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「彼」


「彼」をはじめてテレビの中で見た20数年前、すでに「彼」は国民的スターだった。


若手俳優からみるみる主役級に成り上がり、そこから国民的名優と称されていく「彼」を知らないものはその頃にはこの国にいなかったのではないかと思う。


「彼」と同世代、その下の世代は特に「彼」がこの国の名優の枠を飛び出し、諸外国の映画スターたちと共演し、エンドロールでも肩を並べていく様を、この国、さらに言うと自分たちのことのように誇らしく思っていたのは間違いないだろう。


「彼」は明らかに希望であり、みんな「彼」にシンパシーを感じていた。「彼」は国民的ヒットソングも発表したし、くだらないバラエティ番組でもコメディアンの鼻を明かした。

様々な媒体に「彼」はいたし、その存在感は業界ごと席巻した。


そして10年前、「彼」は突然政界への転身を発表した。


それを聞いた時、俺は自分の政敵になる可能性のある怪物への危機感よりも、真っ先に覚えたのはがっかりとでも形容すればいいのか、大きな落胆の気持ちが芽生えた。


かつて政治家に転身したスポーツ選手や俳優、女優、アイドル、歌手、アナウンサー、、、枚挙にいとまがないほど思い出せるが、彼らの中で大成した人物は残念ながら俺の記憶の中にはなかったからだ。


今の時代にこんな言葉は死語なのかもしれない。

というかもう死語という言葉自体が死語のような気もするが、俺は「彼」には「銀幕のスター」、「TVスター」、いや、「国民的スーパースター」でいてほしかったのだ。



しかし俺ごときの杞憂を踏み潰すように、「彼」は大成なんてもんじゃない、ここまでの「彼」自身の偉業を、金字塔を霞ませるくらいにここでも遺憾無く実力を発揮しまくった。



「彼」は弱小政党から出馬するやいなや、圧倒的な人気で彼自身だけではなく、彼に乗っかった顔も知らない有象無象まで受からせ、ここまでこの国で圧倒的第一党をしめていた我が党と接戦まで一度の選挙で持っていった。



そして次の選挙までには「彼」の政敵である第一党のふんぞり返った有名人たちは軒並みスキャンダル(「彼」の党の工作である可能性は後から考えが至った)などで失脚していった。


なんとか辞職は免れた議員たちも次の選挙で続々と敗れ去っていった。



人生皮肉なもので、その後「彼」が第一党の党首になって戦う三度目の選挙で、


前回最大野党に転落した我が党で、敗軍の将になりたくない狸どもに党首として担ぎ出されたのは、残念ながらというべきか、死んだ親父の地盤を引き継いだばかりでボンクラ二世の呼び声高いこの俺だった。



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