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隣の北の鱗魔王様  作者: 尾黒
北の魔王様とその上司
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北の魔王様と大魔王様




 うろこある姿になる以前の自分を、時折思い出すことがある。


 普段は自らの職務を全うすべく忙しくしている身であるゆえ、彼方にある擦り切れた記憶を気にかけることは無い。

とはいえ、今の自分を形作る根源は、まさしくその以前の自分なのだ。


 魔王と呼ばれようとも、魚となろうとも、私のはじまりは人間である。



 完全に忘れてしまうことなどできはすまい。








 極貧の領地運営のため、予算との戦いを特注の椅子の上で繰り広げていたある日のことである。


 大魔王様より便りが届いた。


 別段珍しいことではないので、いつもどおりに真っ白な封筒のそれを手に取った。


 裏には大魔王様の紋章の押された封蝋(ろうで封をし、自らの紋章を象った印を押したもの。)がある。


 手紙といえば魔力で封がされているものが主流だが、私は抜群に魔力制御が上手くなく、うっかり開封するときに燃やしたり濡らしたりちりにしたりと中身を確認できないことが続いたため、考え出した方法が封蝋であった.



……と、いうのが建前で。



 実は私は、人間だった頃に映画や小説で見て以来、封蝋がされた手紙のやり取りというものにずっと憧れていた。

 前世での私は、まったくアンティークな雰囲気ではなかったために実践してみることができなかった。

 ところが、私自身は魚であるが、現在の仕事場はそういう類のものがとてつもなく似合う雰囲気だったため、ここぞとばかりに職人に自分用と大魔王様用の封蝋セットを作らせ、いろいろと理由をつけて献上したのだ。

 私はとても満足した。

 更には、封蝋をする手順を気に入ったらしい大魔王様が、現在各魔王宛の便りを全てその形式で行っていらっしゃるそうだ。


 大魔王様の気に入り様は、どうも私たちの想像を超えるものであったらしく、時折、彼の方より暑中見舞いのたぐいが送られてくることもあったし、思いつけば「元気か?」と、いったような手紙が届くこともある。


 プライベート用と仕事用で封蝋の印も替えるという新たな技まで身につけた大魔王様は、私以上に封蝋をすることを楽しんでいるらしい。


 嬉しい気持ち半分、少し悔しい気持ち半分という複雑な気持ちである。





 机の上に置いてある、私の鱗でできたペーパーナイフを手に取り、封筒に当てた。


 そこで、視線と手が止まる。


 視界に映った印は、プライベート用の印ではなかった。


 私は急いで封を開けた。





 北の魔王として北領ほくりょうを治める、うろこ持つ魔王。


 あらゆる場面でその存在が軽視されていることを、当人である私は当然、理解している。

 『陸でも魚になり隊』の構成員からの過剰な『愛』は除外するが。



 だが、これは軽視されすぎではなかろうか。



 魔力で私以外には決して視認できないようにされた、大魔王様より賜った『命令書』を読み終えてため息をついた。



 命令書の内容を要約すれば、こうだ。



『人間の一部から宣戦布告されたけど、勢力の接点となるのは西の地で、援軍は東からもらって何とかなるから、北は待機ね。戦の準備とかもしなくていいから。よろしくー!』



 大魔王様、いかようにして考えても、中央をはさんで向かい側に位置する東から援軍を頼むのは無駄であると思われます。南か北に頼んだほうが距離的にも近いのではありますまいか。

 そして、更に言うのであれば我が北領にも、戦地入りしそうな地区があるのですが。


 私がその命令書の内容を読み終わった途端にそれは灰となって消えてしまったのだが、読み返すまでもなく理解した。私は戦力外通告を受けてしまったのだ。2軍落ちか。そうなのか。


