2-6 真天先輩とのゴールデンウィーク
日々はあっという間に過ぎ去り、待望のゴールデンウィークに突入した。
「……よし、こんなもんかな」
俺は真天先輩が来る前に、朝から家中に掃除機をかけてキッチンなど水回りも徹底的に清掃した。トイレには昨日買ったばかりの芳香剤をセットした。リビングのテーブルも埃ひとつないほど水拭きした。先週は何しろ唐突な訪問だったのでそんな暇もなかったが、今日は万全の体勢でお出迎えだ。
午前九時を回ったところでインターホンの音が響いた。俺はソワソワしながら玄関の扉を開く。
「おはようございます、唯人くん」
「お、おはようございます、真天先輩……!」
思わずたじろいでしまうほどの刺激的な格好だった。赤のノースリーブ。白の半袖ブラウスだった先週と比べて、さらに二の腕が露わになっている。驚異の胸囲もいっそう強調されているようで、色香が段違いだ……。
「えっと、じゃあ上がってください」
「はい、お邪魔します」
真天先輩は背中を向けて、丁寧に靴を揃えてからリビングに上がった。
今日は結構大きめのリュックを背負っているが、何が入っているんだろうか。
「そういえば先週買ってきた食材はどうされました?」
「肉と野菜は適当に食べました。米は全然手を付けてないんですけど」
「そうだと思いました。お昼はまたご飯ものにしようと思うんですけど、何が食べたいですか?」
先週はおまかせしたけれど、今回は俺からリクエストしてみようか。
下手に遠慮する必要はないはずだよな。お互い合意の上でこういう関係になっているんだから。
「なら……カツ丼とか?」
「わあ、いいですね! 揚げ物も狩谷さんからみっちり教わってますから大丈夫ですよ。スーパーが開いたら材料を買ってきますね」
「って、うちに揚げ物用の鍋はないんだった。すいません、やっぱり別のを――」
すると真天先輩、背負っていたリュックを下ろして中身を取り出した。丸形の黒い鍋だ。
「ふふふ、揚げ物のリクエストをされることもあるかと思って、持ってきましたよ専用のお鍋」
「マジですか! 用意いいなあ」
「専業主婦を目指すなら当然のことですとも」
ちょっと得意気な真天先輩が可愛い。
「スーパーが開くまで時間がありますね。その間お掃除でもしようかと思うんですが」
「あ……それはついさっき自分でやっちゃいまして……」
真天先輩、今日は最初から俺の家を掃除するつもりだったみたいだ。
でも、すべて彼女にやらせるのも違うと思う。俺はろくに料理はできないが、掃除なら最低限のことはできるんだから。
「ありがとうございます。わたしが気持ちよく過ごせるようにって考えてくれたんですよね」
「あはは……とりあえずのんびりしてくれていいですよ。WEB小説でも読んでもらって。飲み物は水と牛乳とインスタントコーヒーがあるんで、自由に飲んでかまいませんから。俺もこれから執筆のお供にインスタントコーヒーを淹れるんで、ついでにどうです?」
「コーヒーでしたら、実はこんなものも持ってきてまして」
真天先輩はまたリュックから何かを取り出した。それもいくつも。
「電動のコーヒーミルに、ドリッパーに、フィルターに、サーバーに、ドリップポット! そして昨日『珈琲倶楽部』で焙煎してもらったばかりのお豆です!」
「おおう……?」
「インスタントもお手軽でいいでしょうけど、豆から挽いて淹れたほうがずっと美味しいですよ。執筆もはかどるんじゃないかなって」
「そ、それはもう……! 家にいながら本格的なコーヒーが飲めるなんて、こんな嬉しいことはないですよ」
テーブルにずらっと並べられたコーヒーグッズを、俺は感激しながら見つめていた。しかしふと冷静になる。
「このグッズ、家から持ってきたんですよね? さっきの鍋といい、こんなに持ち出しちゃっていいんですか」
「うちにはこういうのいっぱいありますから大丈夫ですよ。新たに買い揃える方が、唯人くん気にしちゃうでしょう?」
それもそうだ。今日持ってきてくれたのをお金に換算したら、渋沢栄一が一枚吹き飛ぶくらいにはなるだろう。
「さ、唯人くんは執筆部屋で待っていてください。五分くらいでコーヒーお持ちしますから」
「りょ、了解です!」
執筆部屋に入って間もなく、ギュイーンという音が聞こえてきた。電動のコーヒーミルで豆を挽いてるんだ。それからお湯を沸かして、ドリップポットでじっくりと淹れていって……確かに五分くらいかかるだろう。
ノートパソコンを立ち上げてメールチェックなどしているとすぐに時間は経過し、真天先輩がお店の店員さんみたいにお盆に載せたコーヒーを運んできてくれた。
「はい、どうぞ。砂糖かミルクもお持ちしましょうか?」
「このままで大丈夫です! ……ああ、なんていい香りだ」
俺は挽き立ての豆の香りを存分に堪能してから、ゆっくりとカップに口を付けた。
舌に、口腔に、そして喉に、絶妙な酸味と苦みが広がる。それらはやがて脳髄にまで浸透し、俺の意識を鋭敏に研ぎ澄ませていく……。
「くううっ……美味い! やっぱり本物は違うなぁ」
「それでもお店で飲むよりは劣るかと思います。コーヒーのドリップも結構奥が深いみたいで」
謙遜する真天先輩だが、俺にはこれで十分すぎる。本人には恥ずかしくて言えないけど……真天先輩が淹れてくれたという事実が、旨味を何倍にも増幅させてくれている。科学的根拠? そんなものは知らない。
「これ、あと一杯分ありますので。おかわり用にどうぞ」
デスクの空いているところに、そっとコーヒーサーバーを置いてくれる。おかわりまでできてしまうなんて、こんな幸せがあっていいのか。
「真天先輩は飲まないんですか?」
「唯人くんのお邪魔にならないように、あちらで飲ませてもらいます。それから少ししたらスーパーにお買い物に行きますので。それじゃあ今日も執筆、ファイトですよ♪」
女神のような笑顔で退出する真天先輩。
一瞬ボーッとしてしまった俺はまた一口コーヒーを飲み、カフェインを身体中に染み渡らせていった。
「おっし、今日もバリバリ書くぞ……!」




