《第1章 第3話 桜霊の囁き》
放課後の図書室。
桐生ひよりは、分厚い古文書を開いていた。
それは学園創設当時から残る「桜霊記」と呼ばれる記録。
薄茶色に変色した紙に、墨の文字でこう書かれていた。
――桜は魂の記録を咲かせ、風が記憶を運ぶ。
指先で文字をなぞった瞬間、視界がかすかに揺れた。
ページの隙間から、淡い桜色の光がこぼれ落ちる。
“音”がする――風の囁き。
「……ひより」
背後から聞こえた声に、彼女は振り向く。
そこには、月城朋広が立っていた。
だがその表情は、少しだけ違って見えた。
「どうして、ここに?」
「夢の中で……呼ばれた気がした。」
二人の間に静寂が落ちる。
その沈黙を破るように、窓の外で風が吹き、
桜の枝がかすかに震えた。
朋広は、机の上の古文書を指差す。
「それ、君も見たんだね。」
「……うん。これ、ただの伝承じゃない。」
彼女はページの奥を指す。
そこには小さな手書きの文字が刻まれていた。
夜。
夢の中で、朋広は再び桜の木の下に立っていた。
花はまだ咲いていないはずなのに、夜空に淡い光が揺れている。
風が吹き、桜の枝がざわめいた。
そのざわめきが、言葉になって流れ込む。
――継承は近い。
朋広は空を見上げた。
そこには、無数の花弁が光となって舞っていた。
それぞれが“記憶”のかけらのように、
彼の周りを円を描いて回っている。
「お前は、誰だ……?」
風が答える。
――我は“桜霊”。この地に眠る記憶の主。
「なぜ、俺を選んだ?」
――お前の魂は、かつてこの桜に祈りを捧げた。
――そして、再び誓いを果たす時が来た。
その瞬間、朋広の胸の奥に焼けるような痛みが走る。
桜色の光が、心臓の鼓動に合わせて明滅する。
「……桐生ひよりを、守れ。」
その声を最後に、世界が闇に沈んだ。
目を覚ますと、枕元には桜の花弁が一枚――
そして、ひよりのノートが開かれていた。
そこには、こう書かれていた。
――“私は、あなたの夢を見た。”
――“継承者”
朋広の胸の奥がざわめいた。
まるで、その言葉が自分の心臓を掴むように。




