北の魔王様は気づいてしまった
空の支配者は翼を持ち、森の支配者は大地を駆ける四肢を持ち、炎の支配者は炎の中で生まれ、水の支配者は水の中で生まれる。
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北の魔王様は気づいてしまった
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戦況は一進一退。これがまさに今の現状である。
以前の戦……魔族領側の通称・『大魔王様ご無体戦』の際には、人種族側に有利なように見せかけ陣地へ引き入れ、大魔王様のお力で一網打尽という、ある意味では分かりやすい戦であった。大魔王様の意図と、お力具合に関しては全くもって意味の分からない戦でもある。
此度の戦においては、前回と全く違うところがあった。それは、大魔王様からの下命も指示も声明も無いという所だ。
大魔王様からの助力は無いものと心得よ、とは、四魔王が魔術通信で顔を合わせた際の西の魔王からの最初の言葉である。
それは、全ての魔王が言われずともそうであろうとは予想していたことであった。
各魔王城の会議室には、遠方にいる同僚……つまり、東西南北にいる魔王と会話をするための魔術装置が設置されている。魔術で各々の領に居るままに映像を各魔王の席に投影し、そこで此度の戦についての話し合いが行われている。他の魔王は息をするように巧みに魔力を使い、魔法を行使できるのだが、私は不得手であるために映像を視覚化する補助の為の眼鏡をかけている。鼻に乗せるタイプなのだが、私は魚であるため我が領の職人が試行錯誤し作成した、鱗にも吸着するタイプの片眼鏡である。技術の無駄遣いと言われても仕方がないが、ある意味我が領の技術は無駄に進歩している。
「あの『勇者』とやらが厄介だな」
西の魔王が珍しくも忌々し気に唸る。人の成りをしているにもかかわらず、獣身の牡鹿を思わせる迫力である。
彼の言う『勇者』とは、力ある武器を持つ純粋種の人種族のことを指す。近頃、戦場に多くの魔族の兵をなぎ倒していく者が現れたという。それも、複数。
彼ら自身の魔力や膂力は然程ではないと言われている。とはいえ、魔族領側からすればという注釈が付く。
本来であれば魔族領の者が後れを取る筈もないのだが、彼らの持つ武器が頗る厄介なのだ。
力ある武器は、対する者の力を削ぎ、使用者に囁く。相手の不得手な属性を。つまり、対する者の魔力の質を分析し、相対する属性を瞬時にはじき出し、それに沿った魔力を武器に纏わせることができる。それが力ある武器の性質なのだ。
魔族領の者は、魔王に限らず、誰もが魔力を使う。それは先にも述べたように息をすることと同義なのだ。そして、それぞれの種族の持つ魔力は特性がある。魚人であれば水の魔力であるように。魔人ならば生まれた土地の帯びた魔力に連なるように。個人で得意な属性は異なり、それによって身に流れる魔力に差は出るが、それでも、抗えないのである。決められた魔力による属性の縛りからは。
けれど、純粋種の人種族は、属性の縛りなど存在しないのだ。魔族のような威力は無い。けれど、様々な属性の魔法を行使できる。それが、人間種族の強みである。特化することと、平均を収めること。どちらが良いとも、人であった時の記憶のある私には判断のつかないことである。
しかし、そのような武器を量産することは、人種族のみならず、魔族においても不可能であったはずだった。……これまでは。
どうやって力ある武器を誂えたのか。
「伝説の武器とやらは、そこら中にあるものなのですか?」
南側の椅子にかけた黒マントの男が、声を上げた。その男は、私の同僚であり南の魔王である。火山から生まれた炎の魔人である彼は、波打つ黒髪が嘗て人間だったころのオシャレ若者を思い出させる無造作ヘアとやらで、丁寧な言葉遣いと相まってカリスマ美容師風とでもいえばいいのか。気だるげな眼差しと顔だけ見ればどう見ても優男である。だが、頭の両脇から大きく太い巻角があるのをみれば、一目で力ある魔人であるとわかるだろう。
