《Re:第2章 第1話 風の声を聞いた日》
四月の終わり。
学園の桜は散り始め、代わりに若葉が陽光を受けて輝いていた。
桐生ひよりは校舎裏のベンチに座り、春風に髪をなびかせていた。
桜原朋広が消えた夜から、一週間。
夢で彼の声を聞くことも、もうなくなっていた。
けれど、心の奥には確かな残響が残っている。
――風の音の中に、まだ彼の旋律が生きている。
その想いが、彼女を支えていた。
「ひより、またここにいたんだね。」
声をかけたのは藤堂蓮。
彼は鞄からノートを取り出し、何かを差し出した。
「これ……音楽部の新入生たちが書いた譜面。
“桜の記憶”ってタイトルだ。多分、君の演奏がきっかけになったんだよ。」
ひよりは目を見開く。
ページの隅に、見覚えのあるサインが書かれていた。
──“T.S.”
「……これ、朋広さんのイニシャル?」
蓮は頷く。
「偶然じゃないと思う。
あの夜、風が吹いたあとで音楽室にこの譜面が落ちてた。」
ひよりは譜面を胸に抱きしめた。
春風が頬を撫で、どこか懐かしい香りがする。
「……ねえ蓮くん。
もし、もう一度だけ誰かの声が風に乗って届くとしたら、
それは――きっと“まだ終わってない”ってことだよね。」
蓮は微笑む。
「そうだと思う。
桜魂って、誰かが覚えている限り続くんだ。
きっと朋広も、君にそれを託したんだよ。」
ひよりは立ち上がり、空を見上げた。
青空の中を、ひとひらの花びらが舞っていた。
その花びらは、どこか意志を持っているように見えた。
やがて彼女の掌に落ち、淡く光る。
“ありがとう”
確かに、そう聞こえた。
風の声の中に。
ひよりは笑った。
「うん……私も、ありがとう。」
桜の葉が風に揺れ、世界が優しく溶けていった。




