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隣の北の鱗魔王様  作者: 尾黒
北の魔王様とゆかいな仲間たち
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北の魔王様と西の魔王様


 私は、魔族領の北をおさめる魔王だ。


 私の以前の感覚では、「魔王」といえば悪の象徴であり、人間種族たちを虐げ、侵略することを喜ぶような偏った感覚の持ち主であるように思っていた。


 だが、実際に私が「魔王」となってわかったことは、私や、その他の領地を治める者には、そのような趣味嗜好を持った「魔王」は居ない、ということだった。


 しかも、今のところ、人間種族の王たちとは大きな軋轢あつれきもなく、偏見や差別やらと戦いながらも数十年前から盛んに外交を重ねている。

 人間種族との外交は私の担当ではない為に詳しく説明もできぬが、相互に利益を得られるようにしつつ、有事の際にはこんなことになっちゃうぞ、というような力も誇示しつつ……な、絶妙なバランスで交流しているそうである。

 互いの領地に属さぬ、中立と定められた島(人間領、魔族領、互いの陸地から視認できる程度の距離に島はある。)が最も隣接する場所がある西の魔王が外交を一手に引き受けている。西の領地を治めながら、外交官のような役目を兼任しているのだ。

 実は、その最も隣接する島は北側にも近く、西でも北でも、どちらの魔王が外交の任についてもかまわない程度の差である。


 が、私は、音に聞こえた「最弱魔王」。


 そのために、力の誇示など出来ようはずもなく、友好的な関係を築こうとしているところに「鱗魔王うろこまおう」と呼ばれる見た目で相対されても、偏見や侮蔑の対象となるだろうことは明白である。


 友好的な関係を築こうとしているとはいえ、人間種族の王たちに見縊みくびられてもうまくない。


 私の存在は華麗になかったことにされ、外交役の話など耳にすることもなく、自然に、あるがままに、西の魔王がその任に付いたのだった。


 我が腹心たちは中央からないがしろにされたようなその所業に憤慨していたが、自領の内政で手一杯で、ほかの事に手を回すなど出来もしないと思っていた私にとっては、まさに渡りに船。