あまり発言に熱心ではない南の魔王が、今は珍しくも言葉を重ねている。
『勇者たち』によって、彼の領民から送られた兵たちも幾人も殺されたと聞く。
「人種族のどこぞの王家が後生大事に城の奥に飾っていると聞きましたが」
南の魔王の発言に、東の椅子にかけた立派な体躯の魔王が大きくため息をついた。
東の魔王は、キマイラと呼ばれる種族である。キマイラとは嘗ての私の記憶では様々な特徴を備えた伝説の怪物を指していた。が、こちらではキマイラは種の名である。東の魔王は、人の姿をしていながら、頭には獣人のように獣の耳があり、しかし背には大きな鷲の羽、そして、尾は意志ある蛇。鬣の様な金の髪は、私からすればライオン(のぬいぐるみ)のようにふわふわで、触ってみたい衝動に駆られる好青年……いや、好中年である。普段の彼のくたびれたサラリーマンの様な雰囲気に、嘗て実際にくたびれたサラリーマンを経験した私は親しみを感じるのであった。
そんな東の魔王は、趣味が武器収集であり、気に入りの剣には女の名前を付けるという変態ぶりである。が、そんな彼にだからこそ南の魔王は話を振ったのだろう。おそらく、振りたくなかっただろうが。
四魔王の中でも普段はダントツに常識人なのだが、剣の話を振ったが最後、泥酔した中間管理職のサラリーマンのように、はたまた海の中で大量発生したクラゲの群れのように逃れられぬほどに絡まれるのである。
とはいえ、今回は余程疲弊しているのであろう東の魔王は、私を含め他の魔王(同僚)が驚くほどに普通に答えを返した。これは、後で大魔王様に報告をせねばなるまい。
「確かに、俺もそう聞いている。……これまで、魔族領は交易には消極的な外交しか行ってこなかった。だが、ご無体戦以後に魔族領から様々なものが持ち出されているのは知っているだろう。その中に、武器の元になるものが混じっていたようだ。まあ、伝説の武器の劣化版だが、威力はそこそこってとこらしいな」
『東の』の言葉に、私を含め魔王(同僚)たちはため息をついた。
「あの方は、ご無体戦中に思いついてしまわれたのだろうなぁ……。だから、あれほど急いで戦を終わらせられたのか……」
『西の』がため息交じりに呟けば、『南の』ががっくりと肩を落とした。
大魔王様はおそらく、思い描いてしまったのだ。人種族が不利な状況を少し覆してやれば、人種族の王たちは魔族領を追い落とせるという夢を見るのではないかと。
そして、それが現実になった。
大魔王様は、いつものあの場所で、じっと見ているのだろう。我らの営みを。世界の揺れを。
「それにしても、属性に臨機応変に対応できる魔力素材とはなんなのでしょうか。最早十分量が持ち出されているとはいえ、増えられても困るので差し止めたいのですが……」
『南の』が会議室の机に突っ伏したまま呻くように言えば、そこまではわからん、と、『東の』がきっぱりと言い切った。『西の』がそれを受けて机をバンバンと叩きながら悔し気に叫んだ。
「んな素材あったら、オレの戦装束に使いたいわっ!!」
「ワタシだって、自分の魔力に負けない衣が欲しいですよ……。自分の火属性に合わせて作ると他の属性の魔法が使いにくくて……!!」
「俺もこの間大魔王様んとこの宝物庫からもらってきた魔剣の鞘に……」
「何してんですかアナタは。返してきなさい!」
「……ん? 北の、どうしたよ、ええおい! 顔色悪……いや、すまん、魚の顔色はわからんわ」
同僚たちの言葉を聞きながら、私は血の気が引いていた。『西の』からの呼びかけも、遠く聞こえる。
そうか、そうだったのか。
此度の戦、そうか……。大魔王様の手紙の意味は、そうか……。
私は今、魚屋に店頭に並べるのを拒否されるほどに、活きの悪い魚になっているだろう。
海に帰りたい。
とはいえ、気づいてしまった事実を言わねばならん。それが、魔王である責務である。
「……うちの無属性魔力素材のせいかもしれん……」
「「「……あぁ!! アレかっ!!!!」」」
私は、私の鱗のせいで伝説の武器(劣化版)を量産されているということを、絶望と共に理解してしまったのである。
続く