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《第3章 第1話 桜の継承》

春風が通り抜けた。

 桜の並木道は、まるで時間を巻き戻すように淡く光をまとっている。


 桐生ひよりが姿を消してから、三日が経った。

 月城朋広は、あの日の校庭で立ち尽くしたまま、何も食べず、何も語らずにいた。


 「……まだ、終わってない。」


 彼は掌を開く。

 そこには、あの夜に残された花びらがあった。

 触れた瞬間、微かなぬくもりが伝わる。

 それはまるで、彼女の心臓の鼓動のようだった。


 ――桜魂。

 ひよりが最後に残した言葉。

 “次の継承者に託して”。


 「……継承者って、誰のことだ?」


 朋広は夜の校舎に足を向けた。

 真夜中、誰もいない廊下に靴音が響く。

 窓の外では、月が白く光り、桜の花がまるで呼吸するように揺れていた。


 そのとき、彼の目の前に光が現れた。

 宙に浮かぶ花びらが、一つ、また一つと集まり、人の形を取っていく。


 ――少女。


 白い制服、柔らかく波打つ髪。

 その姿は、確かに“ひより”だった。

 だが同時に、まったく別の誰かでもあった。


 「……あなたが、月城朋広さんですね?」


 その声に、彼の心臓が跳ねる。

 瞳の奥に、ひよりと同じ光があった。

 だが、彼女の口調は冷静で、どこか現実の重みを帯びている。


 「私は――桐生ひよりの記憶を受け継いだ、継承体です。」


 朋広は息を呑んだ。

 ひよりの魂が、別の“容れ物”に宿っている――?


 「彼女の意志は、消えてはいません。

  ただ、次の段階に移行したのです。」


 「次の……段階?」


 少女は頷き、桜の枝を見上げた。

 「桜魂は、ひとつの命が終わるたび、次の器を探す。

  でも今回は特別。彼女は“感情”ごと私に残していった。」


 朋広の胸に、熱がこみ上げた。

 ――感情ごと、継承。


 つまり、ひよりの「想い」がこの少女の中に生きている。


 「あなたに会って、伝えろと。

  “もう一度、桜の下で逢おう”って。」


 朋広は目を閉じた。

 涙が一筋、頬を伝った。


 「……ひより……本当に、お前らしいよ。」


 少女は静かに微笑んだ。

 その笑顔は、確かに“あのひより”のものだった。


 そして、風が吹いた。

 花びらが舞い、二人の間に一瞬の光が走る。


 朋広の胸に抱かれた花びらが、淡く脈動する。

 その光が少女の胸へと移り、まるで魂が溶け合うように輝きを放った。


 「――これが、継承。」


 夜の桜が一斉に咲き誇った。

 ひよりの声が、どこか遠くで囁く。


 『……ありがとう、朋広。

  次は、あなたが“導く”番だよ。』


 彼は空を見上げ、静かに答えた。


 「わかった。

  俺が、この桜魂を――次へ繋ぐ。」



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