 大魔王様の采配に感謝したものだ。


 しかし、そこで気が付いたことがある。


 大きな戦などが無いことは、とてもいいことである。我が領民たちにとっても、彼らを守る私にとっても。



 けれど、そうか、魔族と人間種族との戦いがないのだとすれば。


 『勇者』には会えないのか。


 伝説の武器だとか、神に選ばれた神子だとか、そういったファンタジーにまみえることは出来ないのか。



 我が城の執務室の外、私のためにあつらえられた、すこぶる日当たりの良い空中庭園のプールに足を浸しながら、そっとため息をついた。

 思ったよりも哀愁をはらんだため息が、日の光をきらきらと反射する宝石のような鱗(他称)の上を滑り落ちていった。



 私の呟きを聞いたエレーナが、「伝説の武器はありますし、神子もいますよ」と、慰めるように教えてくれたのはその直後のことである。



--------------


 我ら各領地を守る魔王が、数日の間中央へと集まる事となっている日。

 南の魔王殿が寝坊して若干の遅れが出たが、概ねいつものごとくに各魔王の大魔王様への謁見は終了した。

 とはいえ、これから何度か大魔王様、各領地の魔王合わせての会合という名の食事会というか飲み会を繰り返すのだが、とまれ、重大な職務は終了したこととなる。


 大魔王様へ個人的な報告を済ませた私は、広大な敷地を誇る中央の王城の庭を散策していた。

 ここでは私に声をかけてくるものなどほとんどおらぬため、ゆっくりと散策が楽しめるのだ。

 『魔王』である私に声をかけるなど不敬であるとしつけられているものたちばかりであるし、わざわざ危険を冒してまで半端者である私に声をかけるものなどいない。

 ゆえに、私に声をかけるものといえば、魔王の地位にある者と同等以上の力を持つものだけなのである。




「お。そこ行くのは北の。久しぶりじゃねぇの。今日も相変わらず魚だなぁ、おい」




 そんな場所で声をかけられ、足を止めて振り向けば、その先に、片手を上げて近づいてくる西の領地を守る男がいた。

 大雑把にくくれば、私の同僚ということになるであろうその男は、かつて人間だったころの私の感覚でいけば、見た目には30前後といった風体の獣人だ。

 もちろん、魚人ではなく、誰もが想像するであろう半獣である。

 彼の白とも見える白銀の髪の間からは、ヘラジカ(幅の広い大きな角を持つ鹿)のような大きな角が生えている。

 『西の魔王』、または『西の方』と呼ばれる彼は、鹿の種の獣人であった。


 獣人同士であるためか、西の魔王殿には声をかけてもらうことが多い。

 他の魔王殿たちは種族が異なるが故にか、時折話がかみ合わない事がある。

 それはただ単に、性格やらなにやらの方向性の違い故である、と、他の者たちは言う。


「これはこれは、西の。確かに久しい。見苦しくてすまぬな。魔力の循環の操作が上達せず、この姿以外をさらすことは、いまだかなわぬ」


「よくそれで魔王をつとめられるもんだ。オレを見ろ、オレを。素晴らしいだろう、この無駄のない筋肉! また胸囲が増えたんだ!」


「あいも変わらず、すばらしい筋肉であるな。私もはやくそのように人型になりたいものよ」


 西の魔王である彼は、豊かな森の恵みあふれる領地で暮らす王である。


 獣の姿であれば、並みの獣の体躯の数倍にもなる白銀の牡鹿が彼の正体であった。


 大地を踏みしめる四肢は強く、どんな場所でも疲れを知らずに駆ける。

 それに輪をかけた強度を誇るのが、幾度も血を浴び真白とは言いがたい深い色となった、雄々しい角である。

 幾度か生え変わった後、天に向かって両手を伸ばすかのように広がる角は、折れるということを知らぬ頑強さでもって、彼を王にふさわしい姿としている。

 肉食の獣ではないはずであるのに、誰もが彼の前に身を投げ出し平伏さんとする。

 何度も彼の獣の姿を目にしたわけではないが、今でもはっきりと思い出されるその美しさと恐ろしささえ感じる覇気に、感嘆のため息をついたものだ。


 しかし、彼がひとたび人の姿を取れば、雰囲気は一変する。


 白銀の毛皮は曲がることを知らぬようにさらりと真っ直ぐに伸び、肩口で切りそろえられた髪へ。小山のように大きい体躯は人の体にふさわしく、しかしそれでも180cmはあろうかという青年の姿へと変わる。

 以前人間であったころ、娘が愛用していたブラウン系の色合いのカラーコンタクト。そんな瞳の彼は、どこかアジア系な雰囲気漂う、白皙の美青年だ。


 しかし、残念なことに、黙っていれば体格のいい優しげな爽やか系美青年である彼は、口を開けば粗暴な物言いの、自らの肉体を鍛えることに余念がない、マゾな鍛え方もなんのその、な、筋肉マニア。


 台無しである。


 それが、西の魔王。


 とはいえ、彼の魔王としての実力や功績は、そのようなことで霞むようなものではない。

 それに、私と違い、獣人として恥じぬ半獣半人の姿をとれているのだ。

 それだけも、私にとっては賞賛に値する。

 彼の身をつつむ装束は、すばらしい意匠のこらされたものだった。彼の背を覆うマント、さらに軍服のような服のすそには、銀糸で魔力を隅々まで行き渡らせるための刺繍がほどこされている。

