《Re:第1章 第10話 放課後の旋律、桜魂再奏》
夕暮れの音楽室。
窓の向こうでは、沈みゆく陽が桜の枝を金色に染めていた。
桐生ひよりはピアノの前に座り、古びた楽譜をそっと譜面台に置く。
その横で、藤堂蓮がヴァイオリンの弓をゆっくりと張り直していた。
沈黙が心地よく続く。
まるで、これから起こる“何か”を互いに察しているようだった。
「準備は、いい?」
ひよりが小さく尋ねる。
蓮は頷き、弓を構える。
「……合わせよう。最初の音で、全部わかる気がする」
ピアノの鍵盤に指が触れる。
一音目が鳴った瞬間、空気が変わった。
――音が、風を震わせる。
――風が、光を撫でる。
――光が、記憶を呼び覚ます。
ひよりの脳裏に、見知らぬ情景が流れ込む。
古い学園。春の光。桜の下で微笑む青年――**桜原朋広**。
その背中が、あまりにも優しくて、胸が痛くなる。
「……朋広さん……?」
手が止まりそうになる。
だが、蓮の音がそれを支えた。
ヴァイオリンの旋律が、まるで彼女を励ますように包み込む。
「弾け。見てろ、音が導く」
蓮の声が遠くで響く。
ひよりは再び指を動かす。
旋律が絡み合い、光の粒となって部屋を舞う。
その瞬間、天井の桜模様のステンドグラスが淡く輝いた。
音が、世界を超えた。
桜原の声が、確かに響いた。
――「ありがとう。次の君に、託した音だ。」
涙が頬を伝う。
ひよりは鍵盤に視線を落とし、静かに息を吸い込む。
「……届いた。
この音が、誰かの記憶を繋いでいくのなら――私は、奏で続ける」
最後の和音が重なり、音楽室に静寂が戻る。
風がそっとカーテンを揺らした。
蓮が弓を下ろし、静かに呟く。
「……お前、泣いてるのか」
「ううん、これは……桜が咲く音」
夕陽の中で、ひよりの涙は光を反射していた。
その一滴が床に落ちた瞬間、
古い楽譜の端が淡く光り、風に乗って一枚の桜の花弁が舞い上がった。
――桜魂は、音として継がれていく。




