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第四話


わたしのデスクの上には、今日も成果の出ない新規開拓のリストが山積みになっている。

隣の三葉は相変わらず小さな取引先相手に丁寧なメールを打っているし、斜め前の葵はヘッドセットをつけて、なにやら込み入った内容をひそひそと話している。わたしには聞かせたくない、と言わんばかりに。

最近、二人の存在が、わたしを焦らせる。この焦燥感は、営業成績が同期で一番でないことへの苛立ちだけじゃない。この安定した、平和な日常が、いつ崩れるかわからないという、根源的な不安から来ている。

わたしは、この会社で、この日常にしがみつかなければならない。絶対に。

――綺麗事なんて、言える立場じゃなかった。

十歳の頃までの記憶は、まるで別世界の物語だ。

両親と三人で住んでいた古いアパート。ボロボロだったけれど、母はいつも小さな笑い声で家を満たしてくれていた。父も、不器用ながら時々肩を抱いてくれた。貧乏だったけれど、楽しいこともあった。夕焼けの空の下で、三人で食べた熱い焼き芋の味。あれが、わたしの「普通」だった。

その「普通」が、十一歳で音を立てて崩れた。

母が突然出ていった。理由も、手紙もなかった。父はそれ以来、ほとんどわたしと目を合わせなくなった。わたしは父にとって、母の裏切りの証拠か、あるいは、単なる重荷でしかなかったのだろう。家の中は、冷たい沈黙と、日に日に減っていく食料だけになった。

お腹が空く。どうしようもなく空腹で、学校の給食だけでは生きていけなかった。

わたしに残された唯一の手段は、万引きだった。

最初は小さなパン一つ。心臓が張り裂けそうだった。手に取った瞬間の、あの罪悪感。全身を支配する震え。家に帰って、誰にも見つからないように噛みしめるパンの味は、ビニール袋の匂いがしてまずかった。でも、食べるしかなかった。生きるためには、その「綺麗事」を押し殺すしかなかった。

一度手を染めると、二度目は少し楽になる。三度目からは、もう生活の手段になっていった。わたしは自分を偽って、普通の子供のように振る舞い続けた。

そんなわたし達の生活が、近所の人間に通報されたのは、冬が始まろうとする頃だった。

警察がアパートに踏み込んできた日のことは、今でも鮮明に覚えている。父は、わたしの前で警察官に激しく詰め寄られ、わたしはただ、父の顔が青ざめていくのを見ていた。

その結果、父はわたしを養育できなかった罪、そしてその他の小さな犯罪行為で、多額の罰金を背負った。そしてわたしは、父から引き離され、少女院に保護された。

すべてを失った。アパートも、父との関係も、そして「普通の子供」という立場も。

少女院での生活は、厳しかったけれど、少なくとも毎日三食、温かい食事が提供された。そこでの生活は、「普通」ではないけれど、飢えの恐怖からは解放された。

そこで、わたしは決意した。

もう二度と、自分の生活が他人の手によって、予期しない波乱によって崩されることはあってほしくない。そのためには、誰よりも強くなり、誰よりも安定した地位と収入を得る必要がある。

だから、わたしは勉強した。必死に努力し、この大手商社に入った。

三葉や葵を見ていると、時々、羨ましく思う。彼女たちは、心から仕事を楽しんでいるように見える。まるで、この世界が自分たちを受け入れてくれるのが当然だと言わんばかりに。

でも、わたしは違う。わたしにとって仕事とは、防衛だ。過去に引き戻されないための、唯一の防壁だ。

葵が面談で掴んだという「何か」。三葉がまだ気づいていない、この日常の「きな臭い問題」。わたしは、それがわたしたちの日常を崩す前に、いち早くそれを手に入れ、自分の力に変えなければならない。

わたしが過去に背負った多額の罰金は、父の借金として、今もわたしを追いかけてくる。この重荷を背負い、この商社の看板を守るためなら、綺麗事なんて、わたしはいつでも捨てられる。

わたしは立ち上がり、電話帳を手に取った。誰よりも早く、大きな契約を掴むために。



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