 戦などもちろん忌避するものであり、参加せずともよいのであればそれはそれで我が領地、民にとっては良いことなのであろう。


 しかし、私は仮にも『王』を名乗っている。

 その私が、こうしてのんきに構えていていいはずがない。


 自らのためにあつらえられた特別製の椅子がギシリと軋むのを聞きながら、厚い木の机の表面を、トントン、と、中指の先で叩いた。

 すると、執務室の扉が開き、エレーナがこうべを垂れて室内へと入ってきた。

 私はひとつ小さくため息をつくと、エレーナに告げた。


「召集だ。……軍と陸魚隊りくぎょたいの上層部に通達をせよ。いくさだ」


「……かしこまりました」





---------------------------------




 こうも簡単に戦端とは開かれてしまうものなのであろうか。


 私は、いささか現実というものをなめていたようである。


 我らが大魔王様が治める魔王領とて、時には反乱が起きることもある。

 種族同士の諍いが起こることもある。


 魔王領側から何かを仕掛けたわけではない、とは、こちら側の立場の言葉である。

 人間側からしてみれば、こちらから何かをされたがために報復を、ということなのやもしれない。


 とはいえ、それをどうこう言い合う段階はすでに過ぎ、前線では死者も出ているようである。


 私は、この世界で生を受けてから純粋な『人間』には出会ったことが無い。


 魔王領に居る人間は獣人や魔人と混じった者が多く、純粋種の人間を見かけることは少ない。

 大陸に住む人間からすれば、魔王領に住む異型の者たちは、同じ場所に立つ生き物ではないという思いがあるためだ。


 そして、我が領地は音に聞こえた貧乏領地。


 観光スポットも多くはなく、細々と暮らす者達ばかりの領地である。

 若者たちが暮らすには精神的にも厳しいこの土地に、骨を埋めようとする若者は多くない。外から新たにやってくる者たちといえば陸魚隊の者くらいだ。


 そんななかで、純粋種の人間が外交し甲斐の無い我が領地に、わざわざ足を運ぶ理由も無い。


 自領であるのでフォローするとすれば、我が領地の職人たちの腕はとても優れている。

 というのも、どうやら地味な印象の北領には、頑固で昔気質な歴戦の職人たちが好む空気があるらしい。

 それに、時折、珍しい素材(※私の鱗、等)が市場に出ることもある。


 我が領地内での商売に関しては積極的であるし、私への献上の品(※私が使用するに便利な道具、家具、等)が頻繁に届くような心根の良い者たちばかりなのであるが、困ったことに余所者に対しては当たりが厳しい職人ばかり。


 さらに、陸魚隊の研究部が頗る(すこぶる)熱心で新しい道具や素材を開発していることがあるのだが、実際にそれが生かされるのは隊内部の武力底上げについてか、もしくは私の生活水準向上(※鱗の状態維持、等)についてのみ。


 よって、北領の外でそれを知る者は少ない。



 これが北領内のみでの循環ではなく、外側に向けても循環していけば領地も潤いが増すはずであり、そうなれば結構我が領地もイケていると思うのだ。


 が、なにしろ天辺の私がいかんせん『魚』ゆえに、領内の者たちは身を潜めるようにしておるのだろう、と、私は推察している。


 魚な魔王がトップである国の国力など、たかが知れていると思われても仕方あるまい。

 優秀な者達が努力しているにもかかわらず、外へ向けてのアピールができぬとは、なんたる我が身の不甲斐なさよ。



 そして、そうした積み重ねが、戦力外通告を受ける原因なのであろう。


 全ては、私の身から出たさびなのであろう。




「北の方様、『みぎ』でございます」


「ああ、入れ」




 ノックと共に部屋に入ってきたのは、我が側近中の側近、『右』という名の男だった。本名であるのか疑問だが、まあ、あまり深く追求するつもりもない。一応言っておくが、本名だったときに気まずい、と、いう理由からでは無い。

 実は、陸魚隊を設立したのはこの男であり、以前はバリバリの武闘派だったが、何がどうなったのか、今は頭脳派気取りのインテリ眼鏡『魚』男である。


 そう、この男、頭から肩口までがかつおに似た魚の形をしている、半漁人だ。

 目元に眼鏡がちょこんと乗せられている姿は、なにやら可愛らしささえ感じるが、一方、肩から下はかつての名残を残しムキムキのマッチョだ。

 筋肉マニアの西の魔王殿をして、理想と言わしめた肉体を持っている。

 彼の実家はこの北の領地にて長く『魔王』に仕えている貴族だが、彼自身は放浪の末、魔王領に名を轟かす武の者となった。なぜ文官になったのか、私はいまだに理解に苦しむ。


 右 は、私の前に立ち一礼した。

 長い衣の裾から、床に触れるか触れないかのところで揺れる、水色の尾ひれが見えた。


「北の方様、此度の件でございますが……」


「すでに知っていたか」


「はい。我が君に不利益をもたらすようなことがあってはいけないと、常に間者を各地に放っておりますゆえ」


「陸魚隊か」


「間者の自覚無く、ただ単に会誌のために近況報告をしてくれる隊の者もおりますので、選別が難しくはありますが」


「うむ……隊の者のみが購読できる会誌のことだな。……アレに危ない情報を載せるのはどうかと思うぞ」


「隊の円満な運営のためでございます。ああ、そういえば、我が君。隔月連載の『北の魔王様のお言葉』の原稿をまだいただけていないと担当から話がありましたが……」


「……、右よ、北領軍の将軍と、陸魚隊の総長はどうした」


「お話を逸らされましても、締め切りは変わりませんよ。それと、我が北領軍のほうには領内の守護……まあ、現状維持ですね。そのように話を通しておきました。この件に関しまして実働は『隊』の者がいたします。とはいえ、この戦、それほど長引きますまい」