 彼の強い足を守るブーツも、地を蹴る力に負けぬように金属で補強されているのだが、それも魔術を施されているのか、美しい文様が波紋のように広がっている。


 一方、今の私は、私の鱗を使用した防具(下駄・王冠)のみ。

 防御力に関して言えば、実は意外に高いそれらを身につけてはいるのだが。


 じっと、見目良い西の魔王殿を、見つめる。


 ……うらやましい。


 そんなことを思いながら羨望のまなざしを向けていると、彼は後退って呻いた。

 魚類の目は時々怖い、などと言われることがあるが、彼がそんなものに怯える筈もない。

 いかがした、と、問いかけてみれば決まり悪げに眉を顰めた。


「……まあ、なんだ。そう、真っ直ぐ褒められると、腹の中がムズムズするじゃねーかよ」


「自分に無いものを持ち、それを素晴らしいと思うならば賞賛するのは当然であろう」


 マゾだの筋肉マニアだのとも考えてはいたが、彼を尊敬に値する者であると思っているのは事実だった。

 彼は、私にないものを持っているのだから。それはもう、いろいろなものを。


 私の、心からの言葉に、西の魔王殿は苦笑した。


「あいかわらず謙虚っつうか、弱気っつうか素直っつうか……。まあ、無理にオレのような筋肉マジスゲェ身体を目指さなくてもいいだろ。種族も違うしな。お前はそれでいいんじゃねぇの? 別に困らねぇんだろ?」


 弱気なのは、自分の力の無さを理解しているがゆえ。否定することも無い。

 ちなみに、彼の筋肉自画自賛発言はいつもの事であるので、無視でかまわない。

 無視されたとて、彼がそれを気にすることも無い。


 私は、彼の言葉にかぶりを振った。


「いや、それが困る事の方が多く、自らの未熟さを日々思い知らされるのだ」


 普段書類にサインしたりする、執務のための机と椅子。それは、職人に特別に作らせたもので、悲しい仕様になっている。

 私の姿がこのような姿であるばかりに、尾が普通の椅子に座るには邪魔で、まともに座れない。

 それは、以前から知られていたことであったし、私も重々承知している事柄であった。

 それまでは、背もたれのない椅子に座るなどしていたのだが、さすがに書き物の仕事が増えてくるとできれば背もたれが欲しくなった。


 そこで、背もたれに大きな穴を開けさせた。

 そこに尾を挿しいれて、椅子の後ろに出すようにしたのだ。

 椅子を大きく引いて、尾を穴に通し後退してフィットさせ腰掛ける、という、若干面倒な仕様となったが、まあ仕方があるまい。そうして、私は実際にその椅子を使用してみた。


 その後発覚した問題点。


 書き物をしている間は、背もたれにもたれる必要がないために気がつかなかったのだが、実際に背にもたれようとすると、尾の付け根が椅子の角につっかえて微妙に背を背もたれに預けられない。

 

