北の魔王様は自覚した
鯛の鱗は、処理をするときにとてつもなく飛ぶ。
掃除をしたと思っても、数日経ってなぜか思いも寄らないところから出てくることがある。
かつての妻に処理の裏技を聞いた時に、目から鱗、と、つい呟いて笑われた記憶が蘇る。
何故蘇ったかといえば、鱗が飛んできたからに他ならない。
魔王領の外から。
———————————
北の魔王様は自覚した
———————————
「つまり、アナタのその鱗が素材……?」
「『南の』……やめてくれ、その目は。自然に剥がれ落ちたものしか素材にはならんのだ。だから、剥がそうと考えるのはやめてくれ」
「いやいや、えぇ……? 鱗? 鱗が? 食う時に邪魔な鱗が?」
「上手く焼ければ鱗も美味い食材になる事も……ではなくて、『西の』、まさか食おうとしているのか? そんなはずはなかろうな? 大丈夫だな?」
「鱗は剣にはし難いか……」
「『東の』! 残念そうに言わぬように!」
ちょっと落ち着いてもらえぬだろうか!?
魔力により投影された姿であるとはいえじっと見つめられてはこそばゆい、を、通り越して恐怖すら感じる。
映像を視覚化するためにかけている片眼鏡を放り出したくなる。
だから言いたくはなかったのだ。側近である『右』に怒られる未来しか見えぬ。
しかし、こうして我が身から出た錆……もとい、鱗のせいで我ら魔王領の民が多く死んでいったなどとは、到底看過できぬ事。
最終的に私が責任を取ることになるだろうが、今はどうするべきかを決めることが先決。
こちらに獲物を見る目を向ける三魔王に、落ち着いて座ってくれ、と、声をかける。
公になれば、北の領地の民には更に肩身の狭い思いをさせてしまうかもしれん。
「なんだよ、『北の』。もしかしてお前、責任感じてんのか? やめとけやめとけ! そんなもんどっかに捨てっちまえ!」
「『西の』が言う通り。と言うよりも、アナタはそんな物にかまけている暇などないでしょう」
「……というと?」
西の魔王と、南の魔王が矢継ぎ早に言うもので、少々言葉に詰まる。
分かりませんか、と、ゆったりとした口調で南の魔王が言う。
にんまりと、どこか恐怖を煽るような笑みを浮かべた波打つ黒髪の美青年は、ビシリ、と、映像越しにこちらを指さした。
「アナタ、早急になんとかしなければ、……鱗を毟り取られますよ。人間たちに」
そうであったぁあああ!
そうだ、そうだな、私は、そうだ、一番狙われてしまうではないか!
最弱魔王と誉高い私が、最も、一番、危険な立場にいるのだ。
身包み剥がされるだけであれば良いものの、領民たちを質にとられでもしたら、言うことを聞かざるを得ない。
大魔王様、見越しておられたのだろうな、このことを。
ちょっとだけ、視界が水に沈む。
それを見たためか、『西の』が口を開いた。
「……どーする、オレらそっち(北領)行くか?」
「そうですね、『北の』が向こうに取り込まれれば、こちらも面倒なことになりかねません。ワタシも行きましょう」
「そう言うことなら、こっちも俺の優秀な部下どもに任せて北に向かってみるか」
三魔王が、次々に提案する。
一瞬、三魔王の背後に後光がさした気がしたが、目の錯覚だった。
「鱗を狙っておるのだよな……?」
「いやいやいや」
「そのようなことは」
「ちょっとだけな」
おいこら、東の黙れ、と、西と南のから映像越しに罵られるのを眺めながら、そうか、それほどまでに貴重なのだなと、自分の腹を撫でた。
四魔王と一括りであっても、仲良しこよし、なんて関係ではない。あわよくば喰らってやろうと考えていてもおかしくはないのだ。
陸魚隊の面々から口を酸っぱくして言われていたことの実感が今沸いた。
そうだな。皆が、この不甲斐ない魔王である私を守ってきてくれていたのだな。
領民の顔が浮かんでくる。
守らねば。いつ迄も守られるだけでは、魔王として慕ってくれている皆の為にならぬ。
人の姿になるのは、後回しで良い。
優先すべきことは、いつも一つだ。
「陸でも魚になり隊に全権を任せているのでな、そちらと交渉してもらおうではないか」
そう言って魔力補助用片眼鏡を取り去った。
その直前に見えた三魔王の表情が絶望に染まっているのを見た気がしたが、おそらく映像の乱れのせいだろう。
続く