北の魔王様、知らぬ間に二つ名の募集を開始されている ~とある西領の住民が北領に向かうにいたった訳~
西領に住んでいる男性住民が、だんだん感化されている様を書いた短編。
北領を治める魔王は、一躍有名魚となった魚人の魔王だ。
見た目はほぼ魚の魔王。
全く生臭くはないそうで、むしろ、なにやらちょっと甘くて清々しい香りがするらしい。
どんなだ。見当がつかない。
あの戦が起こる前は、四魔王中最弱、なんならそこらの子どもにも負けるのではなどと噂されるほどの魔王だった。
悪い意味での様々な二つ名をほしいままにしていたその北の魔王は、近頃別の二つ名を募集しているそうなのだ。
二つ名を募集、というのもおかしな話で、聞いたことのない試みである。
北の魔王本魚が募集しているのかと思えば、なんてことはない。北の魔王強火親衛隊と名高い、陸魚隊からの発信であるとのことだった。
陸魚隊というのは何とも不可思議な団体だ。どのような活動をしているのか疑問であったが、最近一般向けに公開されるようになった陸魚隊の広報誌から、陸魚隊がどんな方向性で活動しているのかが薄っすらとわかるようになった。
面白かった。北領に遊びに行ってみたいと思わせる観光ガイドが付属していたのが魅力的だった。
そして、隊員数もすこぶる多いうえに、行われる活動も、隊の存在意義すらも全てが北の魔王の為というのであるから凄い。
純粋に北の魔王が領地を大事にしているため、広く民に慕われているということでもある。
魔王とは、もっと勝手気ままに生きているものだと思っていただけに、陸魚隊が広報誌で伝えてくれる北の魔王本魚の振る舞いはなんだか心に響いた。
そんなふうに、北の領地に興味を持つ者たちが増え始めた今、北の魔王大好き隊が募集している北の魔王の二つ名。
気になっちゃう。
特装版一般向け広報誌に応募用紙が織り込まれていると噂になり、あっという間に予定数量を超え、手に入らなくなってしまった。
何とか伝手を頼って手に入れてみれば、応募用紙には北の魔王の近影が色鮮やかに印刷されており、募集要項や締め切りなど事細かに記載がある。
本格的すぎる。
用紙に必要事項をすべて記入したうえで、用紙の右下の魔法文字を魔力をこめてタップすると応募完了。
応募用紙が消滅することはせず、応募が完了したことが分かるように、魔法文字部分が消え、北の魔王の姿をデフォルメした印が浮かび上がる仕組みだ。
結構費用かかってると思われる。
ちなみに、今回募集された二つ名は、『おっきい北の魔王様』に対するものである。
なるほど、なるほど。それは必要かもしれない。
これまでは魚の姿に対するものや、その弱さに対する二つ名しかなかったのだから、確かに必要。
北の魔王(大)、なんていう趣の欠片もない二つ名はふさわしくあるまい。
おっきい北の魔王、も、悪くはないが、もうちょっとこう、何かしらあるだろう。
応募用紙を眺め、特装版の誌面を読み込んで、めくりすぎて端の方がちょっともにゃもにゃになってしまっている北領の観光ガイドを再度熟読して、ペンを手に取った。置いた。応募用紙を上から下まで眺めて、ペンをとり、また置いて、空を窓から眺めて、またペンを持って。
いや、難しいな……???
大魚……、巨魚……、違うな。まって、もっと、いいものがあるはず。
だって、北の魔王様が大きいんだぞ。
空も飛ぶんだぞ。
大……巨……飛……
みんなどんな二つ名を考えてるんだ? 知りたい。
思いつかない。
でも参加したい。絶対に参加したいんだ、この大波に。
ペンを手にとり、意を決して、力強く書いた。
『出世魚魔王様』
あぁーーーーっ! 語彙力! 来い! 語彙力よ降臨しろ!!!
泣きながら魔法文字に魔力を込めた。
参加することに意義があるよな、と自身に言い聞かせながら。
浮かび上がる北の魔王様の印。
暫し応募用紙だったものを見つめた。
どんな二つ名が集まっているのだろうか。
気になって仕方がない。
きっと、北の魔王様にぴったりのものがあるんだろうな。
……うん。
応募用紙と、特装版広報誌、そして、観光ガイドをまとめて掴んで立ち上がると、足早にリビングに向かった。
「かあちゃん! ちょっと北領まで行ってくるわ」
「え、かあちゃんも行きたいんですけど」
ソファに座って何やら真剣に見ていた誌面から顔を上げた、自身にそっくりの銀色の毛並みの狼獣人が言った。その手には、同じ応募用紙が握られていた。
こうして、西領から北領に向かうこととなった。
まさかかーちゃんと一緒に行くことになるとは思わなかったが。
最後に。
かーちゃんの応募した二つ名は、『呑舟魔王、北ちゃん』だそうだ。我が母ながらえげつねぇセンスであった。
終