「ほう? 理由は」


「今回の件、どうも、大魔王様の暇つぶし、の、ようでございます」


「……それは全く珍しいことだ。何年ぶりか」


「ここしばらくは、『新たな魔王様方』がいらしたので退屈の虫も息を潜めていたようでございますね」


「『我ら』が大魔王様のお心を慰めて差し上げることができず、このようなことになったということであるな。私が不甲斐ないばかりに領民には不安な思いをさせた」



 大魔王様とは、絶対的な強者を表す言葉であるといってもいい。



 興がのれば魔王領と呼ばれるこの地を、全て灰塵に帰すのも容易い。


 四方の領地に置かれた魔王とは、表向きには各領地を治めるための中間管理職だが、大魔王様という存在を『守る』役割もある。

 守るといっても、大魔王様を傷つけるようなことは容易いことではない。

 ならば、なにを守るのか。


 大魔王様が中央に居られる事を、だ。それも、退屈などせぬように。

 ある意味では、我ら四魔王が、大魔王様を中央に封じているとも言える。


 とはいえ、これは一般的な話ではなく『私』の持論である。もちろん、魔王となったからには与えられた領地を良く治めることは基本中の基本である。……魚の身であるので、確実に成し遂げられているというわけではないが。


 他の魔王殿たちがどういう風に思っているのかは知れぬが、これまでの四魔王の歴史を見る限りでは、おそらくこの考えで大きな間違いはあるまい。


 時に魔王と純粋種の人間との駆け落ちストーリーで大魔王様のお心を愉快に慰め、時に大魔王様に対して魔王が謀反という名の下克上をたくらみ立ち向かい楽しませる。


 大魔王様が、四魔王を蔑ろにしているということは無い。むしろ、心を砕いてくださり、領民たちについても真剣に考えてくださっている。

 だが、それすらも退屈を紛らわせるための児戯のようなものであるのではなかろうか。

 そういう『役』をなさっているだけなのではなかろうか。


 私は常に思考する。

 この世界が箱庭ならば、この魔王領もそうでないなどと誰が言えるのだろうか。


 四魔王とは、中間管理職を兼ねた、大魔王様にとっては人形遊びの駒である、と、私は思っている。





 ゆえに今回の出来事は、我ら四魔王の職務怠慢の結果であるといわれても仕方が無いのだ。


 私がしばし目を閉じ黙り込んでいると、控えめに 右 が声をあげた。


「……いえ、むしろ、我が君はどの魔王様よりもお慰めできていたかと思われます。隊の者からの報告によりますと、『今回の北領、おもしろい!』……と、およろこびであらせられたとのことですよ」


「……私が魚だからか……?」


「そればかりとも限りませぬが。むしろ、魚であることを誇っていただきたく思います。私の立場から言わせてもらえば、ですが」


「そ、そうか……? 人の姿になれぬような中途半端な魔王でもか」


「なにをおっしゃいます! 我が君は素晴らしいお方! 領民はみな、心から我が君に御仕え申し上げているのですよ!」


「そうだった、忘れていた。お前は陸魚隊創設者だったな……。私が不用意だった」


 危ない。このままでは私自身の前で『私』についての自慢話が始まるところだった。

 珍しく魔王らしくシリアスぶっていたが、陸魚隊が絡むとすぐに破綻する。

 特に、この右という男とは長い付き合いであるが、時々どこかにスイッチがあるのではないかと思わせるほどにガラリと人が変わる。


 陸魚隊……、おそろしい団体である。いつか、私自ら解体せねばならぬ時がくるかもしれんな……。


 私が真剣に隊の進退について考え始めたとき、右は、お話を戻しますと、と、自ら軌道修正をはかった。

 最初から真っ直ぐぶれずにそうしてくれていれば私も楽なのだが。

 

 ああ、いや。陸魚隊としてぶれないから常に『こう』なのかもしれんな……。



「ともかく、今回の件については、我が君に置かれましてはお心安くあらせられませ。北領については今回の件、一切手を出されませんよう」


「そうか。お前の言うとおりにしよう。……それで?」


「……は。それで、とは」


 私が肯定を示せば、右はすばやく頭を垂れた。

 が、私はすぐにゆっくりと問い返した。


 今回の件に関しては。



 右が何度か口にした言葉である。


 この男は、時に正直だ。



 私に対してだけは、という注釈がつくが。



「次は何が起こる?」


「……我が君。私どもは、全て貴方様の御為おんためにこの身を捧げる所存。何があろうとも……」



 右が顔を上げずに告げたことは、何も私に知らせてはくれなかった。


 だが、それが深刻さだけを浮き彫りにしているようで……。



 私は深くため息をついた。


 




 私はいつになればゆっくりと人になるための修行ができるのだ。




end


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