《Re:第1章 第9話 桜原の記憶、継がれる音》
桜の花が散り始めた午後。
桐生ひよりは、校舎裏の小道をゆっくりと歩いていた。
ポケットの中には、昨日拾った一枚の古い楽譜。
それを見つめるたび、胸の奥が淡く疼く。
あの青年――桜原。
彼の名を思い出すだけで、心が震える。
まるで自分の記憶の一部が、彼と重なっているように。
「……これが、桜魂の継承ってことなの?」
口にした瞬間、風が頬を撫でた。
どこからともなく、微かな旋律が聞こえる。
懐かしくも、悲しい音。
ひよりは立ち止まり、耳を澄ませた。
旋律は確かにそこにある。
でも――誰もいない。
それでも彼女は分かる。
この音は、あの人が残した“記憶”の声だ。
「……桜原さん、聞こえる?」
返事はない。
ただ、桜の枝が揺れ、光がきらめく。
彼女はそっと楽譜を開いた。
その紙の裏に、薄く文字が浮かび上がる。
**『記憶は消えぬ、音の中に在る』**
まるで、時を越えて語りかけるような文字。
ひよりの手が震えた。
そのとき――。
背後から足音。
「……また、ここにいたのか」
声の主は、同じクラスの**藤堂蓮**。
冷静で無愛想だが、音楽部のエースとして知られる少年だ。
彼はひよりの手の中の楽譜を見て、目を細めた。
「それ……“桜の音譜”じゃないか?」
「知ってるの?」
蓮は一瞬、言葉を飲み込んだ。
「……噂だけだよ。
昔、この学園にいた天才作曲家が残した曲があるって。
でも、誰も最後まで弾けなかったってさ」
その声に、ひよりの胸が跳ねた。
彼も、何かを知っている。
それなら――。
「ねぇ、もしよかったら……この曲、一緒に弾いてみない?」
蓮は目を瞬かせた。
そして、小さく息を吐く。
「……面白い提案だな。けど、これに触れたら何かが壊れる気がする」
「それでもいい。
私は、この音の続きを聴きたいの。あの人の、想いを」
しばしの沈黙のあと、蓮は静かに頷いた。
「……分かった。放課後、音楽室で」
風が二人の間を抜け、桜の花びらが舞い上がる。
その光景の中で、ひよりの瞳がかすかに輝いた。
――“継承”は、再び始まろうとしていた。




