彼が前に進んでくれるなら良いと思う。だけどね、彼が君たちに会いたがっているのかどうか私は分からないんだよ」

「なッ……」


 それは、どういう意味だ?

 カーティアたちの顔が驚きに染まる。


「こんなことは言いたくない、だけど私は言わなければいけない。一成の口から君たちと会いたいと聞いたことがない。もしかすると、帝国にいるから遠慮しているだけかもしれないね。だけど、私は彼が君たちに会いたいと思えるまでは君たちに会わせたくないんだ」


 そして改めて言う。これはわがままだと、私のわがままだと。

 本当はこんなことを言いたくはなかった。現に、彼等は傷ついた顔をしている。それはそうだろう。会いたいと思って国をでて大陸北部の帝国までやって来たのだ……だが、会いたいと思っている人に会えない。会いたいと思っている人が、同じように会いたいと思ってくれているのかが分からない。

 それは辛いことだと思う。

 リオーネは最初にストラトスたちにキツイことを言った自覚はある。あれも本心だ。しかし、再会させて悪い方に事が進んでしまったら?

 傷つくのは一成だけではない、彼の仲間もまた大きく傷つくのだ。それは避けたい。


「……それでも、会いたいって俺が言ったらどうするんだよ?」


 弱弱しくストラトスが呟いたその言葉に、リオーネは驚いた顔をする。

 ここまで言われても、まだ会いたいか……いや、会いたいに決まっているだろう。

 それでも、


「すまないが、もうしばらく我慢をしてくれないか?」


 こう言うしかないのだ。

 それをどう受け取ったのかはわからない。だが、ストラトスはギュッと拳を握り締める。

 そして、


「それが本当に兄貴のためになるのか?」

「正直に言ってしまうと、わからない。だが、一成が君たちに会いたいと望むのなら必ず合わせることを約束する。それで今は我慢してくれないだろうか?」


 視線を合わせるリオーネとストラトス。

 ストラトスは納得ができていないのだろう。だが、リオーネの目は嘘を吐いているように見えなかった。例え、それが錯覚でも、信じるしかない。


「……わかった。わかりたくないけど、わかった」

「ありがとう」

「お前に、礼なんて言われたくない! 俺は今、頭に血が上っていることくらいわかってる。今の状態で兄貴に会ったって……偉そうなことばかり言ったけど、正直どうするべきが正しいのかはわからない」


 きっとどれも不正解で、正解なのだろう。

 悔しいと思う。所詮、自分は子供なのだと。年齢的にも、精神的にも子供だと。

 兄貴に会いたい、兄貴に会いたいと騒いでも、怒っても、何も解決しない。いや、できない。

 生きていることを確認したくて、その可能性を信じて帝国までやって来た。そして、生きていることを知った。それだけでも満足だというのに、欲が出た。会いたいという欲だ。

 それを押さえられるほど、ストラトスは大人ではないのだから。

 だが、


「でも、それじゃ兄貴のためにならないんだろう? だったら俺はわがままを言うのをやめるよ……もう少し頭を冷やして、その時に兄貴が俺たちに会いたいって思ってくれた時にちゃんとできるように」

「ストラトス……」


 いつのまにか涙を流していたストラトスの肩に、キーアがそっと触れる。優しく、慰めるように。

 キーア自信も辛いのだ。一成のことを兄のように慕っていたのは同じだから。

 ストラトスはキーアの手に、握り締めていた手を開いて乗せる。


「キーア・スリーズ、カーティア・ドレスデン、君たちはどうする?」


 ここで、この質問は卑怯だと思ったが、聞かなければいけない。


「……私も我慢します」

「一成が私たちとの再会を望むまでは我慢しよう。そもそも私は死んだと思って諦めていたんだ、生きているとわかっただけでも十分……ということにしておく」

「判断に感謝する」


 礼を言うリオーネに、ただし、とカーティアは付け加える。

 これだけは頼んでおきたかった。


「貴方から一成に聞いてみてくれないか? 私たちのことを。帝国に来ていることを教えるのか、教えないかは任せる。会いたいか、会いたくないかを聞いて欲しい」

「うん、わかった。約束しよう。彼が会いたいと望むなら、必ず君たちと再会をさせることも一緒に約束する」

「礼を言う」


 カーティアはそう言って頭を下げた。

 もう彼女にリオーネに対する敵意は見られない。内心はどうかわからないが、それでも折り合いをつけたのだ。自分自身の中で。

 そして、折り合いをつけることができたからこそ、話の続きを聞きたかった。


「一成が現在、ある程度回復していることはわかった。私たちも一成の精神面を考えてわがままを言うのをやめよう。では、改めて最初の質問に戻りたい、貴方は一成をどうしたいんだ?」

「そうだね、すべてを話すことは難しい。だけど今話せることもある。それで良いかい?」

「構わない」


 最低限のことでも知っておきたい。

 そう思うのは当たり前だった。

 カーティアの返事に同意するように、ストラトス、キーアも頷く。

 なら話そう。すべてを話すことはできないけれど。


「私は一成と共に帝国を、いや世界を少しでも良くしたいと思っている。現在、人間と異種族は争っているが、まだ帝国ができるもっと前の時代では互いに手を取り合っていた時代があったんだ。私はその時代のようにとはいわないが、人間や異種族といった些細な違いで争うことを終わらせたいと思っている」