 それがわかったその日、私は、仕事で疲れるたびに机に突っ伏して休むこととなった。

 私も大人だ。別に、不貞腐れたわけではないということをここに記しておきたいと思う。


 エレーナの前の付き人が、茶を持って入室した際、その姿を見て具合が悪いと勘違いをし悲鳴を上げたのは今でもよく覚えている。


 私が未熟であるがゆえの弊害は、様々なところで発覚する。

 早く人の姿になりたいものだ。


 ちなみに、その椅子、最初に椅子を製作してもらった職人が、現在鋭意改造中である。



「魔王に選ばれ、今尚その席を温めているお前だ。元は悪くないはずなんだがな。なんで上達しねぇんだろうなぁ?」


 西の魔王殿の、当然の疑問に、私はそっと視線を床に落とした。

 私の裸足の足に、赤い鼻緒がよく映えているのが見えた。

 しばしの沈黙の後、私は、声を絞り出した。


「……この姿のままでいて欲しがっている『隊』の者や、城仕えの者どもが、……修練の邪魔を……して……」


「……お前……。そうか、ヤツラか……」


 ここで、普段から豪放磊落な西の魔王が言葉を詰まらせるほどに、私は憐れなのであろうな。

 哀れんだ眼差しで見つめられているのだから。

 『陸でも魚になり隊』の活動に関しては、広く魔族領に知られている。西の魔王とて例外ではなく、ゆえに、想像がついたのであろう。

 私がどのような扱いを受けているのかを。


 邪魔するものたちに悪意はないゆえに、私もあまり無碍にできないのだ。


 領民たちを守るのが私の役目である。

 そして、私が人の姿になりたいと思うのは、魔王としての責務を果たすためであり、逸れすなわち、我が領民たちを守るためなのである。

 だから、領民たちを傷つけることもできぬし、領民たちの望みを蔑ろにもできない。

 私も、隠れて修練しようとするのだが、彼らは私を暗殺でもするつもりなのかというほどにどこからともなく現れて、邪魔をされてしまう。

 邪魔をされてしまえば、抵抗もすることができずに、諦めるしかない。

 人の姿になるのは、手段であり、目的ではない。


 私は、北の領地の民を守るための、北の魔王なのだから。


 いや、しかし、人間の姿にはなりたい。

 手段ではないが、私の最終的な目標ではあるのだから。

 私のこの葛藤は、いつまで続くのであろうか。


 私が余りに意気消沈している様子だったのだろうか。

 西の魔王が、なにやら決心したのか、よし、と頷いた。

 さらりと揺れた白銀の髪が、光を反射してきらめいていた。


「いや、わかった。ここに居る間は、オレがその魔力循環の練習の手伝いしてやっから、そう肩を落とすんじゃねぇ。魔王だろ!」


 男の子でしょ! の、類語のように言い放たれた、魔王だろ、の言葉に、私は沈黙した。

 魔王だからといって、私の本質は変わることはない。

 至らぬ領主と日々反省しきりな『魔王』の私。


 だが、この西の魔王。

 筋肉マニア、獣の姿になれば角を振りかざして最前線で特攻を繰り返し、その雄々しい角を鮮血に染めあげ、一対一のガチンコ勝負を好むおとこであるのだが。


 実は魔法の使い手として最高峰の位を持っている。


 そう、彼は、魔法使い(超すごい)なのである。


 鹿の獣人は、森の賢者と呼ばれ、深い叡智と膨大な魔力を持つ、まあ、本来ならば繁殖期以外は草を食み穏やかに暮らす、バリバリの草食系の種族だ。


 西の魔王だけが、若干外れた存在なのだ。


 とはいえ、すばらしい魔法の使い手である彼に教わることができれば、私も魔力の扱いが上達するやもしれぬ。

 私は、俄かにやる気があふれてきたのを感じた。

 もっと早くに彼に相談していればよかったのかもしれぬな。

 まあ、魔王という存在が、他者に教えを請うなどということがあまり褒められたことではないことなど、知っている。

 だが私の評判など地を這っているのだ、いまさら、それがさらに地下に沈もうが関係あるまい。


 私は、黒目がちの瞳を西の魔王殿に向け、頼む、と告げた。


「西の……。相変わらず面倒見の良いことだな。だが、助かる。早速夕餉の後にでも……」



「ご歓談中、失礼致します。北の方様。夕餉の後は側近の『みぎ』様と水魔鏡みずまきょうにてお話し合いのご予定が入っております」


「え、エレーナ……」


 私と西の魔王は、そろって振り向いた。

 その視線の先には、膝をつき叩頭している我が領民の一人、私の側付であるエレーナ。

 そして、彼女は、『隊』の間者である。


 私と、西の魔王の口元が引きつった。

 実際は、私の口元は、魚であるためにあまり動くことはなかったのであるが。


「おそらく、お時間がかかると思われますので、お忙しい西の方様のお時間をさいてまでお待ちいただくことはなさらぬほうが良ろしいかと……」


「……」

「……」


 それは、「修練なんてしてる暇無いからな、というか、させないからな」という、こと、で、あろう、な……。


 おそらく、今の私の瞳は濁っているだろう。間違いない。


「……じゃあ、今度にすっか。な? ……あー。なんつうか、その、……頑張れ! 北の!」


「……もはや、何も頑張れぬ……」


 場の雰囲気を明るくするためだろう、ことさら明るい口調でそう言った西の魔王殿に、私は、暗い声音で答えることしかできなんだ。


 エレーナに促されるまま西の魔王殿から早急に引き離された私は、その後、『隊』で「危険人物」認定をされたらしき西の魔王殿と、顔を合わせることが格段に難しくなった。


 私の唯一の友人とも呼べる者と、まさかこのようなことで引き離されることとなろうとは。


 後日、西の魔王殿から、「がんばれ、負けんな!」と書かれた手紙と共に、森でとれたらしき木の実や果物が送られてきた。


 私の、人化への道のりは、いまだ遠い。



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