北の魔王様は光り輝く世界を見る
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北の魔王様は光り輝く世界を見る
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幾度かの朝と昼と夜を浅瀬で過ごした。
久しぶりに長く海水に浸かっていたが、心地の良いものである。
妹が時折顔を見せてくれ、そろそろ子どもたちが外に出てきそうであるとか世間話をしていってくれた。
妹と同じように近くの浅瀬で魚玉が孵るのを待っていた親たちがあいさつに来てくれもしたので、退屈なことはなかった。
太陽の光を浴び、月の光を浴び、国内の様子を国民たちから直接聞き。
有意義な時間を過ごせた。
そして、これらの行為により何か変わったかと言われれば、海の中に別荘を置いてはどうだろうかという陸魚隊の進言を少々前向きに考えようかという気持ちになったことくらいである。
あとは、海水と真水の境目で泳いだり、生まれたばかりの仔魚らとゆっくり泳いだりなどと近年稀にみる穏やかな楽しさで、帰りたくない気持ちも少々。
……いかん、魚側に振りきれそうになっている。
一度陸地へ上がるか。
魚玉らと同じように太陽の光も月の光も浴びたというのに、自身に何か変化があったようには感じない。
あの通説は間違っているのであろうか。
それとも、魚玉や幼体には二つの光が必要だが、大人になってからは不要……もとい、何らかの効果も無いということなのか。
もしもそうであるのなら、魚たちは世界の外へ行ける唯一の……
「あら、魔王の兄様、なんだか鱗が光り輝いているわよ。昼だからわかりにくいけど、ピッカピカね。どうしちゃったの?」
「そっちかぁ……」
変化そっちか……そうか……そうであるか……。
その日私は、日が落ちて一人エレクトリカルなパレードになる前に、一度城へ戻ることにしたのである。
城に戻るなり、最側近である『右』が感激のあまり号泣していた。
鱗が放つ光は、城内へ入ると月の光のように穏やかになったがやはり一人パレード状態。
とはいえ、魔力のようなものも感じぬ光で、なぜ光っているのか皆目見当もつかない。
『鱗ツヤピカクリーム』開発者が悔し気にハンカチを噛んでいるのが遠目に見えた。
落ち着け、お前の作ったクリームは傷んだ鱗によく効く。自信を持て。妬むな。
そして、まだ我が城に滞在していた西の魔王が、顔を合わせるなり爆笑である。
一度自領へ戻っている『南の』と『東の』にすぐさま映像付きで連絡をするものだから、一応苦言を呈した。
光ったままで。
すぐ戻ります!これは『北の』が面白……心配だからですよ! と、自領に戻ってすぐに取って返すと言いだす『南の』を映像越しに宥める。
光ったままで。
じゃあ、こっちも何もないからそっちに戻るわ、と、田舎に帰省したが地元で遊ぶところも遊び相手も無く早めに帰省を終了させる若者のようなことを言い出す『東の』を映像越しに宥める。
光ったままで。
え、これはいつおさまるのだ? ずっと光ったまま? 困る、困るぞ。明るくて眠り難い上に、集魚灯になってしまう。
……そういえば、浅瀬での光浴を終えて陸に上がる前、仔魚たちや普通の魚がいつになく寄ってくるなと思っていたのだが、これのせいか。
魔王としての格でも上がったかとちょっと期待しておったのだが、そうか、違ったか……集魚灯だったか……。
光はおさまらないが、南と東との通信が終わり、号泣していた『右』がやっと落ち着いたので、先日疑いを持ってしまったことについて聞くことにした。
そう、陸でも魚になり隊が何も言ってこなかったのは、「人型になりたい」と言わなかったからではないか、というアレである。
「人になるよりも、こう……、魚体の雰囲気が残りそうな分、龍の方がまだしも救われると思いましたので、龍になりに滝に行こうぜ! と盛り上がっていらっしゃる魔王様方のお邪魔をしないように黙しておりました」
やはりか。
陸魚隊、説教確定である。
「こっわ! 陸魚隊、 怖!! 陸魚隊はやっぱりやべぇ組織だ!」
『西の』 はそう言ったが、 私は、 怖いというよりも、悲しい気持ちでいっぱいだ。
魚っぽい龍はセーフで人型はアウトであると。
それほどまでに私を魚のままにしておきたいのか、 陸魚隊。
滝をのぼったとて、龍にも人にも成れない可能性の方が高い。
それほどまでに私は弱く、魔力に乏しい。
最弱と謗られる私を魔王として頂いている我が北領の民が哀れである。
だから、何としても人の形をとり、多少なりとも対外的な強さを示さねばならないのだ。
それなのに、その北領の民が、私を弱いままでいろという。
まさしく死んだ魚の目をしていたのだろう。
『右』が私の前に膝をついて、その魚眼で私を見上げた。
「我らが北の魔王様。あなたは我ら魚人の希望なのです。魚でも人でも、隠れ住まなくともよいのだと思い出させてくださった、光り輝く道しるべなのです。差し当たって光り輝く鱗が剥がれ落ちましたら一枚祭壇に飾らせていただきたく思います」
「平素より変わらぬ発言、すがすがしいな」
もう何もかもがどうでもよくなってくるほどの欲望ごり押しの発言に、私の魚眼も平常通りの輝きに戻った。
もうよい。
いつも通り私は私の望みを叶えるために、無駄かもしれぬ努力をするのだ。
人になるために。
滝のぼり。
やってやろうではないか。
人になるために。
そんな決意に拳を固める私の心に連動しているわけではないが、鱗の光は、未だあたりを照らしていた。
続く