《Re:第3章 第3話 記憶の旋律、風の檻》
桜木新の指先が光の五線譜をなぞるたび、記憶の粒が弾けた。
それは、誰かの笑い声、誰かの涙、そして幾千もの「別れの瞬間」。
ひとつひとつが、この世界の旋律を形づくっていた。
しかし、すべての音が美しいわけではなかった。
風の中には、不協和音が潜んでいる。
それは――かつて桜魂を歪めた、影の“記憶”。
「これが……“風の檻”か。」
新の前に、空間が裂ける。
そこから現れたのは、桐原桔梗の姿をした“影”だった。
けれど、その瞳は冷たく、記憶の欠片のように曖昧だった。
「あなたは、誰……? なぜ、私の夢を知っているの?」
「俺は君たちの記憶の残響を継いでいる者だ。桔梗――君は本当の自分を、忘れたんだ。」
影の桔梗は首を傾げた。
微笑は儚く、風に消えるようだった。
「記憶は、消えるためにある。
でも、あなたがそれを掴もうとするから、世界が歪むの。」
「……違う。俺は、忘れないためにここにいる。」
風が強くなり、桜の花びらが新の周囲を渦巻く。
五線譜が歪み、音が悲鳴のように軋んだ。
空間がひび割れ、そこに“もう一つの世界”が映り込む。
——過去の桜咲学園。
——福田朋広が桔梗と出会った、あの春の日。
新の瞳に、朋広が見えた。
まるで鏡の向こうから、手を差し伸べるように。
「君も……この旋律を弾いていたのか。」
朋広の口が、ゆっくりと動く。
声は届かないが、唇の形で読めた。
——“記憶は、心の音だ。止めるな。”
その瞬間、光が弾けた。
新の背に、桜色の羽のような紋が広がる。
風の檻が崩壊し、記憶の旋律が再び流れ出した。
桔梗の影が消えながら、微笑んだ。
「……ありがとう。あなたの音で、私の夢はようやく終わる。」
風が静まり、世界が透明になる。
桜木新は静かに目を閉じ、胸の奥で呟いた。
「記憶が終わっても、音は残る。
なら俺は、その音を奏で続ける。」
――そして、風が再び流れた。
それは次の旋律、そして次の章への“予兆”。