 リオーネの言葉に、カーティアたちは呆然とする。

 この魔王はなんと言う無茶を言うのだろう。

 異種族と人間の溝はより深くなる一方だ。ついこの間、目の前の魔王は勇者と戦ったはずだというのに。


「本気か? いや、正気か?」


 カーティアのもっともな問いに、「酷いな」とリオーネは苦笑してみせる。

 そして、


「無論本気だし、正気でもある」


 言い切った。

 自身でも難しいことを言っていることはわかっている。それでも、もう人間と異種族が争っている場合ではないのだから。


「既に一成にはすべてではないが、話をしてある。答えはまだもらっていないし、答えを早く出せと言うつもりもない。だけど、受け入れてくれればすべてを話すつもりだ。そして、君たちにも可能であれば手伝って欲しいと私は思っている」


 さらに驚き目を見開くカーティアたち。

 無茶を言っているとは理解している。

 だが、すべてを話せないのだから、話せることは本心を話そう。それが誠意だと思って話しているのだ。


「驚くのはわかる。難しいという話ではないのも理解できている。しかし、私はもう止めにしたいのだ。人間と異種族が争い、その結果どれだけの者が泣く? 人間だけではない、異種族にも感情はあるんだ。親しいものが傷つけば、亡くなることになれば悲しみ泣くことは当たり前だよ」


 異種族は人間と違い、確かに欲が少ないかもしれない。だが、それでも欲はある。感情がある。

 現在のように人間の敵とされていることを何とかしたいと思う欲もある。

 その一方で、困ったこともあるのも隠せない。


「君たち人間は異種族を人間とは違うように捉えているかもしれないが、それは間違いだよ。確かに種族としては違う。だけどね、異種族の中にも過激な考えを持って、行動している者もいるんだ」

「……それは初耳だ」

「そうだね、特別隠しているつもりはないけれど、知られていないのにこちらから素直に教えるつもりはないからね」


 そしてリオーネは説明を始める。

 大陸北部に住まう異種族の全てが帝国の民ではないということを。中には人間への恨みを、憎しみを消すことができずに、どちらかが滅びるまで戦い続けるという意思を持っている者たちがいるということを。

 また大陸北部以外にも異種族は当たり前だが存在し、そこに住まう種族の一部も人間に強い敵意を抱いていることを。


「もちろん、私たち帝国だって人間に良い思いはあまり持っていないよ。でもね、帝国にだって人間は暮らしている。それ故に、人間という種族に対してどうこう言うつもりはない。しかし、攻撃されれば身を守るのは当たり前だし、攻撃されることがわかっているなら攻撃を封じたいと思うのは当たり前だろう?」


 至極当たり前な意見だった。


「それが分からずに人間の王や貴族、そして宗教者は異種族を敵だという。私たちが何をした? 当たり前に生きているだけだ。だが、それを認めようとしない」

「だから、争いは続くのか?」

「そうだ、ストラトス・アディール。帝国は現状で可能な限り我慢をしている。だが、その我慢にだって限界はあるよ。先ほども言ったけど、異種族の中には人間を滅ぼしたくてしょうがない者もいるんだ。だからこそ、手遅れにならない前に私はこの争いを止めたいんだ」


 争いを止めたい。それは帝国の古くから続く願いであった。

 歴代の魔王たちも何度も争いを止めようとした。だが、上手くいってはいない。

 それぞれの時代に、様々な理由や事情があり上手くいかなかったのだ。

 そしてリオーネは一成と出会った。

 初代魔王の同郷である地球というこの世界ではない場所から来た、異邦人の勇者。

 今までに会ったことのない勇者だった。そして初代魔王のように裏切られた勇者。


「私は、彼となら共に歩めると思った。異種族と交友を深めたいと思っていた勇者であった彼となら。裏切られ傷つきながら、子供のために行動することのできる彼となら、何とかできるかもいしれないと感じたんだ」


 そして、そんな彼と共に歩んだ君たちとも一緒に。


「私はね、直感というものを大事にしているんだ。巫女の血も混ざっているからね。これで私が今、君たちに言えること全部だよ。一成が私と共に歩んでくれるなら、君たちが私と共に歩んでくれるなら、この場で話さなかったことも出し惜しみせずに伝えることを約束しよう」


 気付けば時間はだいぶ経っていた。

 自身でも時が経つのを忘れるほど、真剣だったのだ。


「今すぐに返事をしなくていいよ。一成と再会してからでも構わない。私が見る限り、そのくらいの時間は問題なくあると思うからね」


 それだけ言うと、リオーネはカーティア、ストラトス、キーア、そしてシェイナリウスと改めて向き合う。


「私はもう戻らなければいけない。次に会う時は、君たちが一成と再会する時だと思っている」

「ちょっと待ってくれ!」

「なんだい?」


 去ろうとしたリオーネをストラトスが止める。


「聞いていいか?」

「構わないよ」

「アンタは兄貴と一緒にいるけど、兄貴がアンタに依存することはないのか? 俺たちに依存することを心配なら、アンタに依存したって駄目だろう?」


 ストラトスの問いにリオーネは頷くことで肯定した。

 そう、一成がリオーネに依存してしまっても困る。


「そうだね、私に依存してしまっても良くはない。だけど、彼が私に依存することはないよ」

「どうしてだよ?」

「一応、距離は置いて接しているし、彼自身が私に依存するほど心を開いてくれているわけじゃないからね」


 笑ってみせるリオーネの顔が、ストラトスには少しだけ寂しそうに見えた。





最新話お届けします。

今回は、魔王と元勇者パーティーサイドでした。今回は主人公はお休みです。

そろそろ主人公も前向きに動いていきたいと思っていますが、その前にサンディアル王国サイドも書きたいと思っています。


ご意見、ご感想、ご評価をいただけると、とても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

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