北の魔王様はクリームを活用した
近頃、頓に嘗ての記憶が蘇る。
幼い子どもらに話した昔話や、子どもたちの笑い声。
それが、気がつけば今世の海の中で波に遊ぶ魚人の子らの姿にかわる。
大人たちが愛しむ姿。
時により変わる色。
こうして今ここにあるのは、前の世でも今の世でもこれまで関わってきた者たちのおかげである。
私は、私を無駄にしない。
それがこれ迄私を作り上げて来た全てへの報いとなるだろう。
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北の魔王様はクリームを活用した
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四魔王の会議の後愛用の椅子に座り、机上に並べた鱗を眺めていた。
このような魚臭そうな鱗の何が良いのか。
とはいえ、側付きのメイドであるエレーナや側近の『右』たちが大事に拾い集めては宝物のように扱うものだから、自身でも気がつけば大事に拾って渡すようになっていた。
普通の魚とは身体の大きさも違うため、鱗の大きさも大きい。
ペリ、と、腹の辺りから一枚剥がしてみる。この辺りの鱗は他の部位とは違い少々小さい。
鱗は、自然に剥がれ落ちたもの以外はやはり柔らかい鱗へと変わり、魔力は失われてしまう。
何度も陸でも魚になり隊の隊員たちと試験した結果と同じだ。
だが。
「弱い」
通常、魚人族の鱗はその身にある間は強い。
本来であれば。
けれど、魔力の運用が不得手な私は、誰もができることができない上に、鱗もさして硬くない。
そして、弱い。何もかもが。
そんな風に様々に思考を巡らせていると、失礼いたします、と、ノックと共にエレーナがやってきた。
そして、衝撃の事実を告げてくれた。
「魔王様方がいらっしゃいました」
「……そんな馬鹿な」
何故。
来ないで欲しい旨を遠回しに伝えたつもりだったのだが、遠回しでは伝えていないということと同じと見做されたのか。
来るにしても早すぎる。
そして、エレーナの動揺の無さぶりが少々恐ろしい。
私よりも強い魔王が勢揃いしているということだろう、魔王様方というならば。
いつも通りすぎやしまいか。
「『右』様が対応してくださっておりますが、このままお会いになりますか?」
追い返しましょうか、という副音声が聞こえた気がする。
どうした、我が城の者たち。
人間種族だけでなく、あらゆる種のものから恐れられる魔王なのだぞ。
我が領地のようにアットホームな雰囲気ではないのだぞ、他領は。
だが、あまりにも平然としているエレーナに、私は様々な言葉を飲み込んだ。
そして、椅子から立ち上がりながら言った。
「そのまま待っていていただきたいと伝えてくれ。……腹に『鱗ツヤピカクリーム』を塗ってくる」
「どどど、どこかお怪我を!? そ、そんな……! 右様ぁあああ! 北の方様がっ! お、おけ、お怪我をぉおお!」
「ちょ、エレーナ、声を、声を抑えて……」
今度は動揺しすぎではないか? そのように声を荒げては警備のものが来てしまうではないか、と慌てた時には遅かった。直後に人影が飛び込んできたのだ。
「どう言うことです!? 曲者ですか!?」
「右!? 来るのが早……いや、それよりも魔王方はどうした! 置いてきたのか……?」
「置いてまいりました!」
「置いてまいりましたではないのだ……置いてきてはならぬのだ……。客人であるし魔王であるぞ……」
どっと疲労が襲ってきた気分だ。
私が魔王として未熟であるからこのような状態に……?
エレーナと『右』が号泣に近い状態になった頃、開け放たれたドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、西の魔王であった。
「よう、『北の』。さっきまで『右』のやつにネチネチと責められて酷い目に……何、どういう状況だ、これ。なんで泣いてんだそいつら。泣かしたのか? 『北の』が?」
「……鱗が剥がれただけで……泣かれたのだ」
「……大変だな、お前んとこ」
西の魔王の言葉に、こくり、と、私は頷いてみせた。
『右』に鱗用のクリームを腹に塗りたくられながら。
続く