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隣の北の鱗魔王様  作者: 尾黒
北の魔王様と人種族
14/23

北の魔王様は太陽と月を思い出す

 これが盛大なドッキリ番組の中の一幕なのだとしたら、よくできているものだと言わざるを得ない。

 これが現実であるというのなら、脱帽だ。かつての思い出を削り出すように現れた事実は、こんなにも心を抉る。



———————————


北の魔王様は太陽と月を思い出す


———————————






 北の魔王城は、凪いだ水面のようであった数刻前とは異なり、細波が広がっていた。

 それは先の南の魔王の言葉によるものである。

 脳筋西の魔王はワクワク顔でいつ行く? 今行くのか? と背後に立ってツンツンと背中を突いてくる。武闘派の突きは遊びでも痛いのでやめて欲しい。

 元凶南の魔王は熱い茶を淹れなおせと我が城の者に言いつけている。つまりもう後は任せたという事。

 体躯の大きさの割になかなかに存在感の薄い東の魔王は、武器の目録を見たいと駄々をこねている。飽きたのか、『東の』よ。稚魚ですらもう少し集中力があるぞ。

 そして、自身はといえば。


「滝? 滝を登る? あの滝を?」


 我が領地の観光資源の一つである件の滝は、ひとたび滝壺の水流に巻き込まれれば二度と出られぬという程の水量が落水している滝だ。

 魚人ですら滝壺に潜るのを忌避するというのに、登れとは……?

 殺意が大きい。


「み、『右』よ、あの滝について何か分かるか」


「は。あの滝は我が君が観光地として期待されておりましたので、すでに陸魚隊で調べ尽くしております」


「そ、そうか」


「調べ尽くしてんのかよ。陸魚隊ってやつァ、どういう方針で動いてるのか全く理解できん集まりだな」


 祭り上げられている本魚であるにもかかわらず陸魚隊の準備の良さに若干引いているところに、豪胆が筋肉を着て森を歩いていると言われる西の魔王でさえも戦慄している。

 

「扉の前や窓の外にいる奴らは、その陸魚隊の奴らか?」


 東の魔王の問いかけに、左様でございます、と『右』が頷いた。

「どうやら滝を登る我が君の勇姿が見られるかもしれぬということで、ときめきが抑えられなかったようです」との解説付きだ。

 

 というよりも、気配あるか? え? 見えぬけれども、居るのかそんなに。

 戸惑いのままに『右』を見遣れば、その形の良い鰹頭が再度頷いた。

 魚がびちびちいいながら滝をのぼるのを眺めるのが楽しみとは、なんという特殊性癖。

 解体すべきか、陸魚隊。

 

 陸魚隊の事は置いておくとして、滝をのぼり龍になる……成れるとは思えぬが、龍に成れるように滝を……滝をのぼったくらいで成れるのか……?

 成れないだろう、成れないであろうが! 元の世界でも見たことがないぞ!

 魚だぞ!

 人を飛び越えて龍!?

 何故!?

 そもそも魚が滝を登るなんて無理だ!

 精々小さい川の流れを川魚が産卵の時に遡る時くらいだろう!

 そんな、……産卵は出来ぬぞ!!


「産卵しろとは言っとらんわ」


 どうやら心の声が一部漏れたらしく、『西の』が呆れ声で言う。

 すまぬ、動揺が酷くて……。


 自らの腹を手のひらで撫でつつ、部屋を見回した。

 他の意見は出ないようだ。

 これが世界の道筋なのか。

 そんな訳が無いと思いたい。

 しかし、頷かねば、この先に進むことも出来ぬのだな。


「そうか、避けられぬか……。久しぶりに水中を泳ぐ事になるので、少し河口で慣らしてから……」


「え、『北の』、そのなりで泳ぐの久しぶりとか詐欺だろ! とりあえず筋肉! 筋肉があれば全て解決する! 筋肉でのぼれ! 龍になったら勝負しような!」


 『西の』、突然筋肉でごり押ししようとするのはやめてくれ。

 『西の』が言うから多少鍛えているがな。海を泳いでいた頃は高タンパクな身をしていたと思うけれども、今は脂が乗って多分美味しい魚体になっていると思う。

 滝、のぼれのぬでは……?


「水に漬ければ魚である事を思い出して何とかなるのではありませんか。……思い出すもなにもどこからどう見ても魚なんですけどね」


 『南の』よ、乾燥した海藻のような扱いはやめて欲しい。

 自らの手を見ると魚ではなくそこだけは人の形をしているのだが、ほぼ魚であるのだから何も言えぬ。


「なぁ、『北の』は海の魚だろ。滝に塩撒かなくていいのか?」


 塩害!

 『東の』は時に頭の悪い発言をすることがあるな!

 川だぞ!

 塩流れていってしまうし! 無意味!


「『東の』、たまには良い事を言いますね! あぁ、だから『河口で慣らす』なのですか『北の』!」


「滝の水が冷たすぎると『北の』が上手く泳げないかもしれないぞ、『東の』。海よりも川の方が水温低いと聞いたことがある。……炙るか、火で!」


「溶岩流し入れましょうか! 出会ったことがないのでわかりませんが龍は熱さに強いでしょうか? 焼き龍にはなりませんよね?」


 好き勝手に言いながら詰め寄ってくるのは何故……。

 

 これは……、飽きたように見せかけて興味津々ではないか、『南の』と『東の』。

 どこか楽しそうである。

 近頃はあまり魔王同士で会う機会も無かったからな。はしゃいでいるのかもしれぬ。

 とはいえ、このままでは貴重な観光資源が消されてしまう。物理的に。

 大変に困る。

 はしゃぐ方向性が間違っている彼らを宥めるため、勇気を持って口を挟まねばならない。


「御三方の気持ちはありがたいが、滝へ行く前に河口で……というよりも、浅瀬で少々やらねばならん事がある。魚人が必ずやらねばならぬ事が」


 私の言葉を聞いた『右』が、胸に手を当てて頭を垂れた。

 魚人達が皆私に向かって低頭する様を見て、ひとつ頷いて告げた。 


「魚玉に戻ったつもりで少々日光浴と月光浴をして参るゆえ、あとのことは頼むぞ」


 太陽の光と月の光を浴びなければ成長が出来ないという性質である我ら魚人が。

 魚と人を行き来する魚人が更なる成長を求めるのなら。

 おそらくこれこそが必要な過程なのである。


 世界は巡り、繰り返し、新しい道を探している。



続く


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