北領の魔王と世界の事1-2(end)
私は、魚人としての目覚めが遅かった。というよりも、魚だということを理解しても、人としての心がそれを受け入れなかった。
よって、通常ならば成人とされる年齢を過ぎても、浅瀬をうろついていた。
両親は、そんな私をなんとか守ろうと骨を折ってくれたのだが、いかんせん、人としての意識が強かった私は、魚である自分に慣れるという事が難しかった。
まずそこから始まるのであるから、次の段階に進むことが出来ない。
さらに言うなら、以前の世界には無かった『魔力』という概念。これがまた本当に理解できなかった。
フォースや魔法学校などといった、不思議な力を題材にした映画は、娘と共によく鑑賞していたため好きな部類だ。だが、いかんせん、信じてはいなかった。あくまで娯楽の想像の産物であったのだ。
だから、「魔力の流れを感じて」だの「水の力を取り込むんだ」だの言われてもわかるはずも無い。
早く父母のように、他の魚人たちのように、水から飛び出し人のように暮らしたい。
いや、完全なる人間にはなり得ぬが、人として暮らしたい。
そんな気持ちだけが先走り焦りを生み、自分やこの世界の不思議を認められずに魚のままで過ごし続けた。
獣人の中でも、魚人は比較的寿命が長い。
ゆえに、時間はたっぷりある。
しかし、弟や妹が陸へと上がっていくのを指をくわえて(指は無いが)眺めること数十年。
両親もさすがにもう一人で生きていけるね、と、さじを投げた頃。
もう、このまま普通の魚として生きていき、いつか釣り人に捕らえられて食卓を彩る食材となっても仕方がないのではなかろうか。
そう思ったときに、私はついに自分自身を、『魚』であるということを認めたのだった。
その日から急速に私の成長が始まり、数日後には魚なのに人間のような足が生えた。
両親は喜んでくれたが、私は微妙な気持ちで自分の足を見下ろしたものだ。
魚に足って、蛙と違うんだから、もうちょっとこう……。
ここは、空気を読んで網タイツを履くべきか?
一応述べておくが、私の姿はアロワナ系の、体長の長い魚だ。鯛系ではない。
そして、その時点でも私は魔力をあまり理解していなかった。それが、この魚人としての歪な変化につながったようである。
ここで、ひとつ言っておかねばならないことがある。
魚の姿に足だけ生えているという、中途半端な状態。
これは魚人としては珍しい現象である。
先に述べた、『人魚=マーメイド』のような、下半身が魚で上半身が人間のような姿を経て、やがて下半身も人間の姿に変化させる、というのが一般的だ。水中と、陸上の空気の取り入れ方の違いを少しずつ学ぶためなのだろう。
人の姿になっても、魚人であるという特徴(鱗の浮いた肌や、ひれのような耳など、固体によって様々特徴がある。)がどうしても残ってしまう他は、二本の足で陸に立ち、両手で物を作り出せる人間と同じ状態となる。
とはいえ、私のような姿をした魚人がまったくいないわけではない。
自らが海に属する『魚』であることに誇りを持ち、水中に長く在れないことを悔しく思う魚人たちがいる。彼らは、陸上にいても『魚』であることを忘れぬため、『人』の部分を最小限に抑え、自己表現のために今の私のような姿を気合で保っているのだ。
私が魔王の地位について以降、彼らの士気が上がり、以前は魔族領全土に散らばって布教活動をしていたようだが、『北の魔王領』に集結し、どうも勢力を拡大しているようだ。うっかり妖しい新興宗教団体になりかけているため、何とかせねばならないと思っている。
実は、私が魔王となった経緯に彼らの団体が少なからず関わっているのだ。北の領地は、魚人の勢力が比較的強い地域であったからよかったのか、いや、むしろ悪かったのか……。私のような未熟で力の無い魚人が魔王になれたのは、実力云々ではないのだ。
私が魚に手足が生えた状態でいるのは、ただ単に魔力をうまくコントロールできず歪み、正常に変化をすることが出来ないだけなのであるが、彼ら『陸でも魚になり隊』の構成員は、獣人としてもって生まれた魔力を無駄に上手く利用して、姿を変化させて過ごしている。
すべてを『無駄』と言い切ってしまうには彼らは真剣すぎて、私も戸惑ってしまうのだが、領主としてあえて言おう。
無駄な魔力を使う暇があるならば、領地のために力をつくしてくれ。つくしてくれていないとは言わぬが、もうちょっと方向性を何とかしてほしいと思うのは我が侭であろうか。
『陸でも魚になり隊』の幹部のうち数人は、自ら進んで私の下で働いてくれている。
常に姿を保つために培われた魔力量もさることながら、その扱いも上手い者が多く、しかも、各地を転々として布教活動をしていたために体力や身を守る武力に長けた者達ばかりである。
すこぶる優秀な臣下となってくれているというのは、否定の仕様も無い。
だが。
だからといって「魔王様はそのままのお姿が一番素敵でいらっしゃいますから、魔力制御の修行など必要ありません!」「魔王様の鱗、とっても素敵です。いつまでも眺めていたいです!」なんぞと頬を染めて言いながら、私の『人間になりたい計画』を邪魔するのはやめてほしい。
私だって、魔王が一堂に会する中央での会議に、できれば西の魔王殿のようにそれっぽい黒いマントを羽織って行ってみたい。 東の魔王殿のように、さまになる剣を帯刀してみたい。 南の魔王殿のように、にっこりと笑ってみたい。
私だけ妙に水場の近くに部屋を移されたり、釣り好きだという大魔王様の右腕の魔人に、獲物を見るようなギラついた目で見つめられたり、大魔王の城にいる人型の獣人の侍女たちから「意外に生臭くないんだー」と陰口を叩かれたり、そういう扱いをされないようになり隊。いや、なり鯛。……違う、……なりたい。
だが、今の私ではそのいずれも、叶えることの出来ないただの夢。
ビチビチといきのいい、足と腕の生えた魚たちが忙しそうに立ち働いているのを濁った目で眺め、深くため息をつく。
確か、先代の北の魔王がおさめていたころは、このような者たちばかりではなかった気がするし、もっとおどろおどろしい城内だった気がする。
魔王の城って、こういう竜宮城のようなものでいいのだったか? と疑問に思いつつ、臣下たちに見つからないようにこっそりと魔力制御の修行をするための計画を、今日も性懲りも無く練っている。
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空の支配者が東を、森の支配者が西を、炎の支配者が南を、水の支配者が北をおさめよ。
これは命令ではない。予言である。
空の支配者は翼を持ち、森の支配者は大地を駆ける四肢を持ち、炎の支配者は炎の中で生まれ、水の支配者は水の中で生まれる。
『禁書 魔族王の予言の書 初代 第2節 一部抜粋』




