第一章
私は、復讐者として育てられた。
母の目はいつも狂気に染まっており、そして事あるごとに口にする。
「一族の怨念を晴らすのよ。どんな手を使ってでも、必ずこの国に厄災を引き起こすの」
母がその惨劇を知ったのは、事が起きてから1週間後だったという。
人づてに、とある集落が大規模な盗賊に襲われ、大虐殺にあったらしいと聞いた。
その頃たまたま街に降りていていた母は、そのおかげで被害に巻き込まれずに済んだが、しかし集落には当然母の家族や友達が残されている。
心配で立ってもいられなかった母は、思わず集落へ戻ろうとした。
しかし、一緒に街へ降りてきていた親友の男がそれを遮った。
「どうして!あんたの家族だっているのよ、心配じゃないの!」
「この話、何かがおかしい。多分、噂の内容は真実じゃない」
当時冒険者をやっていた男はその手の情報には詳しく、それ故にこの話に何か違和感を覚えていた。
確かにゾルナ族は400人程度の小さな集落であり、その中に女子供や老人がいる事を考えると、おそらく戦えるものは50人程度しかいなかっただろう。
大規模な盗賊の夜襲にあったとなれば、苦戦は免れないに違いない。
しかし、男の頭にとある矛盾が浮かぶ。
仮に小さいといえども400人が住んでいる集落を、1人残らず皆殺しにできるほど大規模な盗賊が、一体どこにいるというのか。
400人全てを逃さず皆殺しにしようと思ったら、どう考えても同等の戦力は必要だ。
しかし、そんな危険な盗賊がいれば、冒険者の耳に入らないはずがない。
また、それだけの戦力と計画性を持って、集落を襲う理由がどこにある?
金品財宝の類などたかだか知れているというのに。
ありうるとすれば人身売買だが、男の直感はそれを否定していた。
「今、集落に戻るのは危険だ。もしかしたら、戻ってくる人間を待ち構えている可能性だってある。そうしたら俺たちだって二の舞だ。だから、先に情報を集めよう」
「・・・分かったわ」
それから1年後、冒険者や様々な伝手を通じて、男はとある情報を手に入れた。
集落を襲ったのは、どうやら盗賊などではなく、王国が持つ戦力である騎士団であったこと。
そしてその目的というのが、一族に伝わる継承魔術【呪い】の使い手を、この世から消し去るためだということを。
母は愕然として、膝から崩れ落ちた。
その時の感情と言ったら、まるでこの世界から存在を否定されている様な絶望感であった。
なぜ、【呪い】という魔術を使えるだけで、一族を滅ぼされなければならないのか。
ただ自分たちはあの地に住み、平凡に暮らしていただけ。
皆いい人たちばかりで、幸福を願って日々を過ごし、悪いことなんて何一つしていないのに。
しかし、国家にとってそんなのはどうでもよく、ただ【呪い】という魔術が使えるだけで、皆殺しにされた。
頭を埋め尽くす疑念と困惑の渦。
そして静かに、しかし確実に燃え始める復讐の炎。
その日から、母は男と共に探りを入れるべく、娼婦として働き始めた。
幸いにも、母は見目麗しい女性であったため、地位の高い客のみが集まる娼館で働き、情報を集めることができた。
普段なら近づき難く、硬く口を閉ざす男も、酒を楽しみ、一夜を共にし、快楽に浸った後は口が軽くなる。
そうやって、母は国の高官や大商会の役員、地位の高い冒険者から、情報を引き出した。
自分がゾルナ族と疑われぬ様、慎重に。
そしてまた一年がたった頃、どうやら親友の男が拾ってきた情報が真実であった事が分かった。
集落を襲った計画は極秘の軍事行動であり、今もなお秘密裏にゾルナ人の処分を続けていること。
そう、ゾルナ族を襲う悲劇は、まだ終わっていなかった。
必死の情報収集により、限りなく真実に近い情報を手に入れたその頃。
母の身の回りで、一つの悲劇がおきた。
親友であった男が、何者かに殺害されたのだ。
人目のつかぬ路地で、全身を無惨に切り刻まれ、冷たくなって。
事情をよく知らぬ一般人には、通り魔的な殺人に見えたのだろう。
「恐ろしいわね」だったり、「早く捕まらないかしら」といった事をヒソヒソと話す。
しかし、絶望した目でそれを見た母には、分かっていた。
親友の男は情報を探ろうと、近づきすぎたのだ。
だから、国の軍部に目をつけられ、吐き捨てるように殺された。
もはや、母の目から涙は流れなかった。
この2年の間に、家族を失った悲しみと、悔しさで涙など枯れてしまった。
そして、その代わりに母の目からは希望が消え、ただただ心の中に【呪い】の炎だけが灯る。
その日から、母の目的は情報収集ではなく、国への復讐に変わった。
しかし、母には復讐できる様な力は何もない。
いかにゾルナ族が【呪い】の使い手であるとしても、全てのゾルナ人が【呪い】を使える訳ではなく、残念ながら母に【呪い】の使い手としての素養がなかった。
また、母はいかなる戦闘能力も有しておらず、復讐の術となる物を何一つ持ち合わせていない。
そんな状況で、どうやって復讐を可能にするというのか。
母は考えた末に、一つの計画を企てた。
気の長くなるような、狡猾で、残忍で、凄惨な方法で。
母はまず、国の有力な貴族に近づき、結婚する事にした。
相手は、娼館によく通っている客の中でも地位が高く、母にゾッコンだった男。
お店に通っては、幾度となく母に求婚していた男だったが、しかしそれまで娼婦という仕事は、母にとって単なる情報収集の場でしかなかったため、ずっと断り続けていた。
ただ、目的が変わった今となっては、その男は母にとって大変都合が良かった。
諦めずに何度も求婚してくる男に対して、ついに根負けしたというフリをして、母は結婚を承諾。
母は、貴族の一員となった。
旦那となるその男は、優しい男だった。
貴族だからといって偉そうにする事はなく、屋敷で働く人間にも寛容。
これがきっと普通の女であったなら、良い結婚相手だったに違いない。
しかし、母にとっては復讐の対象である、ただ平和ボケした醜いデブでしかなかった。
また、母は子供をもうけようとした。
但し、醜い豚との間にできた子供などいらない。
貴族であることと、優しい事以外に取り柄のないこの男との間にできた子供など、復讐のなんの役にたつのか。
そこで母は、娼館に勤めていた頃に客としてよく来ていた、1人の冒険者に目をつけた。
国の中でも、S級についで最高峰の戦力であるA級の冒険者の男。
母は、その男との間に子供を作る事にした。
しかし、母は既に貴族と結婚している。
その状況で他の男と会い、一晩を共にしたことがバレてしまうのはまずい。
処罰の対象となり調査の目が向けば、何かしらのはずみでゾルナ族という出自が発覚する恐れがある。
また、冒険者の男に対しても、行為に至るための口実も必要だった。
だから、母は男の情に訴えた。
ーーー家族を人質に取られ、貴族に無理やり結婚させられた。けれど、そんな男の子を孕むぐらいだったら、その前にあなたの子を産みたい。
母は、男の同情心に訴え、そして男はそれに応えた。
これは不貞ではなく、真実の愛の証明である、と。
そこに母の愛はなく、ただ目的の為だけに利用されていると知らずに。
そして、母が貴族と結婚してから3年後、1人の女児が生まれた。
ニナと名付けられたその娘こそが、私だった。




