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プロローグ


普段と変わらない月曜日。わたし、三葉は、会社の最寄り駅を降りて、いつものように携帯電話の天気予報をチェックした。

「週の始まりから雨かぁ……」

ため息をつくわたしを追い越していく人々の波。傘をさしながら、みんな早足でオフィスに向かっている。わたしも、足早に会社へ向かった。

商社で働くわたしたちにとって、月曜日は一週間で一番気合いを入れなければいけない日だ。そして、一番嫌な日だ。特に、同期の真由と葵とわたし、営業部の女性三人組は、今期から任された新規顧客開拓の件で、朝から顔を合わせれば進捗状況の報告会が始まってしまう。

「三葉!例の件、どうだった?」

エレベーターホールで真由に声をかけられる。彼女の表情はふだん通り真剣そのものだ。

「うん、とりあえずメールは送ったよ。返信待ち」

「そっか。わたしはさっき、電話してみたんだけど、担当者の方はでなくて……」

同期だけれど、真由はいつもわたしの一歩先を行く。仕事に対して真摯で、わたしが少しでも気を抜こうものなら、すぐに追いぬかれてしまう。

葵は昔仕事が出来なかったと言っていたけれど、今の様子からは全然想像できない。

「二人とも朝から大変だね」

にこやかに話しかけてくる葵は、いつもわたしたちとは少し違うオーラを放っている。彼女は、仕事もプライベートもこなしているように見える。


※※※


会社のエントランスを出ると、雨はもう止んでいた。空には薄い灰色の雲が、重たい毛布のように広がり、湿った空気が肌にまとわりつく。真由と葵はすでに先に帰ってしまい、わたしだけが残業でオフィスにいた。

「もうそろそろ、帰るか……」

携帯電話で時間を確認する。午後八時を少し回っていた。真由からは「おつかれ、先帰るね」と、葵からは「気をつけてね」と、それぞれメッセージが届いていた。

わたしは、二人との関係を、違うタイプの姉妹のように感じることがある。真由は、仕事においては頼れる姉。いつもまっすぐに目標に向かっていて、わたしも真由に追いつこうと必死だった。葵は、妹のようにわたしや真由が熱くなると、そっとそばにいてくれる。わたしは、そんな二人を大切な存在だと思っていた。

会社から駅までの道を歩いていると、ふと、隣を通り過ぎる車が目に入った。真っ黒で、少し古めかしいセダン。助手席には、見慣れない男性が座っていた。

「……ん?」

わたしは、なぜかその車が気になり、目を凝らした。しかし、車はそのままわたしの前を通り過ぎて行ってしまう。

次の日、わたしは、またふだん通りに出社した。


真由と葵は、もうオフィスに来ていて、それぞれのデスクでパソコンに向かっていた。


わたしが挨拶をすると、真由はパソコンから顔を上げて、にこっと笑った。

「メール、返信来た?」

「ううん、まだ」

「そっか。わたしは、さっきさ、新しい取引先候補の会社をいくつかピックアップしておいたよ。三葉も見てみる?」

真由は、そう言って、わたしのデスクに紙の資料を置いた。そこには、真由が調べた会社の名前と、会社の概要が書かれていた。わたしは、その資料を受け取って、真由にお礼を言った。

「おぉ!真由って、本当に仕事熱心だね」

「まあね。三葉も頑張りなよ!」

真由は、そう言って、またパソコンに向き合った。わたしは、真由の仕事に対する姿勢に感心しながら、真由がくれた資料を眺めていた。

その日の午後、わたしは、取引先候補の会社に電話をかけ始めた。真由が調べてくれた資料の中から、一番興味を惹かれた会社、ABC社に電話をかける。


電話に出たのは、明るく、親しみやすい声の女性だった。

「お忙しいところ恐縮ですが、わたくし、株式会社ローズリリーの田上三葉と申します。御社の新規顧客開拓のご提案でお電話差し上げました」

「担当の者におつなぎしますので、少々お待ちください」

そう言って、電話は保留になった。保留音は、少し懐かしいジャズのBGMが流れていた。

数分後、電話に出たのは、男性だった。

「お電話代わりました。ABC社の佐藤です」

「株式会社ローズリリーの三葉と申します。この度、新規顧客開拓のご提案でお電話差し上げました」

わたしがそう言うと、担当の人は、少し間を置いてから、こう言った。

「あぁ、なるほど。以前にも、おたくの会社の社員の方からお電話いただいたことがあるのですが、当社の現状では、新規取引は考えておりません。申し訳ありませんが、ご提案は遠慮させていただきます」

「そう、ですか……。承知いたしました。時間を取ってしまい、申し訳ございません」

わたしは、少しがっかりしながら、電話を切った。

「やっぱり、簡単にはいかないよね……」

わたしが、そうつぶやくと、葵がわたしのデスクにやってきた。

「三葉、大丈夫?」

「うん。大丈夫。ちょっと断られただけだよ」

「そっか。まあ、焦る必要はないよ。わたしも、まだ契約取れてないから」

そう言って、葵はわたしの肩をポンポンと叩いた。

その日の夜、わたしは、真由と葵と三人で、会社の近くの居酒屋で食事をすることになった。仕事の話も、プライベートの話も、なんでも話せるこの時間は、わたしたちにとって、大切な時間だった。

「三葉、今日、電話何件かけた?」

「えっと……五件くらいかな」

「わたしは、十件。でも、全部断られた」

「わたしも、五件くらいかな。でも、明日、一社だけ、面談のアポが取れたよ」

葵がそう言うと、わたしと真由は、驚いて葵の顔を見た。

「え、ほんと!?すごいじゃん、葵!」

「なんで、わたしだけ……」

真由は、少し悔しそうな顔をした。葵は、そんな真由の顔を見て、少し困ったような表情をした。

「別に、すごいことじゃないよ。ただ、タイミングが良かっただけだから」

葵は、そう言って、ビールを一口飲んだ。わたしは、そんな葵の言葉を、少し不思議に思った。葵は、いつも謙虚で、自分の手柄をひけらかすようなことはしない。しかし、今日の葵の言葉は、いつもと少し違うように聞こえた。

帰り道、わたしは、ふと、昼間に電話をかけたABC社のことを思い出した。電話に出た担当者の声が、なぜか頭から離れなかった。

「……気のせいかな」

わたしは、自分の頭を振って、そんな考えを振り払った。

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