《Re:第3章 第4話 ひより、記憶の風に還る》
春の風が吹き抜けた。
その中に、かすかな歌声が混ざっていた。
桜木新は、振り返る。
校庭の端、光に包まれて少女が立っていた。
桐生ひより――その姿はどこか懐かしく、初めて会うはずなのに、胸がざわめいた。
「あなた……桜木新くん、だよね」
「俺の名前を……どうして知ってるんだ?」
ひよりは、微笑んだ。
その笑顔には、長い記憶の旅を終えた人のような穏やかさがあった。
「夢で何度も見たの。あなたが誰かを探して、風の中で立ち止まっている夢を。」
新は息を呑む。
それは、自分が“桜魂”を継いで以来、夜ごとに見る夢の情景と同じだった。
ひよりは続ける。
「桔梗さんの声が聞こえたの。“彼に伝えて”って。
——“記憶の音が消えないうちに、奏でて”って。」
新の胸に温かな衝撃が走る。
桔梗の記憶はもう消えたはずだった。
だが、ひよりの中に、確かにその残響が息づいている。
「桔梗が……君に?」
「うん。でもね、それだけじゃない。
もう一人、あなたの後ろで誰かが微笑んでた。」
ひよりの言葉に、新は思わず振り向く。
そこには、誰もいない。
けれど、風が形をとるように桜の花びらが舞い、ひとつの影を描いた。
――福田朋広。
“原初の継承者”の姿。
静かな笑みを浮かべ、言葉にならない声が響く。
——「もう一度、君に託す。」
光が弾けた瞬間、ひよりの髪が桜の風に揺れ、瞳が淡く輝いた。
その瞳の奥に、桜霊の紋が咲いている。
「これが……継承、なのね。」
「君が……“桜魂”を?」
ひよりは静かに頷いた。
桜木新は、その場に立ち尽くした。
「私、夢の中でずっと見てた。
誰かが奏でて、誰かが祈って、誰かがその音を受け継ぐ――そうやって、桜は生きてきたんだって。」
風が二人の間を通り抜ける。
桜の花びらが光の糸となり、彼らを包み込んだ。
「桜木くん。私ね、たぶんあなたの“次”の記憶になると思う。」
「……どういう意味だ?」
「あなたが奏でた音を、私が受け継ぐ。
でもそれは、別れの約束でもあるの。」
新は首を振った。
「いいや、違う。
これは“終わり”じゃない。“始まり”だ。」
ひよりが涙を流す。
その涙は桜の光となって空に舞い上がる。
やがて風が止み、静寂の中で彼女の声が響いた。
「なら、次の春も――あなたの音を聴かせて。」
新は笑みを返す。
「約束する。」
二人の手が触れた瞬間、世界が桜色に包まれた。
そこに、確かに継承の風が吹いた。
――桜魂、再び咲く。




