《Re:第1章 第8話 桜の紋章が灯るとき》
放課後の音楽室。
ひよりは鏡の前に立ち、胸元に浮かぶ桜の紋章を見つめていた。
淡く光を放つその印は、呼吸に合わせて鼓動のように揺れる。
まるで、彼女の中で“誰か”が目覚めようとしているかのように。
――あの声。
“桜魂を記す者”。
夢ではなかった。
確かに、自分の名を呼んだ。
ひよりは録音機の再生ボタンを押す。
昨日の旋律が再び流れ、音が部屋の空気を震わせる。
すると、ピアノの前に薄い光が集まり始めた。
青年の姿が再び浮かび上がる。
今度は少しはっきりと、その輪郭が見える。
『覚えているか。あの春の日の音を』
「……あなたは、本当に、あの旋律の中にいるの?」
『音は記憶だ。想いが強ければ、時間を越えて響く。
君が再び“あの音”を鳴らしたとき、僕はここに呼ばれた』
青年の声は悲しげで、どこか懐かしかった。
ひよりの胸にざらついた痛みが広がる。
「あなたの名前を、教えて」
『僕は……桜原。
かつて、音楽で世界を繋ごうとした者。
だが、想いは届かず、音だけが残った』
桜原――その名を口にした瞬間、
ひよりの視界に無数の花弁が流れ込むような光景が広がった。
知らない記憶。
でも、懐かしい。
ピアノを弾く手の感触、笑い合う声、春風の匂い。
――それは、誰かの“最後の春”だった。
『桐生ひより。
君が紋章を継いだということは、君の音に宿る想いが僕と重なった証だ。
この世界は、まだ音を失っていない』
光が強くなり、青年の姿が再び霞んでいく。
ひよりは思わず手を伸ばした。
「待って! まだ何も――」
だが、声はもう届かない。
代わりに、ピアノの上に一枚の桜の花弁が落ちた。
それは、ゆっくりと光を放ちながら形を変える。
――古びた楽譜。
題名にはこう記されていた。
**『桜魂 ― The Bloom of Eternal Bones ―』**
震える指先でその紙を掴んだ瞬間、
ひよりの心の奥で、何かが静かに開いた。
桜魂。
それは、ただの旋律ではない。
“命の記録”そのものだった。




