《Re:第1章 第11話 桜の風、記憶の行方》
翌朝、学園の中庭は春の匂いで満ちていた。
桐生ひよりは、昨日の演奏の余韻をまだ心に抱いていた。
あの音の中で確かに感じた――“誰かの記憶”。
それは夢ではなく、風のように確かなものだった。
彼女のポケットの中には、一枚の古びた譜面紙がある。
「桜魂協奏曲 ― 第一楽章・再生 ―」
書かれた筆跡は、見覚えのないもの。だが、なぜか懐かしかった。
「……この曲、誰が残したんだろう」
呟くと、背後から静かな声がした。
「桜の風が運んだんだよ。――“継承”ってやつだ」
振り向くと、藤堂蓮が立っていた。
どこか影を帯びた表情で、彼は校舎の方を見つめている。
「ひより、昨日の音……あれ、本当にただの共鳴だったと思うか?」
「違うと思う。
……あの時、確かに“誰かがありがとうって”言ったの」
蓮は目を細めた。
「桜原朋広――聞いたことあるか?」
その名が空気を震わせた。
ひよりは思わず息を呑む。
胸の奥で、あの旋律が再び響き始める。
「彼は昔、この学園で……桜霊を呼んだ人だ。
伝承では、彼の魂は音に溶けて桜に宿ったって」
蓮の声が少し揺れる。
「でも、あの夜――ひよりの音に反応した。
多分、“次の継承者”として選ばれたんだ」
ひよりは黙って頷く。
胸の奥に温かい痛みが広がる。
それは不思議なほど優しい感情だった。
「……もし、私の音が誰かの記憶を動かせるなら、怖くない。
きっとそれが、私にできることだから」
蓮は微笑んだ。
「そう思えるなら、もう大丈夫だ。
桜魂は、“忘れない人”の中で咲くものだよ。」
春風が吹き抜けた。
桜の花びらが二人の間を舞い、柔らかく光を散らした。
その瞬間、ひよりの視界の端に、
一瞬だけ――制服姿の青年の幻が見えた。
笑っていた。
桜原朋広が、風の中で静かに頷いていた。
――継承は完了した。




