表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の北の鱗魔王様  作者: 尾黒
北の魔王様と人種族
9/23

北の魔王様は怒っている




 かつて、人だったころ。

 お父さんの洗濯物とは別にして、等という心臓が縮みあがるほど悲しい言葉など、娘に言われたことは無かった。

 娘が特別にいい子だとは思わないが、だが、それでも他家の父親たちの悲しみを堪えた愚痴を聞くにつけ、同じように悲しみを覚え、しかし胸を撫で下ろしたことは一度や二度ではない。




--------------

北の魔王様は怒っている

--------------





 ある時、人種族ひとしゅぞくの上層部は、唐突に手の平を返した。魚でいう所の尾びれを返した、というアレである。

 なんと見事な、と、感嘆をこぼしてしまう程度には見事な返しっぷりであった。


 つまり、再びの開戦である。


 魔族領から一斉に人種族たちが引き上げるのを、北以外の領地の者たちは何の感慨もなく見送ったのだそうだ。


 人種族一人一人に対して、さほどの脅威を感じられなかったのだ。魔族領に住まう者たちは、各個様々に能力が高い。脆弱な人種族など敵になりえないと思う者は多かった。勝手にやってきて勝手に帰るのならば、魔族側には止める気など起こりようがない。元々魔族の間でさえ互いに興味を持つことが余り無いのだから。私のように純粋種の人種族に会ったことのないものもいたために、物珍しさはあっただろう。しかし、人族との間に深く関わりを持った魔族はどうやらそう多くなかったようだった。


 私は思う。斥候の役目を果たしたと考えたからこそ、人族はあっと言う間に彼らの世界へ帰っていったのだろうと。恐らくは、人種族側からしてこれまで長い間攻め難いと思われ、実際に難攻不落を続けてきた魔族領に、確かに存在する隙を見つけたのではないだろうか。


 全ての人族が役目を負ってやってきたわけではない。

 本気で商いの道を見出した商人もいただろう。新たな世界を夢見た冒険者もいただろう。人族の世界は、魔族領よりも広く、住み良いと思う者もいれば、その逆を思う者もいただろう。新たな未来をここに見た者たちは確かにいたのだ。それを、人族の中でも少数の貴いとされる者たちの意志で台無しにされたのである、と、私は思う。


 それ故に、私は、怒っている。


 北領に訪れた純粋種の人種族の者たちは、若く勤勉な者が多かった。というのも、『陸でも魚になり隊』が選別を行っていたためである。が、それでも、我が領に栄える技術を学ぼうと、人種族の世界では恐れられている魔族領にその身一つで特攻してくるというのは、並大抵の覚悟ではあるまい。人種族の領地にも職人たちは多くいる。それでも北領を選んでくれた彼らを、領民として大事にしていこうと思っていたのだ。


 陸魚隊りくぎょたいからの報告書から読み取れたのは、そんな領民見習いたちを見送らねばならなかった悔しさ。

 我が領は、最弱魔王である私の影響であるのか、穏やかな気風の地である。もちろん、皆魔族であるのだから多少の血の気の多さはあるし、武闘派もいるし、職人は頑固で殴り合いの話し合いも日常茶飯事であるらしい。だが、魚人は荒れる水も凪の水も知っている。全てを受け入れる冷たい水面は、晴れの日は温かく母のようでもある。水にも陸にも在れる魚人は、人族であろうが魔族であろうが飛び込んでくるものは全て受け入れる。我らは生まれる命を巣立つ時まで皆で育てるのだ。


「皆、まだ巣立つ時期ではありませんでしたのに……息災でいるでしょうか」


 報告書を読み進めている私に、温かいお茶の入った湯のみを用意してくれた赤髪の侍女エレーナは、物憂げに呟いた。

 獣人よりも脆弱な身の人族を、魚人たちは我が子のように案じていた。私は、それがとても嬉しいことであると思う。些か過保護なようでもあるが、魚人の子らは、巣立つまで大事に大事に大人たちがよってたかって面倒を見るものである。それが、領民見習いたちに適用されているだけの事だった。

 突然この厳しい北の領地に現れた新しい命。同じ種族でなくとも、我が北の領民であるのなら、それは北の鱗魔王うろこまおうである私の子なのである。


 この地にひっそりと身を潜め、帰還を拒否した人族も少数いた。彼らは、人の世界に飽き、魔族領で人生を終えるつもりで来た年老いた者たち。何故今更関わり合いもない人の王に従わねばならないのか、自分たちは北の領民で、めいを下せるのは北の魔王のみであるのだ、と、彼らは言う。

 そのように強気な決断をした者たちは、最早、縁のあるものなど居ないというような者たちばかりだ。身内を案じて故郷へと戻っていった若者たちの様子は、揃って皆消沈した様子だったそうである。縁あって我が城に居た者は、目を潤ませながら私の前で頭を下げた。恩を仇で返す事になり申し訳ない、と。

 恩だ仇だと考えずともよい。我が領民は、ただ心安くあればよい。だが私は、いつでも好きな時に帰ってくるようにと伝えるにとどめた。様々な言葉を重ねても、互いに異なる種族であるのにも関わらず心を開いてくれた彼らは、人族と魔族の間で板挟みになるだけなのだから。


 それ故に、私は怒っている。


 我が領地を踏み荒らすというのならば、我が領民らに手を出すというのならば、守るための手段など選びはすまい。

 この世界に馴染む前の心は、人種族への親近感と戦への嫌悪を叫ぶ。けれど、湯のみに揺らめく水面に落ちる魚の影を見れば、私の心は怒りに震え、そして、悲しみに満ちた。


 私は、北領全土にふれを出した。ただ一つのそれは、「そなえよ」、と、それだけの言葉であった。




続>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